12.人間と魔力と獣人と
「この世界には魔力と呼ばれる現象がある」
少しばかり移動して、森の近くの開けた平原にある見上げるほどに大きい木の上で、3人は膝を突き合わせていた。
びしょ濡れだったはずの服は、移動時の風と日中の暖かさで嘘のように乾いている。
事の顛末と、ジークが使えるようになった焔の魔法をアイラにお披露目してこれまた一騒ぎして落ちついた後、ひとまずの現状整理をしている最中。
ジークの話しでは、この世界には大きく分けて人間とそれ以外の種族が生きていて、人間は人間以外の脅威的な力を持つ生き物と人型の力を持ち得る者をまとめてモンスターと呼んでいる。
魔力と呼ばれる現象は人間とモンスター双方に影響し、人間は魔法と呼ばれる形で、モンスターはその個体能力の底上げと人型に変異できると言う形で現れた。
よってモンスターは魔法は使えず、今回のジークの焔は例外中の例外と言える異常事態だと言う。
更に言えば、モンスターの総合能力値は種族や個体としての個体値に、持ち得る魔力総量の魔力値の掛け合わせにより決まるそうで、全ての生き物が人型になれる訳でも、個体値と魔力値の到達点が同じという訳でもない。
「多種を取り込むことが多いからか、小型よりは大型。草食よりは肉食。子どもよりは老人の方が人型になり得易いような感覚はあるが、例外も見られるし細かいことはわからん」
片膝を立てて座り、丁寧に説明をしてくれるジークとアイラを見る。
「……ハイエナもだけど、2人の人型に少し違いが見られるのは何で?」
「簡単に言えば、人型により近い方が総合値が高いという認識で問題ない。とは言え、上限までの幅内なら段階を踏んだ変化も可能だから、そこだけで判断すると足元を掬われる」
「な、なるほど」
自身を弱く見せることもできるということかと、初音はゴクリと喉を鳴らした。
「それを踏まえての、俺の魔法とこの印についてだがーー」
グイと胸元の衣服を指先で引き下げて、赤くアザのように残る紋様を見せたジークは、初音の胸元にチラリと見える印をじっと見つめる。
他意はないはずの視線を感じて、初音は落ち着かずに視線をぎこちなく揺らした。
「同じ紋様は対になるはずだ。あの魔法陣は多分無自覚な初音のもので、ソレによって俺が魔法を使えるようになった。と考えるのが現状では自然だな」
「何でそれでお兄が魔法使えるの?」
「知らん、俺だって聞きたい」
遠慮なく直球に問いかけるアイラの質問をバッサリと切り捨てて、ジークはガリガリと頭をかく。
「俺は何となく魔法の扱いがわかったが、初音については今だに自覚すらない。つまり解除方法もわからないってことで、このまま不確定要素を残したままに離れるのは避けたい」
「……ってことは、つまり?」
ピクピクと、アイラの丸くて黒い耳と尻尾がゆらりと動く。
「……と言う流れで、戻る最中に初音とそう言う話しになった」
「やったぁっ!!!」
「わっ!!」
ガバァっとアイラが初音に抱きつく。バランスを崩しそうになる初音の背を素早く支えて、万一樹上から落ちないように保険をかけるジークは、ハァとため息を吐いて目を細めた。
「言っとくが、解除方法がわるまでだからな……」
「わかってるよぉ」
本当かぁ? と心底疑わしそうな顔でジークがアイラを見遣る。
「……初音が人間である以上《《ここ》》では目立つ。ハイエナみたいな危険なヤツらだらけだから、命の保証もできない。だから、もう一度確認する」
アイラに抱きつかれたままに、初音はジークを見返す。
「本当に、人間の街に帰らなくていいんだな」
じっとその金色の瞳に見つめられて、初音はアイラの元に2人で戻るまでにも問われたその質問を考える。
紋様の気がかりはあるけれど、初音が望めば当初の予定通りに人間の街へ連れて行くとジークは言った。
そして謎の力を得たとは言え、危険が迫れば初音ではなくアイラを優先するともハッキリと言われた。
それでも、足手まといでしかない不審な女1人に最大限心を砕いてくれるその優しさが、根無し草のように居場所のなかった初音には嬉しかった。
「ーー魔法? のことも気になるし、できれば……ここにいたい。もちろん、2人が許してくれるならだけど……」
「ぜんっぜんいいよぉっ!!」
ぎゅーっと柔らかい頬を押し付けられて、初音は目を丸くした後にほっこりと頬を緩ませる。
「……まぁ、個体値と魔力値の両方が底上げされた上に焔まで使えてる……から、余程なければ何とかなるはずだ……が、お前はさっさと力を制御できるように努力しろ」
「ーーうん、ありがとう」
フンと小さく鼻を鳴らしてジークは視線を逸らすとその場に立ち上がる。
「どこ行くの?」
「力の試しついでに何か探してくる。朝メシをハイエナどもに邪魔されて腹が減った」
キョトンと見上げるアイラにジークはサラッと答えると、ここを動くなよと言い置いてトントンと身軽に木を飛び降りていく。
「行っちゃったね、じゃぁここでアイラとおしゃべりしよう」
にへらと笑うアイラの可愛さにほっこりしつつも、初音は何故だか落ち着かない胸の内を抱えていた。
形容し難いのだが、ソワソワすると言うか、ザワザワすると言うか、謎の焦燥感に包まれて落ちつかない。
「お姉、どうかした?」
「……いや、なんでもなーー……」
「おい」
背後から聞こえた低い声に驚いて見上げれば、そこには不機嫌な顔をしたジークがいた。
「え……?」
2人同時に、出て行ったばかりのはずのジークを見上げて間の抜けた声を出せば、ジークは大きなため息をついて顔を覆う。
「気持ち悪いからどうにかしろ……」
ジークの丸い黒耳と尻尾がペタリと垂れているのが、なんだか可愛かった。




