【短編版】モブ令嬢ですが、あの人の幸せの為に婚約は断固拒否します
一番最初に書いた未完の長編を短編化して終わらせました。ゆるふわです。
私には大好きな人が居る。幸運にも私と彼は両親も仲が良く、家格も釣り合っていた。
四人がいずれは婚約させるのもいいんじゃないか、と言っているのを何度も耳にした。
重ねて言うけれど、私はその彼が大好きで、そんな人のお嫁さんになれる事を想像するだけで、幸せ過ぎてにやけてしまう程。
だけど、私は知っている。私の隣で両親がそんな話をする度に、彼は憂鬱そうに溜め息を吐いて居た事。綺麗な顔を、不快だと言わんばかりに歪めていた事。
だからもう一度だけ聞いてほしい。私は彼が、シオン・マグドゥールが大好きで、彼が笑っていてくれるなら、隣に居るのが私で無くても、良いのだ。
私の名前はミルフィ・クルニルス伯爵令嬢。
所謂、モブである。
この世界で私がミルフィ・クルニルスになる前の事を思い出したのは、私が10歳になって間もなくの事だった。お母様と一緒に乗っていた馬車が襲われて、助けが来るまでの間、お母様の腕の中で人荒々しい人の声、刃のぶつかる音。全てが怖くて。此処で死んでしまうんだと思った。私はまた、死んでしまうんだ、と思った。その瞬間、頭を殴られた様な痛みに、私は気を失った。次に目が覚めた時、自分の中に平々凡々だった日本人だった記憶がある事に気付いた。そして同時に、この世界に酷似した物を思い出した。
『もう君しか見えない〜聖なる涙〜』
生前私は乙女ゲームにはまっていた。あまり体が丈夫ではなかったせいか、家で過ごす時間がとても長かった事もはまってしまった要因の一つだろう。
沢山の乙女ゲームをプレイしたけれど、『きみみえ』は、私の短い人生の中でも、ある意味一番期待を裏切られた作品だった。
一目見た時から一番の推しだったシオンが攻略対象で無かったどころか、物語の途中で婚約者のミルフィと共に命を落としてしまうのだ。
ミルフィはボイスも無ければ、立ち絵も無い。完全なるモブキャラだった。
シオンが大好きだった私はミルフィさえ居なければシオンは生きていて、ヒロインの恋人にもなれたのではないかと色々複雑な思いを抱いたまま、ファンディスクが出る前に命を落としてしまったようだった。おそらく、病死だろう。
そして私は、モブキャラとしての自分を覚醒させてしまった。このまま両親に言われるがまま大好きなシオンと婚約していたら、数年後シオンは私と一緒に死んでしまう。そう思った私は、婚約に同意しなかった。何度聞かれても、お願いされても泣いて嫌がった。
両親は驚いて、少し落ち込んでいた。おじさまとおばさまは、優しく、それなら仕方ないね、って言って私を慰めてくれた。シオンはそんな私を、瞬きすら忘れたのでは無いかと言う程、ただじっと見つめていたのだった。
あれから三年。私はきみみえの舞台となるセイント学院に入学する事になった。本当は入学なんかするつもりなんか無かったんだけど、何故かシオンから入学手続きの書類が送られて来たからだ。
シオンと一緒に居ない方が良いのは分かってる。それでも入学してしまったのは、やはり死ぬ前にシオンが幸せになっている姿を見たかったから。
好きな子にはどんな顔で笑うんだろう。それが、決め手だった。
私が死ぬ未来は避けられない可能性がある。だけど、最初から婚約者でもないシオンが一緒に命を落とす事はないだろう。
「ミルフィ」
名前を呼ばれた。聞き間違える筈もない。
「久しぶりシオン!」
「お前は相変わらずだな。もう少し淑やかにしなくて良いのか」
「良いのよ。どうせボロが出て後から嫌われるよりか私はこんな人だったって知っていて貰える方が幸せだわ」
「何で過去形なんだ?これからだろう?これから全て始まるのに」
「えっと…今から卒業を見据えて、かな?」
いけないいけない。シオンと話していると嬉しくてつい、要らない事まで話してしまう。
ミルフィは所詮モブキャラ。性格なんて決まっても居なかったし、シオンとどんな風に話して居たかも分からない。
だから私は『私』らしく。そうするしか無かった。
それにシオンは満面とはいかないまでも、楽しそうに笑った。
「お前はそう言う奴だったな、楽天的が過ぎると言うか。笑顔の大安売りと言うか」
「にっこりにこにこにこにっこりー!」
ちょっとカチンときた私はシオンの頬を両手で抓むと笑っているように引っ張った。
「あら大安売り」
「よへぇ、のふぃる」
なんて幸せだろう。私がシオンとこんなバカップルみたいな会話が出来るなんて!
でも名残惜しいけど、手を離す。シオンが死んでしまう要因になりそうな事は端から潰して行く。それが私のスタンスなのだ。
「全く。お前はなんでそうやって急に距離を置く」
「んぇ?なんの事?」
図星さされてめっちゃ変な声出た。よくしらばっくれたよ私。
「やだシオンったら、私の事大好きでしょうがないんだから!」
シオンがめちゃくちゃ瞬きを繰り返す。ん?あの時と真逆だな?私はあの日のシオンを思い出していた。
かと思ったらめちゃくちゃ笑い出した。お腹抱えてる。やだ可愛い。ってそうじゃないでしょ私!
「はー、笑った。今更気が付いたか。あまりにも遅過ぎて…どうしてやろうかと思ったが?」
え?と声に出す前にシオンの綺麗な顔が近付いて来る。なに、どういう事?シオンとミルフィは恋愛感情で婚約していたの!?
咄嗟に口を手でガードするとシオンがそのまま私の手にキスをした。
「今日はこのくらいで見逃してやろう。お前のその真っ赤な顔に免じて」
そう言いながらもシオンの指が私の顔や、耳、髪と遊ぶ様に触れてくる。
シオンの後ろから挨拶の時間ですって呼ばれている。シオンは新入生の代表なのだ。凄いんだから!
シオンが私を見て不敵に笑う。何、やめて、かっこいいじゃない!!
「ちゃんと俺を見ておけよ。何処から見てたって見つけてやるから」
「ぐぅ!死んだ!!」
半分本当で半分冗談だった。
だってまさか、あのゲーム時は無表情で、ツンツンで、生意気だったあのシオンが、何か嬉しそうに笑って、デレデレで、素直なんだよ!?
狡いが過ぎるじゃん!!
「死ぬな。死なせないからな」
ん?なんだろう?何処か鬼気迫る勢いだな。
まさかシオンも転生者だったり?まさかね。まさかまさかー!
「ミルフィ、俺が好きだろう?」
「なんか急に俺様発言が飛び出た、それに関しては残念ながら黙秘させてもらおうか」
「真っ赤な顔で黙秘してる時点ではいと言ったも同然なんだが」
私は精一杯シオンを睨んでみた。いやいや違いますよ、何言ってるんだか。
そんな私の頭をポンポンとシオンが優しく撫でた。私は思わずポカンとしてしまう。え?本当にそう言うキャラでした?違いますよね?
「次は親なんかじゃなく、俺が言うから。素直になる準備をしておいて」
「むりでござる…」
無理。だって私が素直になったらいつあの最期が襲ってくるのか、ぽんこつな私の頭は思い出せもしないんだもの。
大好きだから、私は好きな人から距離をおく。
でもその人が私より早く私を追いかけてきたら、どうなってしまうのか。
正解は
「だからちゃんと見とけって言っただろう?」
「うぅ、むり、かっこいい…」
何故だかシオンは前世の私を知っていた。
私が前世、死ぬ前に思い返した事が、シオンの事だったらしいのだ。その時流した涙が、シオンに自我を与えた様で、この世界で私と幸せになろうと誓ったそうだ。
「ほら、俺に言いたい事、あるだろう?ずっと言ってた事、あるはずだ」
「シオン、幸せ?」
「あぁ」
「ちゃんと生きてる?」
「このとおり」
「好き、ずっと、ずっと好きだったよ」
「知ってるよ。俺もだ。ずっと、好きだったよ」
「お前しか、見えないんだ」
幸せで、涙が、こぼれた。
これが、私とシオンのハッピーエンド。
読んで下さってありがとうございます。
10/2誤字報告ありがとうございました。
良かったらいいねや評価などいただけると励みになります。