20.救出
敷地内の警備の目を掻い潜る。気怠げに屋敷の裏口に立つ門兵を、ジークが音もなく鮮やかな手つきで気絶させた。
警護を物陰に引きずって隠すと、ジークの目配せに合わせて、豪奢な正面玄関とは対照的な簡素な裏口に、初音はそっと手を掛ける。
そっと扉を開ければ、細い通路が続いていた。
人気のある厨房を横切り、物置を確認して、それらしい部屋を探し歩く。
時折り屋敷内を行き交う人の気配は、ジークが敏感に察知してくれたおかげで比較的に危なげなく移動ができた。
「ーーここは…………」
そんな部屋の一つを隙間から伺い、2人は足を止める。
明らかに温度管理をされた、人の手が入った部屋。そこにも多種の動物の気配がしたが、そのどれもが弱々しいものだった。
「……赤ちゃん……?」
「……産まれたばかりの子どもの管理室だろう。あんな劣悪な環境でも親といればギリギリ生き残れるものもいるだろうが、直ぐに死んでしまう種も多いはずだ。金になるやつはここに移すんじゃないか」
「……………」
「行くぞ」
言葉を失う初音に、ジークが声を掛けて先に離れる。
後ろ髪を引かれるように初音が扉を閉めようとした最中、部屋の奥から作業服の人影が現れた。
その腕に抱かれる黒っぽい毛並みと鮮やかなヒョウ柄が、扉が閉まるすんでの所で視界に映り、閉まった扉の前で初音はしばし固まる。
「何してる、行くぞ」
「あ……うん、わかってる……」
ジークの声に背を押され、初音の指先はそっとその扉から離れたーー。
「ーー母さん、父さん……っ!」
「ジーク気をつけて……っ」
わかってると言いながらも、冷静さをいくらか欠いているように見えるジークを追って、初音もその部屋へと踏み込む。
檻が並べられたその広めの部屋の最奥に、その大きな檻はあった。
ジークに代わり人の気配を探れば、運良く誰もいないようで初音は胸を撫で下ろす。
「母さん、父さんっ!」
ーージーク? ジークかっ!?
ーー……ジーク……?
聞いたことがないようなジークの声と、頭に響く檻の中の2匹のヒョウの声。
「良かった……っ! もう、会えないかと……っ」
ーージークこそ何でこんな所に……っ?
ーージーク! あなた無事なのっ!? 怪我はないっ!? アイラ! アイラはどこっ!?
ぐったりとしていたクロヒョウは、ふらふらとしながらも飛び起きる。
「アイラも平気だ。危険だから森に待たせてるし、1人じゃない。だから安心して」
魔法陣の外から優しい声音で話し掛けるジークの横で、初音は床に描かれた魔法陣を預かった中剣でガリガリと傷をつけていく。
ーーその娘は……人間か……?
「色々あって協力してくれてる人だ。魔法陣を壊したら、一緒に逃げよう。2人とも走れるか?」
ーー私は大丈夫だ。だが母さんが、子どもを産んだばかりでーー……
「子ども……っ!?」
どきりと、初音の胸が鳴る。
檻につけられた南京錠を、ふぅと息を吐いて中剣の柄で力任せに何度か殴りつける。大きな音を響かせる一方で、何度目かに鍵は外れた。
ーー私は大丈夫だから、お願い……子どもがいるの。3匹よ……。1匹はクロヒョウで……この屋敷のどこかにいるかもーーっ!
「ーー開けます……! 急いで!」
言うが否や、初音はその重い檻戸を引き開ける。
クロヒョウを支えるように、一回り体格の良いヒョウが檻から出る。檻から出るなり、その姿を人型に変えた2人を初音は見つめた。
アイラと同様動物の面影を残す顔と手、耳と尻尾ではあったが、2人共に端正な顔立ちであることがわかる。
黒の瞳に明るい髪色の紳士的な男性と、金の瞳にダークグレーの長い髪の綺麗な女性は、同じような簡易な服に身を包んでいた。
「良ければ掴まって下さい」
どことなくアイラの面影を強く感じさせる女性のクロヒョウに、勝手に親近感を抱きながら初音は近寄る。
大きくなればアイラもこの女性のように美しくなるのだろうかと、初音は1人考えた。
「ーーありがとう……」
「いいえ、私も彼に助けて貰いましたから」
見るからに疲労の色が濃いクロヒョウの女性に、初音はにこりと笑い掛ける。
「足音が近づいて来てる! 急ぐぞ!」
ジークの呼びかけに反応して、元来た通路を女性のクロヒョウを両側で支えながら走り出す。
「お前ら何者だっ!? 同業かっ!? おいっ! 他の警備と魔法使いはまだかっ!! 高い金払ってんだ! さっさとしろっ!!」
通路の先から慌ただしく聞こえる声に、ジークが先陣を切る。その身体に纏わす炎に、2人が息を呑むのが気配でわかった。
「なっ魔法使いっ!?」
「魔法使いの防護で焔が届かない……っ! 焔で牽制しながら道を開けるから離れるなよ……っ」
明らかに動揺を見せる相手の声音に、ジークがそのまま火力を強くした焔を纏って相手を後退させて行く。
「……どういうことか……全くわからないけれど……手を貸してくれて……本当にありがとう」
「……いいえ……」
「……あの、ここに来るまでに、ヒョウの子どもを見なかったかしら……。3匹いて、1匹はクロヒョウなんだけど……」
「えっ……と……」
その必死な金の瞳に嘘をつくことが出来ず、初音は言い淀んで視線を揺らす。
「母さん、諦めろ。探してる暇はないし、助けてくれた2人まで危険に晒してしまう……っ! それに、もうここにはいないかも知れないだろう……っ!」
「わかってる……わかってるけど……っ…………あの子たちを……置いて行けない……っ」
「母さん……っ!」
ジークに付いてジリジリと進みながら、通路横の管理室の扉を、初音は横目で確かめたーー。




