38.取引
「条件がある」
時間を置いて返答すると言い置いて、互いの連絡手段は確認した上で解散したその後日。
示し合わせた時間と場所で、初音とジーク、アスラとギドは顔を見合わせていた。
開口一番に告げたジークの言葉に、アスラとギドは視線を合わせてこくりと頷く。
「第一に、魔法使い。お前だけ、しばらく俺たちと共に行動をしてもらう」
「え、私か!?」
「呑めないならーー」
「ま、待て待て! いやとは言ってないだろう!! 他の条件は!?」
くるりとにべも無く背を向けようとするジークにアスラが焦ったように食い下がると、ジークはローブの奥から金の瞳で流し見た。
「第二に、今後そっちとはこちらが必要な時以外は接触しない。どうしても人間の協力が必要な場合は魔法使いを連絡係として使う」
「お、おう……」
責任重大だな……と小さく呟くアスラと、それを無言で横目に見るギドを眺めて、ジークは更に口を開く。
「第三に、ライラという鳥を解放することは念頭に置いておく。が、希望が叶わなかったとしても責任は持たない」
「……それについては、ガタガタと文句をつけるような方ではないだろう」
ずっと黙していたギドが静かに口を開き、その場の視線を集めた。
「第四に、計画などの詳細は一切答えない。それでもいいのなら、乗ってやってもいい」
静かに告げたジークの言葉の末に、その場の視線は静かにアスラへと注がれた。
「………………」
生々しい怪我が目立つ顔で、ごくりと険しい表情で喉を鳴らすアスラを見下ろして、ギドは静かに口を開く。
「……無理をする必要はない。フィオナ様を無事にこの者たちと引き合わせることができた時点で、十分に恩は返せたはずだ。フィオナ様とてそこまでを求めるつもりもないだろう」
そんなギドを揺れた視線で見上げたアスラは、血の気が引いた顔で薄く笑った。
「はは、いや、ほんとギドさんとフィオナ様には、あのクソドラ息子の元から助け出してもらえて感謝してるんです。あの鬼畜ヤロウ、ただただいたぶる相手を探すようなとんでもないヤツでしたから。……まぁ、金に釣られて手を貸した時点で、私も同じ穴のムジナなんですけどね……」
ボロボロで苦笑するアスラを、皆が無言で眺める。
「……質問はしても?」
「当然の権利だが、答えるかはその内容による」
感情を見せずに言い放つジークに、アスラはハッと苦笑して一瞬考えると、顔を上げてその口を開いた。
「……私は、どうなる予定だ?」
「………………答えるのは構わないが、それを聞いて信じるのか」
「…………」
ふぅと息を吐くジークを無言で見つめたアスラの、その視線がすっと初音へと移動する。
「……あんたが言うのなら、信じてもいい」
「……わ、私?」
急に集めることとなった場の視線にいくらか緊張しつつ、初音はジークの見下ろす視線を受けてごくりと喉を鳴らした。
「……アスラさんに理由なく危害を加えようとは思ってません。私たちの身の安全のためにも自由にはできませんが、事が終われば解放するつもりでいます」
「………………」
ジークの影でローブの奥から話す初音の声をじっと聞いたアスラは、しばしの後に大きく息を吸って吐き出した。
「わかった、乗った。どのみちあのドラ息子の気が済むまで、私はしばらく雲隠れした方が良さそうだから、タイミングとしてはちょうどいい」
「……本気か……」
いくらか驚きを隠せない様子のギドに、アスラは苦笑する。
「……また会えるか……はわからないですが、行きずりの私を《《いつも》》気にかけて下さりありがとうございました。フィオナ様にも、私が改めてお礼を言っていたとお伝え下さい。……帰り道は、くれぐれもお気をつけて」
そう言って、ジークに抱えられた初音の後を追い遠ざかる、馬に跨ったアスラの後ろ姿を、ギドは遠く眺めやったーー。
「とりあえずココを拠点にしろ。多少の期間は留まることになるだろうから、こちらが声を掛ける時以外は寝床作りでもしているといい。魔法使いなら最低限自分の身は守れるだろう? ただし、少しでもおかしな真似をしたら食い殺す」
「…………あ、あぁ……」
アイラたち一行とは遠く距離をとった、目下の目的地である奴隷の国と呼ばれるピストの街に比較的近い森の中の岩場。
岩肌をさらした小さな洞穴に連れられたアスラは、戸惑いを隠せない顔でジークを横目に見やる。
「安心しろ、下調べはしている。ここを寝ぐらにしていた熊の類いはもういない」
「熊……」
「あ、あの、私も掃除くらいなら手伝うので……」
口の端を引きつらせるアスラに、初音が申し訳なさそうに続ければ、その姿を隠すようにジークが分け入った。
「あと、お前は俺の許可なく俺以外の者に近づくな」
「……………………」
ギンとローブの奥からその金の瞳に睨みつけられて、アスラは脱力したように息を吐き出す。
くんくんと鼻を鳴らした先の漂う獣臭さに顔をしかめたアスラは、心の底から湧き出る大きなため息を何とか飲み込むほかなかったーー。




