スヴェチカの残業
「おかえりスヴェチカ」
ベルアダードの元に私が戻ってきたときには、インターセプターからバッシャーへの装備変更は終わっていた。
物干し竿みたいな、長い雷撃砲は取り外されて、代わりに背中にランドセルににた形状の白兵戦用ユニットが装備されている。
車輪の着いた四脚を寝かせた姿は、砲塔を外した旧式の戦車のようにも見える。
「ただいま」
と言いながら、私はベルアダードの中に乗り込む。
「巡行形態に視界を切り替える」
ベルが言うと、機械と計器に囲まれていたはずの光景が一気に変化する。大体、私の腰から上だけがガラス張りになったように、外の光景が見えるように。お婆ちゃんの家までよく見える。
「うわー、こんなふうになるんだ」
「スヴェチカ、撃ち落とすの上手いからねぇ。巡行モードで移動するの初めてでしょ」
「そうそう、運転方法は知ってるけどね」
「慣れてないならオートパイロットを推奨するけど?」
「爺さんもそうだった?」
さっきのお婆ちゃんとの会話を思い出して、なんとなく、ベルにそう聞いてみる。
「うん、ザハールはそうだったね。もしかしたら運転方法なんて忘れてたのかもしれない。まぁ、忘れたときのために機械があるんだから良いけどね」
「じゃ、私もベルに任せる」
「了解。目的地セット、オートパイロット、安全運転で発進」
ベルが言うと、私の目に映る風景がゆっくりと流れ出す。車輪が回ると、ベルアダードもその分進む。
仕事の途中なんだけど、なんだかのんびりした気分になってしまう。
ちょっとしたドライブとか、小旅行みたいな気分でいれば良いのかもしれない。
さっぱり振動もなくて、ストレスフリーだ。
私は気分が良くなってきて、お婆ちゃんから貰ってきたランチボックスを開ける。
中に入っていたのはお婆ちゃんが言っていた通り、サンドイッチだった。緑のキャベツが溢れて、ハム、チーズ、が入ってるのとか、焼いたチキンにソースがかけられたのとか。全部美味しそう。
ベルがそれを確認して言う。
「あ、美味しそう」
「AIが美味しいとか分からないでしょ」
「じゃあ多数の人間に美味しいと評価されそう」
「多分あってるんだけど、なんかそれ、嫌」
そんな事を言いながら、私はサンドイッチを口に運ぶ。美味しい。
再変換システムから出てくる食材を、美味しく調理してくれるのはとてもありがたい。
はむはむとサンドイッチを食べながら、私は景色を眺める。
牧歌的な街並みからは離れて、街道を進んでいる。でも、あっという間に道は途切れて、荒野を進むことになる。少しだけ、ベルアダードの車内に振動が混じりこむ。
「済まないね、快適な旅じゃなくて」
「これくらいなら快適なうち」
と、私はベルに向かって答えた。
実際、食事の邪魔にならない程度の振動でしか無いので、これはこれで悪くない程度だ。
街道の整備が進んでいないのは、その先には基本的には何もないからだ。少なくとも、人が住んでいるところも、人が何かを生産しているところもない。
一応の戦時で、既存の資源を延々と使いまわしているだけ。だから人が増えて、先に住む所を求めることもない。仕事が必要になることもない。
この、荒野のほうが、この星の本当の姿なのかもしれない。
そんな事を考えていると――
「あ、これはまずいな」
と、ベルが言って、ベルアダードを停車させた。
「何かあった?」
「飛来物、食われてる……」
「えっ?」
と、私が言うと、コクピット内の映像に、ウィンドウを表示させる。
そこに表示されていたのは、機械の化け物だった。
「うわぁ、ぐちゃぐちゃだ」
と、私がそんな事を言ってしまったのも仕方ない。おそらく、最初はベルアダードと類似系の、この惑星を防衛するための四脚車両系機体だったんだと思う。ただ、なんだか色んなものを取り込みすぎたみたいで、外観は凄い変な事になっている。
立ち上がった四脚、と見せかけて、五脚目が機体の真後ろから生えている。アームは一本しかなく、反対側には義手みたいに大きな鉄骨が生えている。
背中からはサブアームが無数に生えていて、その全てが、武器にするための瓦礫を持っていた。
「AIがどっかで狂って、自己保存/維持関連のシステムが変なことになってるね、アレ。周りにあるものを変な形で取り込んで自己修復に回してる」
敵との戦いの初期も初期、ベルアダードの同型が何機も稼働していた時は、完全自動制御で敵の機体と地上で戦っていたらしい。でも、そうそうにエネルギーシールドを張って引き籠もることになって、放置された機体が出てきた。
そんな、敵の居なくなった機体が、自己保存システムを暴走させたのがこれ、何だと思う。
目的をなくして、ただ、在る、在り続けるためだけが全てになったもの。
「それで飛来物を食べてる、って事は……」
「機体内部に反応が有る。エネルギーにするつもりか、分解して機体部品にするつもりかは知らないけど……どうする、スヴェチカ?」
「どうする、って……」
ベルが何が言いたいのか分からなくて、私は答えに困った。
「飛来物を処理する、って意味だと、このまま放置して帰っても良いんじゃない? あの暴走機体が勝手に処理してくれると思うよ。ただし、飛来物をちゃんと確認したいなら、暴走機体を破壊して、飛来物を取り出す必要がある」
「むぅ」
少しだけ、考える。ベルの言う通り、どっちでも仕事としては構わない。だから後は私がどうするかの問題。
考えて、決める。
「これは私の仕事だし、最後まで私がやる。あんな化け物なんかに、仕事はあげない」
鐘撞きは私の仕事だ。
「OKOK、じゃあ巡行モードから白兵モードに切り替え、バッシャー装備をアクティブにする。白兵戦のやり方は覚えてる?」
「大丈夫」
たまにマニュアルは読んでる。暇だから。
「じゃあ、操作をそっちに渡す」
「アイコピー」
私がベルにそう返すと、私の足元にペダルが、前に二本のレバーが現れる。
同時に、コクピット内に表示される風景が、少し高いものになる。白兵モードになるときに、ベルアダードは四脚を持ち上げて、全高を高くするから。
それを確認して、私はレバーを握り、ペダルを踏み込む。
車輪が回転する音と共に、風景が後ろに吹き飛んでいく。
ウィンドウに表示された、暴走機体との距離がどんどん縮まっていく。
ぐるり、と暴走機体の頭に当たる部分がこちらを向いた。その顔は、なんだか適当なカメラを無理に増設した結果、無数に目玉があるナメクジみたいになっていた。
気持ち悪い。
そんな暴走機体が武器を構えるより、こちらの動きのほうが早い。
「バッシャー装備展開!」
「了解。バッシャー装備展開」
私の声にベルが答える。ベルアダード白兵モードの操縦は、かなりの部分が音声認識とAI制御に依存している。私がするべき事は、何を使うか、どのタイミングで使うか、の選択ぐらいだと言っても良いかもしれない。
機体の後ろの方から機械音がする。バッシャー装備は、ランドセル状の背中ユニットから、武装を持ったサブアームを展開する。二本一対のサブアームが持っているのは、長い警棒のようなもの。しかしそれはただの警棒ではなく、超高圧電流が流れた、雷撃棍である。
電撃棍が狙うのは、暴走機体の頭。
あれだけカメラが増設されているのは、センサー類がおかしなことになっていて、それを補おうとした結果だと思ったからだ。
暴走機体のサブアームがうねって、電撃棍を止めようとする。
遅い。
人間で言うと、側頭部に電撃棍がヒットする/同時に銃爪を引く。
「雷撃開放」
ベルの言葉と同時に、閃光と轟音が弾ける。一瞬だけ、視界が真っ白になる。眼の前で起こる落雷、爆発にも似たもの。
それが収まるよりも早く。地を蹴って、ベルアダードを後ろに下がらせる。
「さて、効いたかな」
電撃棍がぱちぱちと音を鳴らすのを聞きながら、距離を取りつつ暴走機体を確認。首のシャフトがネジ曲がり、全てのカメラが光を失っている。
「暴走機体の光学センサーは作動していないね」
「なら、こう!」
ベルアダード脚部の車輪を横に。暴走機体を中心として弧を描くようにして、その後ろに回り込む。
光学センサーが効いていないなら、こうして位置を変えてやるだけで、暴走機体はベルアダードを見失うはず。
真後ろに回ると、再度車輪を回して直進。距離を詰める。
サブアーム/電撃棍展開。今度は二本同時に。
左右同時の一撃。これで今度は背面のサブアームを破壊する――
「緊急回避」
ベルの声。
同時に、急に前に放り出されるような――違う。後ろに、私の意志とは無関係にベルアダードが飛んだ。
瞬間、視界の前を何かが疾走った。
その勢いに巻き込まれて、取り残された左のサブアームが砕けた。
私は跳ね上がったものを確認する。
それは、暴走機体の背面に増設された五本目の脚部――違う。それは無理やり増設された、サブアームだった。
「脚の位置にそんなものが!?」
「それよりも、光学センサーへの依存度が低いほうが問題だね」
ベルの言う通り。暴走機体は光――視覚以外の何かで周囲を感知して動いている=何を感知してる?
「一体何を……」
「考えてる場合じゃないかもよ、スヴェチカ」
ベルの言う通り。今度は暴走機体が動く。前後を入れ替えることのないまま=背面に着いたサブアームをこちらに向けたまま、四脚を動かして近寄ってくる。
前や後ろという概念すら無くなっているのだろうか、この暴走機体は。
こちらも四脚を使って、横に跳躍。
跳躍する前に居た場所に、暴走機体のサブアームの全てが襲いかかった。サブアームが荒野に突き刺さり、水飛沫のように大地が弾け上がる。
そのまま、向きを変えずにまた暴走機体が向かってくる。再度横に跳躍。
「ベル、相手が何でこっちを見てるか分かる?」
「生きているセンサーを分析してみる。そっちに演算回すから、回避よろしく」
「うわー」
ベルの演算能力を分析に回すと、最初の奇襲を防いだときみたいな自動回避は出来なくなる。
分析の間は回避に専念して、攻撃は最小限で行くしか無い。
その間に、暴走機体がまた向かってくる。対応して巡行モードへ。車高を下げ、今度は跳躍でなく、車輪を回してベルアダードを走らせる。私一人で制御するならこっちのほうが良い。
荒野に轍を刻みながら、走る。車輪を横にして急カーブ。地面を巻き上げながらドリフト。ヘアピンの轍が出来た所に、暴走機体の攻撃が来る。
冷や汗。
「まだなの、ベル!」
返答はない。インターフェイスに回すリソースも、分析に回している。
車輪の回る音が聞こえる。激しい摩擦音は、ベルアダードの悲鳴にも似ているような気がした。いつまで、持つのだろう。また機体に弧を描かせながらそう考えた瞬間――暴走機体が飛んだ。
弧を描いた場所ではなく、その先。今ベルアダードがいる場所に目掛けて。
私の癖を、分析された!?
いや、そんな事よりも、眼の前に暴走機体のサブアームが迫っている。逃げる? 逃げられない。だったら――
「舐める、なぁ!」
私はベルアダードの本来の腕を交差させて、前進――突撃した。
ベルアダードの腕と、暴走機体のサブアームが激突する。衝撃で機体が揺れる。前腕装甲が砕ける。でも、そこまでだ。
装甲は砕けたけれど、腕のフレームは無事だ。完全に速度が乗り切る前に、腕をぶつけることが出来たから。
そのまま、腕のフレームを暴走機体の本体に叩き付ける。四脚の安定性でも、この勢いなら通る。
体勢を崩されて、暴走機体が吹き飛ぶ。その瞬間にベルが言う。
「分析完了。あいつのメインセンサーは現在は音響だ」
音――
「だったら。アレを使う」
私は銃爪を引く。その瞬間、閃光と轟音が生まれる。体勢をなんとか戻した暴走機体が、轟音の方向へと向かっていく。
私が起動したのは、壊れたサブアームが持っていた方の電撃棍。
ベルアダードとは反対方向に落ちているそれを、囮として使ったのだ。
「いまだよスヴェチカ」
「分かってる!」
ベルアダードが立ち上がる=巡行モードから白兵モードに。そして、跳躍。
くるりと空中で回転しながら、サブアームに気を取られている暴走機体の直上を取った。
電撃棍を下に、落下。電撃棍を起動。天から落ちる稲妻のように、棍の産み出す光が落ちていく。
暴走機体が動きを止める。こちらに気づいたのかも。
でも――
「もう、遅い」
その無くなった首の部位に、ベルアダードの電撃棍を突き刺した。電撃が、暴走機体の内側へ流れ込んでいく。
暴走機体の腕があらぬ方向へ泳ぐ。胴体がくねる。脚が折れる。
声は聞こえないけれど、暴走機体が断末魔を上げているのが分かる。
銃爪を強く引き続ける。断末魔すらあげられなくなるまで、雷を流し込ませる。
弾ける。弾ける。弾ける――
「もう良いよ、スヴェチカ」
ベルの言葉に合わせて、私はレバーから手を離した。
動かなくなった暴走機体の……死体が、ベルアダードの下にあった。
「勝った……?」
「うん、スヴェチカの勝ちさ。見事だね」
「そう……」
一つ、息を吐く。思ったよりも、大変だった。ベルアダードも結構壊しちゃったし。でも、たまには良いと思う。
「さて、本来の目的を果たそうよ、スヴェチカ」
「うん、そうだった」
私達は飛来物の回収が目的で、その課程としてこの暴走機体を倒す必要が有るんだった。装甲は壊れたけれども、マニュピレーターとしての機能は生きている。
電撃でグズグズになった暴走機体の装甲と内部構造を、甲殻類の皮を剥くみたいにして剥いでいく。
そして、私はそれを見つけた。
見つけて、しまった。