17.穏やかな時
「まったく……」
「お、おいしぃ……っ」
「たべるっ、げんきっ」
「あっはっはっはっ! ひぃーお腹痛……っ」
「おい、アイラ……いい加減笑い過ぎだぞ」
お腹を抱えて笑い転げるアイラを、ジークが不機嫌そうな顔でジロリと睨む。
ネロは我関せずで初音の膝元でゴロゴロ甘えており、初音は何とも居た堪れない気持ちでとても美味しい串焼きをもぐもぐと頬張った。
「いやいや、お兄が悪いからでしょ。デリカシーのなさが全ての原因だってば! はー面白かった!」
そう言って涙を滲ませながらヒイヒイと笑うアイラに、チッと舌打ちをするジークはそっぽを向く。
「いや、ほら、一応……一応ね? 気になって……」
「もういい」
むすっと子どものように明かにヘソを曲げているジークに変な汗をかきつつ、初音は内心で困り果てる。
そう。だって気になるではないか。周りは一応肉食と言われる獣人たち。気を失う直前には捕まえた人間のハンターが3人。そして起きたら差し出された謎の肉の串焼き。その心は?と問いかけたくなる流れとしては無理もない気がする。
「言っておくが、俺はそこまで無神経じゃない」
「あっはっはっはっは!!」
「おいっ!」
「わ、わかってる! もちろんそれはわかってる!!」
ギャァと2人の間に分け入って、初音はワタワタと両腕を振り回す。
「……全くしないとは言わないが、共食いを好んでする種はそう多くないし、それくらいの配慮はする。第一、俺だって言葉が通じるやつをそもそも好き好んで食いたくない」
「……た、確かに……。ち、ちなみにハンターたちはどうしたの……?」
じろりと睨まれて、初音はピッと背筋を伸ばす。
「お兄、そういうとこ!」
そんな態度を目ざとくアイラに指摘され、ジークはチッと舌打ちすると息を吐いて腕を組む。
「縛りおいたまま放置しても良かったが、そうすれば間違いなく肉食獣にやられるだろ。……初音がどうせ気にするのはわかっていたから、脅かすだけ脅かして馬車は取り上げて逃した。人間の街まで生きて帰れるかは運次第だが、あれだけ肝を冷やさせれば、あの程度のやつら拾った命に執着してもう出てこないだろ」
「……そっか…………」
本心はわからないが、食べないにしろ、本来敵であるハンターを逃す理由などないに等しいであろうジークが、初音の存在を最大限考慮したのであろうことは伝わった。
「ありがとう……。あ、あと、ネロの手当ても代わりにしてくれたんだよね。良かったね」
「うんっ」
ネロの左腕に巻かれた布を見て初音が尋ねれば、ニコリと可愛らしくネロが笑う。
「……でも、外見は個体値と魔力量に関係するって言ってたけど、ネロってすごく強かったってこと……?……鳥っぽい要素が……見当たらないけど……」
落ち着いて改めて見ると、毛色は違えど外見的要素は人間そのままだった。アイラのように、顔にも指先にも、一見すると何一つ気になる点が見当たらない。
ジークに聞いた話からすれば、それは持ち得る力が強いと言う話に他ならなかった。
「否定はできない。が、ネロの精神発達レベルからして違和感はある。どちらかと言えば俺同様、初音と契約したことで魔力値を引き上げられたと見る方が妥当だな」
「やっぱりお姉と契約すると完璧な人型になれるの!?」
身を乗り出して会話に乱入してくるアイラに、初音は目を丸くする。
「……アイラちゃん、興味があるの……?」
「当たり前だよ! 獣人に見られないし、強くなって魔法まで使えるなら、ハイエナもライオンも、人間だって怖いものなしだよ!!」
「そう……なの?」
「アイラ。簡単に考えるな、コレが本当は何なのかはまだわからない」
いつになく乗り気のアイラを、ジークが低い声で制する。金の瞳が静かに、けれど確かに探るように2人を見ていた。
「……わかってるよ。ちょっと気になっただけでしょ」
ホント兄貴面がうるさいんだからっ! とぷりぷりしながら、アイラは頬を膨らませて退散する。
「肉も食ったし、疲れたから少し寝る」
時刻は午後3時を過ぎた頃であろうか。
そう言うなりポンとクロヒョウの姿になったジークが、トコトコと初音の背後に移動してフンスと鼻息荒くうつ伏せになると、自身の前足を枕にその金の瞳を閉じる。
ーーち、近い……っ
そんな些細なことでドキドキしている自分に戸惑いながら、初音は背後の気配を気にせずにはいられない。
「あーおもしろかった。アイラもお昼寝しよっと」
一通り笑い終わって気が澄んだのか、アイラは一伸びすると初音に近寄りコソリと耳打ちする。
「もたれてもいいよ。だって」
「え」
そう言ってバチんとウインクをしたアイラは、初音とクロヒョウのジークに寄り添いその身を丸めて瞳を閉じる。
「…………あれ、いつの間にかネロも寝てる……」
気づけばこてりとフクロウの姿で膝の上に倒れているネロに気づき、初音は1人残されて苦笑すると、目の前の串焼きを見つめた。
ジークが牛だと言っていた串焼きは、少し野生味のある感じではあったがとても美味しい。
『言葉が通じるやつをそもそも好き好んで食いたくない』
そんなジークの言葉を思い出しつつ、初音は何とも言えない焦燥感を感じていた。
先ほどまで生きていたのだと言う命の実感を改めて感じながら、初音は串焼きをゆっくりと口に運ぶ。
考えることも、試すべきことも山ほどあって、これからどうすべきかも定まっていない。
それでも、身体に寄り添うように伝わる温もりの優しさを感じて、初音はそっと穏やかな森の空気に耳を澄ませたーー。