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27.突然の ⭐︎

「相変わらず川の水冷た……っ!! うぅっ……っ!」


 少し大きめの川に到着すると、ひとまずの確認で入れた指先が冷たい水にピリついた。


 ある程度幅のある川は対岸が崖になっており、明らかに中腹から深くなっている。奥側は流れが急である箇所もあるが、全体的に緩やかな流れの川水は比較的に綺麗だった。


「ーー人間の臭いも目立つが、人工の強い臭いはより俺たちの鼻につくからな……。悪いが洗い流してくれ」


「うぅっネロぉ……っ! この世界、水浴びイベントが多すぎるんだけど……っ!?」


「はつねっ、がんばれっ」


「ぐぅ……っ」


 なんとは無しにネロへ送った愚痴は、ネロ自身も初音の臭いを我慢でもしていたのか、むしろ積極的に返されて為す術がない。


「……服ごと行くのか? 服も洗う必要はあるが、脱いどいた方が後々楽なんじゃないか?」


 腕を組んで、川の辺りで仁王立ちに好き勝手をのたまうジークを無言で振り返り、初音はじとりと恨めしげに睨む。


「……こんな明るくて何もない所で素っ裸になれないよ……っ!! ……まさかそこでずっと見てるつもり……っ!?」


「ーー……別に見ていたい訳ではないが……」


 きぃと目を釣り上げる初音の視線を受けて、相変わらずの無表情で一度視線をずらすとジークは口を開く。


「見ていないとさすがに助けられないからな……。大型の肉食動物は大体水場に集まるし、こう言う水場ではあまり見かけないとは言えワニとか……」


「はっ!?」


 ジークの言葉にギョッとして目を見開いた初音は、アワアワと水場から離れるついでにネロを抱え上げてジークに詰め寄った。


「ちょっと! ワニがいるなんて聞いてないんだけど……っ!?」


「いや、いるかもって話で……」


「そう言うことは先に言って!! 危ないじゃないっ!!」


「いや、言わなくてもわかるだろう」


「わかんないからっ!!!」


 あぁもうっ! と頭を抱える初音は、一瞬前の事態に戦々恐々で震え上がる。


 ワニって怖いのよ! 大型の肉食獣だって場合によっては一瞬なんだから!! 水の中じゃ絶対勝てないんだからね!! と至近距離で半泣きに騒ぎ立てる初音に、ジークは目を丸くした。


 ーー次の瞬間。


「ーーえ?」


 ガシリとネロごと抱きしめられたことを理解するよりも早く、身体が重力に逆らって空を舞う。


「2人とも溺れるなよ」


「え?」


「えっ」


 初音と同じ反応のネロの声を聞きながら、浮いた身体は弧を描いて川の方へ。


「ちょっ!?」


 慌てた時にはもう遅い。


「ちょっと待っ……っ!!」


 次の瞬間には大きな水飛沫と共に3人の身体は川の中へと消え去った。のも束の間、ぶはっと顔を出した初音とその背に掴まったネロは、アワアワと川の岸へと泳ぎ出す。


「ぎゃぁっ! ワニっ! 無理っ!! ネロっ! ちゃんと掴まっててよ!?」


「ぶっ」


 ばちゃばちゃと激しくバタつきつつ、慌ただしく一目散に岸へと引き返す初音と、そんな初音に必死でしがみつくネロ。


 そんな姿を、ジークは水から顔だけ出して無言で眺める。


「……大丈夫か?」


「急になんて事するの……っ!? ワニが近くにいたらどうするつもり……っ!?」


 びしょ濡れで四つん這いに息をする初音の側に、そろりと寄ったジークが顔を覗き見る。


 ぷーと水を噴水のように吐き出すネロを横目に、恐怖と怒りで半泣きにジークを睨む初音に目を丸くするとーー。


「ふっ」

 

「えっ」


「ははっ」


 自らもずぶ濡れで、腹を押さえて急に笑い出すジークに、初音とネロは呆気に取られた。


「はははっ」


「えっ! えっ!? な、何なになにっ!?」


「ジークっ、ようすへんっ」


 ついていけない被害者2人は目を白黒させて、いつになく感情を露わに笑うジークを見遣るしかない。


「……あんな業突くオヤジに、並いる肉食の獣人を前にしても存外に平然としてるのに、姿のないワニは怖いのか?」


「い、いやいや、これまでのも怖くない訳じゃないし……っ! こわいけど、そうするしかないって言うか……っ、むしろワニは見たら終わりでしょっ!!」


 あはははと柄にもなく子どものように笑うジークに、初音はなぜか熱くなる身体を持て余す。


 顔が熱くて変な感じで、怒ってはいないのに思わずと眉根を寄せて口を引き結んだ。


「人間のくせに、本当に変なヤツだ」


「は……っ」


 至近距離でふっと微笑まれたことに驚き固まる一方で、そのままペロリと舐められた唇に初音は目を見開いて停止する。


「へ……っ!?」


 目前の金の瞳から視線を逸らせないままの初音に、ニッと笑ったジークは再び距離を詰めるとその鼻先をそっと突き合わせ、再び初音の唇を塞ぐ。


「んむ……っ」


 再び軽く唇を塞がれたのを自覚した時には、思わず手探りでネロの頭を抱えてその視界を塞ぐことで精一杯だった。


 しかして初音の両手が塞がれたことで言うなればやられたい放題とも言え、軽く触れる程度だった唇は次第に強く押し当てられる。


「はつねっ?」


「んっ」


 思わず目をギュッと瞑ったところで、ネロの声に気を取られた初音の唇をガブリと甘噛みされる。


「…………ぅん……っ!?」


 びくりと身体を震わせ、ぎゅうとネロの頭を抱きしめて、漏れた自身の吐息に身体の熱が更に上がった気がした。


 嘘みたいに長く感じた一瞬の時間は、再びペロリと舐められた唇を合図に離れると、再び鼻先に柔らかな感触と息遣いを残して離れる。


「な……っ……何……をっ」


 茹で蛸のように真っ赤になったずぶ濡れのままの初音は、目の前の金の瞳へと訴えかける。


 その視線を受けても、普段と変わり映えのない涼しげな様子のジークは、ペロリと自身の唇を舐めると悪ガキのように笑った。


「初音が望むなら、俺がお前を守ってやる」


「へ……っ!?」


 言うが否や立ち上がって歩き出すジークに完璧に置いてけぼりにされたまま、初音はその背を見送るしかない。


「はつねっ、くるしいっ」


「あぁっ!? ごめん、ネロっ!!」


 動転し過ぎて言われた言葉が理解できない初音は、腕の中のネロの苦しげな声に急ぎ力を緩める。


「はつねっ、どうしたっ、かおあかいっ」


「いやっ、何でもなくてっ!!」


 純真な赤い瞳に見つめられて、初音はパクパクと無闇に口を開け閉めしながらなんとか言葉を捻り出す。


「ん、ワニだ」


 パチャリと聞こえた水音に目を向けてボソリと呟いたジークの言葉に、ギョッとして飛び上がった初音は再びジークに笑われた。

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