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奴隷商から逃げ出した動物好きなお人よしは、クロヒョウ獣人に溺愛されて、動物知識と魔法契約でその異世界を生きる。  作者: 月にひにけに
第一章 アニマルモンスターの世界へようこそ!

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23.失意

「おぉ、似合ってるじゃないか。さすが異世界者だ。ワシの秘蔵コレクションの着こなしが様になっておる」


「…………この学生服は何……?」


 窓近くの机と椅子にワイン片手に上機嫌でガウンを羽織るその男は、初音を見上げて満足気に笑う。


 使用人に無理矢理着せられた服に身を包んで、手首を縛られた初音は最大限の距離をとりながら男を見遣る。


 使用人に冷たい水で服ごと洗われて、歯の根が合わなくなった頃に裁ち鋏でジークの服を布切れにされた。


 たっぷりの香水を振りかけられて着るように強要されたのは、なんと学生服を思わせる服だった。


 赤いチェックのスカートに、白いシャツ。黒のニットに、赤と黒を基調にしたネクタイをつけられて、けれど足には靴下も靴もないと言う不可解さ。


 まさかいい年になって学生服を着ることになるとは思わなかった初音は、コスプレのようで落ち着かない。


「ガクセイフク? やっぱりそれは異世界者の物なんだな。上手く作っただろう。たまたま手に入れてな。インスピレーションがビビビっと来たんだ!」


「……これを着ていた女の子がいたってことっ!?」


 未成年でこんな世界に迷い込んだ女の子がいたのかと、その身を案じて血の気が一気に引いた顔で尋ねれば、男は尚も上機嫌に答える。


「いいだろう? 下がズボンだったのをスカートにした。したらばこれよ。何とも言えない魅力的な仕上がりだろう? やはりワシは天才だっ!!」


「………………」


 1人謎の盛り上がりを見せる男を、初音は無言で眺める。


 どうやら女生徒……ではなかったようだが、未成年の男子生徒であることには変わりないらしく、初音は制服を見下ろした。


「……これ、いつ手に入れたの……? 持ち主は……?」


「おぉ? 気に入ったのか? ……教えてやってもいいがーー……わかっとるだろう?」


 含みを持たせてぐふっと笑う腹の突き出た男に、初音はしばし後退る。


 やたらと大きいベッドの置かれた部屋にはバルコニー付きの大きな窓が二つと、扉が一つ。


 部屋を照らすのは、こんな状況と相手でなければロマンティックと言えそうな薄明るい調度品。


 部屋に連れられた最中に、ここが2階であることはわかっていた。


「大人しく諦めろ。お前は遊んでから奴隷商に引き渡すことにした」


「…………お願いします。奴隷商は……もうイヤ……。屋敷をめちゃくちゃにしてごめんなさい。……本当に何も知らなくて、協力したら解放してやるって……生きるためには言うとおりにするしかなかったんです……っ」


 ぎゅうと学生服の袖を掴み、初音はしおらしく眉根を寄せる。


「……ほう? まぁアイツらは碌なもんじゃないからなぁ。……ならワシの腕の中で大人しくぜぇんぶ吐いて、ワシがお前を気に入れば……内緒で子飼いにしてやってもいいぞ?」


 しなりと視線をそらしてからチラリと上目遣いで様子を探れば、何を勘違いしたのか鼻息荒くいい気になる男に初音はぞわりとする。


「……本当に奴隷商から守ってくれるの……?」


「あぁ、本当だとも」


「…………なら……ベッド……に……っ」


「ほぅ……?」


 顔を赤らめて視線を逸らす初音に、ニタリと隠しきれない笑みを溢した男は、のっしりと立ち上がるとベッドに向かう。


 その後頭部に目掛けて、初音はテーブルの上にあったワインの瓶を振りかぶったーーその腕をパシリと捕らわれて、引き倒される。


 気づけば、仰向けにのしかかられてその突き出た腹を見上げていた。


「若いのぉ。だが元気で嬉しいぞ、躾のしがいがあるからな」


「…………っ」


 男との体重差でどうにも動かせそうになかったが、そんなことも言っていられない。


「自分から尻尾を振りたくなるように従順に躾てやる。反抗的なほど、躾は楽しいからなぁ」


 ガウンの腰に挟んでいた鞭をぴしりと引き伸ばして、ニタリと舌舐めずりをして笑う男に初音の血の気が引いた。


「……っ……離し……っ」


 苦し紛れに縛られた手で振り上げたワインの瓶は払われて、バタつかせた足は椅子を蹴ったがそれまで。


 顎を掴まれて、床に押し付けられれば大した抵抗も出来なかった。


「なんだ、もう終わりか?思ったよりも大したことないな、つまらん。ほら、もっと頑張れ、ほれ」


 そう言って身体の上でニヤニヤと笑う男に歯噛みして、初音は涙を堪える。


 ジークたち家族が再会して逃げ出せたことは、本当に心から良かった。それは初音にとって嘘偽りのない本心だ。


 けれどそれと同時に、なぜ1人でこんな状況に陥っているのだろうかと、初音は渦巻く自問に支配される。


 なぜ、どうして、私だけが、こんな目に?


 寂しい。悲しい。怖い。苦しい。ツライ。悔しい。


 正しいことをしたはずと言う正義感に縋る最後の砦すらも瓦解して、黒い感情に蝕まれて、目の前が暗く染まっていく気がする。


 その次の瞬間ーー。


 大きな衝撃音と共に屋敷が揺れて、見上げた天井にピシリとヒビが走る。


「え……?」


「何だ……っ!?」


 思わず漏らした声と共に見上げた天井は、続く衝撃音と巻き上がる焔に視界を遮られながら崩れ落ちたーー。

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