15.ハンター2
「み、耳がないっ! えっ!? 尻尾もない!!」
最大限声量に配慮しながらジークの背後に回り込んで騒ぐ初音を見て、ジークはやっぱりなと呟く。
「そんな気はしてたんだ。魔力量が桁違いになった感覚はあったから」
「に、人間みたい……」
少し変わった色の瞳と髪色ではあるものの、どこからどう見ても人間の青年で、初音は思わず小さく呟く。
「まぁ、別に嬉しくはないが……」
言い淀むジークに、そりゃそうかと初音は口をつぐむ。親切にされ過ぎていて忘れかけるけれど、ジークやアイラにとっての人間が敵であることに変わりはない。
「これで多少の目眩しにはなるはずだ。少しでも混乱させて、時間を稼げればそれだけ危険も減るだろ」
「……わかった」
「いいか、行くぞ」
「うん……っ」
言うが否や飛び出すジークの華麗な身捌き。その異変に気づいたハンターたちの慌てる声を聞きながら、初音は荷馬車へと一目散に走る。
荷馬車にごろごろと転がされた麻袋には、魔法陣が描かれてそのどれもが口を固く結ばれていた。
麻袋の中の膨らみに気をつけながら、ジークに渡された中剣で袋を裂いていく。
手出しができないと言っていたジークの言葉とは裏腹に、初音にとってみれば落書きのされたただの袋に等しかった。
「大丈夫だよ、出ておいで」
裂いたそばから慌てたように飛び立っていく色とりどりの綺麗な鳥たちをほとんど逃し終わる頃には、背後は静かになっていた。
「終わったぞ」
降って来た声に振り返れば、延びたハンターたちを縛り上げた上で仁王立ちするジークが、汗ひとつ見せずに立っていた。
「つ、つよ……っ」
魔法すらも使わずに、大の男3人を言葉通りあっという間に倒したその身体能力に恐れ入る。
魔法と言うものさえなければ、人間なんて獣人にかかればひとたまりもないのだろうと、初音は改めて実感した。
ブルブルと震える残りの鳥たちを、麻袋や檻、縄から解き放っていく。
「もう大丈夫だよ。怖い思いさせてごめんね。……もう捕まらないようにね」
ーーありがとう
聞こえた声にハッとした初音は、スイッと宙を舞ってから青い空を突っ切って森へと飛んでいくその姿を目で追う。そんな初音を、ジークは静かに眺めていた。
「終わりか?」
「うん、多分……。あ、ちょっと待って……」
そう言って初音は御者台に回り込む。そこには一際大きな木箱。
「あれはーー」
「おい触るなっ!」
「バカ、お前死にたいのかよ! 騒ぐなって!」
「だってアイツはーーっ!」
「だからアレを見つけた時点で帰ろうってあれほど……っ」
何やら縛られても尚仲間内で揉めているハンターに顔をしかめると、スタスタと近寄ったジークはそのうるさいあごを蹴り上げる。
ギャンと喚いて静かになったハンターにフンと鼻を鳴らし、再び初音の元に近寄ってくるジークに苦笑しながら、初音は魔法印が押されたその木箱に手をかけた。
木箱を開けて覗き込めば、そこにいたのは一羽の白いミミズクのヒナ。
「これ……っ……ミミズクのヒナ……?しかも、もしかしてアルビノ……?」
「……珍しいな。近頃はフクロウの類も狙われるとは耳にしていたが、夜の森を探すのは骨が折れるから、あいつらでは難しいはずだ。運悪く巣を見つけられたか、飛ぶ練習の最中か、もしくは罠にでもかかったんだろう」
「……そうなんだ……」
「……結果的に俺たちにやられてるんだから、運がいいんだか悪いんだかわからんがな」
ハッと息を吐いていい気味だと悪い顔をするジークに、初音は反応に困って苦笑する。
「……鳥のヒナはだいたい親鳥が側にいたりするから、何もせずに側を離れるか、直接触らないようにして巣に戻すのがいいらしいけどーー……」
「…………気配と臭い的には、引っかからないな……」
初音の言葉を受けて、クンクンと鼻を鳴らすジークは親鳥を探してくれているようだった。
ーー元の世界では野鳥を勝手に捕縛、飼育するのは禁止のはずだけど、多分関係ないよね、この世界じゃ……。
頭に流れてくる情報を整理しつつ、初音は表情を暗くする。
「……この子……ケガしてる……」
「扱い方もわからんバカどもだろうからな。ちっ、気分が悪い」
明らかに左翼の部分が素人目に見てもケガをしていて、対応に困った。こんな時に、頼みの綱の情報は流れてこない。
「手当てって、できるのかな……」
「……人型になれるなら手当てはし易いだろうが……」
「…………」
「…………」
一度、無言の時が流れる。
「契約……できたら、人型で手当てできるかな……」
「…………俺に聞くな」
知らんと顔を背けるジークに、そうだよねと1人呟いてから初音は白いミミズクに向き直る。
「……私、初音って言うの。この人はジーク。ケガの手当てを……できたらいいなって思ってるんだけど、もしよかったら連れて帰ってもいいかな……?」
なるべく怖がらせないようにと話しかける初音をじっと見つめるその顔が、くるりとジークに振れて、また初音へと戻る。
その大きな赤い瞳は、じっと初音を見つめていたーー。