16.新しい契約
ーーこの子は…………アビシニアンワシミミズク……かな……?
基本的には頭部にある耳のような羽角の飾り羽があるものをミミズク。ないものがフクロウ。更に小さいコノハズクに分けられる。
柔らかい羽毛とその先端の細かい毛によって、羽音をさせずに飛ぶことのできる夜のハンター。その特徴は新幹線のパンタグラフの空気抵抗対策にも応用されている。
その特徴的な顔でとても小さな音でも収集し、左右高さの違う耳で暗い森でも獲物の位置を正確に把握。前と後ろに2本ずつの鋭い足爪で獲物を逃さない。
脳の大半を占めるとまで言われる大きな目は優れている一方で、眼球は眼窩に固定されていて視界が狭い。それを左右270度ほど回転すると言われる、特徴的な首の動きでカバーしている猛禽類。
「…………」
そのつぶらで大きな赤い瞳と無言で見つめ合うことしばらく。やっぱり無理かと途方に暮れかけた時ーー。
ーーはつね……?
「ん……?」
「どうした」
思わず出た初音の声に、ジークが反応する。どうやら初音にしか聞こえていないのか、その訝し気な顔を見上げてから再び白いミミズクのヒナへと視線を戻した。
「……うん、初音で合ってるよ」
返答がなくなってしまったなと思ったら、ミミズクがちょこちょこと数歩近づいて来たので、指先を差し出してみるとスイッと指に乗って来た。
あまりの可愛さに一瞬で非言語に浮かれる初音を、何とも言えない顔で見遣るジークと、その大きな赤い瞳でじっと初音を見つめたミミズクは、話すように口先を開ける。
ーー……ネロ……
「……ネロ……?ネロって言うの?」
ーーうん
「……一緒に来る……?」
ーーうんっ
頭に声が響くや否や、初音とネロの間にいつぞやと同様に魔法陣が展開される。
その軌跡を辿った光は二つに分かれ、初音とネロ、各々の左手の甲と左翼に印がつけられた。
「よかーー……うっ!?」
「初音っ!?」
ジークを振り返ろうとした初音の視界がぐにゃりと回り、堪えようとするもとても敵わない。
平衡感覚を失いながらも何とかネロだけは巻き込まないようにと倒れ込んだ先で、ジークの腕に抱き止められた感覚を感じながら、初音はフッと闇に沈み込むように意識を手放したーー。
闇。闇。真っ暗な、闇。その闇に浮かぶ、白い影。
白い影は発光してその形しかわからず、声も表情もわからない。わからないはずなのに、どこか悲しさを纏っている気がして、初音はその影にそっと寄っていく。
白い影が初音に気づいたような空気を感じたが、事態は大きくは変わらない。
ーーあなたで最後…………
そう言われた気がした次の瞬間に、初音は背後から引っ張られるような感覚に襲われる。
ハッと目を開いた初音は、ガバリと身体を起こした。
「お姉!」
「はつねっ」
事態を把握する前に小さな影にガバリと抱きつかれて、初音は驚きながらその2人の身体を抱き止めた。
「アイラちゃん……と…………ネロ……!?」
変わらぬ可愛さのアイラちゃんともう1人。アイラちゃんよりもっと幼い男の子。
銀に近い白髪に、大きな赤い瞳の可愛い少年ーーネロは、時折そのだぼだぼの服から肩を顕にしながら、その可憐な容姿を最大限に使った表情で初音を見上げていた。
「お姉大丈夫? 体調は?」
「はつね! はつね!」
「だっ、大丈夫! もう大丈夫だよ! 2人とも心配してくれてありがとう」
両手に花過ぎて緩む頬に逆らうこともできず、状況もいまいち理解できないままに初音はデレるのを止められない。
ジークが連れ帰ってくれたのか、気づけばアイラを待たせていた大きな木の上に初音たちはいるようだった。
「お姉ったら何回倒れたら気が済むの!!」
「はつね、よかった、しんぱい……っ」
「えぇー、2人とも可愛いぃー。何これ、幸せ過ぎて夢かな」
ぎゅうぎゅうと押し寄せる2人に、初音は至福に包まれる。
「…………何やってるんだ、お前ら……」
若干引き気味のジークの声が聞こえて声を振り返れば、予想に違わぬ顔と視線が案の定こちらを見ていた。
「ジーク」
「体調は?」
「私、倒れた? 何回もごめんね。もう大丈夫」
「……別に、平気ならいいが…………食うか?」
そう言って、うんと差し出された串焼きに、初音は目を点にする。
「う……ん!?」
「お兄……倒れて起きて、そんなすぐに食べられないよ……」
「ちょっと! ずつ!」
「………………」
幼な子たちに勢いよく批判をもらい、ジークはわかりやすく眉間にシワを寄せる。
「あっ! お腹! 空いてる! 空いてるかも! 2人も心配してくれてありがとう!」
「お兄はデリカシーをどこかに置いて来てるから、お姉無理しなくてもいいんだからね」
「はつね! げんき! げんき」
「あはは……ありがとう、2人とも。……ありがとう、ジーク」
「…………ん」
お礼を伝えつつ、にこりとジークを見上げれば、少し照れたような仏頂面で串焼きを差し出されて受け取った。
こんがりと焼かれた何かのお肉は香ばしく美味しそうな匂いを放っていて、初音は思わずごくりと喉を鳴らす。
今更ながらに空腹を自覚した一方で、初音はふと憂慮する事態を思い出してその串焼きを無言で見つめた。
「………………」
「お肉美味しかったよ!」
「たべて! たべて!」
ごくりと唾を飲み込んで、初音はその肉を見下ろす。齧り付きたい衝動と同時に、変な汗が滑り落ちた。
果たして、この肉は何の肉なのであろうかーーと……。




