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33.協力

「なんだ……っ!?」


 突然の衝撃から逃れるように、掴まっていた大木から象たちを飛び越えて地に降りたジークは距離を取って振り返る。


 わらわらと大木を囲む象たちの一角で、それは起こっていた。


「ーー何が起こっている……?」


 眉をひそめるジークは、一層騒がしい象たちの一角に目を凝らす。


 混乱を招いたような騒ぎの最中で、象の耳と鼻を持つ1人の象の獣人が、興奮したような雄叫びを上げて周囲の象を見境なく跳ね飛ばしていた。


 異変を察知した象や象の獣人たちは、ジークそっちのけでそちらに気を取られている。


「この忙しい時にマスト期か……っ!! 女子(おんなこ)どもを避難させて、何人かで取り押さえろっ! 早くしろっ!!」


 族長が焦燥をはらんだ声音で一族へと指示を出すも、暴徒のように荒れ狂った様子の象の獣人は、常軌を逸した力で周囲の象を物ともせずに暴れ回っていた。


 目は充血し、汗にまみれて前後不覚なその姿は狂戦士さながらで、荒い息を目前で吐き出すその姿にジークは思わず目を見張る。


 獣人になることで身体のサイズは獣の時よりは小さくなるものの、内在する力は比較にならないほどに強くなる。


 元より強大な力を持ち得る象であるのなら尚更で、その力が手加減なく振るわれれば、怪我をさせないようにとする遠慮がちな力では、数がいようとも押し留めるのは簡単ではなかった。


「がああああぁあああっ!!!」


 口から涎を撒き散らしながら暴れ回る象の獣人に、ジークは言葉を失った。






「ん、ぐぅ……っ!」


 大木の幹にへばり付くようにしながら、初音は必死に堪えていた。


 その手は真っ直ぐに下へ伸び、何とか絡め取ったアスラのローブの肩口を、両手で更に絡め持って必死に握りしめる。


「んんっ!!」


「お……願い……っ……動かないで……っ!!」


 浮遊感の恐怖からアスラが無意識に身体をよじらせる度に、初音の身体がずりずりと下へと引きずられている気がする。


 はっはっと浅い息を吐きながら、伸び切って痛む肩と肘、細いとは言え成人男性1人分の重さがかかる指先は引きちぎれそうだった。


「うっ……っ……くっ……」


 汗が頬を伝う。目も口も塞がれて、手足も縛られて宙に浮いているアスラにできることは動かないことくらいだった。


 初音が手を離せば、そのまま落下することは免れない。


「……マスト……期っ!?」


 眼下に広がる混乱に乗じてこんな時でも流れ混んで来る情報に、初音は目を見張る。


 象の雄には、1年に1度20倍の男性ホルモンが出る時期がある。その際には側頭部から刺激臭のある謎の液体が大量に分泌され、手がつけられないほどに攻撃的になると言う。それは、雌や我が子を見境なく殺すほどの強い衝動ーー。


ーーマスト期の雄には、象たちも手こずってるみたいだけど……っ……でも、このままじゃ……っ!


「ぐう……っ!」


 ずるりと下がるアスラの身体に、初音は唇を噛み締めて堪える。


ーー腕が……っ!!


 初音の力ではアスラの身体を引き上げることはとても無理だった。かと言って、ジークに助けを求める余裕もない。


「ど……したら……っ!!」


ーーはつねっ!!


 次の瞬間、目の前に白くて美しい翼が広がった。


「ネロ……っ!?」


ーーはつねっ、だいじょぶっ!?


 フクロウの姿のネロは、夜の闇に浮かび上がるような白い美しい姿で初音の目の前にその翼を輝かせる。


ーーうるさかったっ、しんぱいっ!


「……来てくれてありがとうネロ……っ!」


ーージークっ、よんでくるっ!


「あっ、待って、ネロっ!!」


 少し離れたネロが、初音に呼び戻されて再び戻って来る。


「アスラさんっ! 聞こえてますかっ!? 象たちに……っ……恩を売るチャンスです……っ! 何もしないよりは……っ……マシかも知れませんっ! 聞こえてますかっ!? 協力してくださいっ!! 協力して頂けるなら、首を縦にーーっ」


 初音が言い終わらぬ内に、アスラがコクコクと首を縦に振るのがわかった。


「ネロ、この人の目隠しと口枷……っ……取れそう……っ?」


ーーうんっ


 言うが否や、ネロはアスラの後ろに回り込むと目隠しをハラリと解く。解かれるなり、アスラが周囲の状況を急ぎ確認するのがわかった。


「ぅぐっ」


 硬く結ばれた口枷はネロでは解くことができず、アスラの背後から思い切り嘴で引っ張ったことで弛みが生じる。引っ張られた反動で思わず出た声と共に、また身体がずり下がった気がした。


「アスラさん、あそこの……円になった中心の……っ……大きな獣人です……っ!! ……っ……魔法で制御することは……っ……できますか……っ!?」


「ーー遠いな……っ」


 言うが否や、標的の獣人に狙いを定めたアスラの詠唱が始まる。


 風に乗り、空を滑り、アスラにしか見えない魔法の軌跡が荒れ狂う獣人へと向かい飛び、その身体を絡め取った。


「があぁぁあぁあああっ!?」


「これは……っ」


 逃げそびれた仔象と女の獣人を背後に庇ったまま、ジークは動きを止めた獣人を見上げる。


「今だっ! 捕まえろっ!!」


 ワッとその獣人を取り囲む象たちを無言で見届けてから、ジークはハッとして顔を上げたーー。

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