スヴェチカの終業時間
一夜明けて、正午近く。
私はベルアダードのコクピット内で、レバーを握っている。ベルアダードはバッシャー装備からインターセプター装備に装備を変更。
腕の装甲は外れたままだけれど、飛来物を砕くことに支障はない。
無いの、だけれども。
私は思いだす。暴走機体の中から出てきた、飛来物の欠片を。欠片が何なのかは分からなかった。ただ一つ分かったのは、そこに文字が書いてあったこと。
そう、私にはそれが文字だと分かった。私達が使っている言葉、使っている文字。その一部が書かれた破片。
それはつまり、飛来物を送ってきているのが、良くわからない敵ではなく、言葉の通じる相手だということを示している。
だからといって敵でないとは限らない。
だったら、どうしたら良いの?
ベルに聞いたら、その判断をするのはAIじゃないと言われた。
ゼハール爺さんは、この鐘撞きの仕事を、必要な仕事だと言っていた。そして、何度も飛来物を砕きそこねていた。
ゼハール爺さんはこの事を知っていたんだろう。そう、思う。
知ったうえで、必要な仕事だと言って、黙って飛来物を砕き続けていた。
私は、どうするの?
飛来物を砕き続けたら、何も変わらないで居ることが出来る。毎日正午の時間を告げて、お婆ちゃんの作った昼ご飯を食べて、ちょっと本でも読んだりして……次の誰かに、この仕事を引き継ぐ。
この事を抱え続けたまま。
「そろそろ時間だよ、スヴェチカ」
「分かってる、分かってるよ……」
ベルに向かって、私はそう返す。
もう少しで、飛来物が来る。何なのかすらわからない飛来物が。もしかしたら、敵の攻撃ではなく、戦争が終わったことを教えているだけなのかもしれない。もしくは、敵が謝っているのかもしれない。
銃爪に指をかける。
これを引けば、何も起こらない。変わらない。
私はイメージしてしまう。クーニャお婆ちゃんが見てた古いアニメ。ハムスターが、籠の中で車を必死に空回りさせている様を。
別に良いんじゃないの? それでも、別に。
こうして、続けていたって。
明日も。明後日も。同じように撃ち落とし続けて――
「それって……」
毎日こんな事を思わなきゃいけないって、事?
私は頭がスッと冷えるのを感じた。
あっ、それ無理。
「ベル……」
「どうしたのスヴェチカ」
「ごめんね、私撃てない」
そう、AIに向かって言って、銃爪から指を離した。
「そうか……スヴェチカ」
「うん」
「お疲れ様」
「……うん」
ベルに向かって、私は頷いて、飛来物が落ちていくのをレーダー越しに見送った。
我=何者? の問いに、私は答えを持たない。
一つだけ確かなのは、もう鐘撞きではないということだけだ。
息を吐いた。肩が軽く、胸は空っぽだった。