0 . 近い(遠い)未来
この光景を遠い未来と呼ぶ者もいる。
大宮以南は、オールトの時間雲に覆われている。速度を増した時間の中で、街はしずかに溶けていく。
わたしは窓の外を確かめる。雨だ。気温十五度──人造季節の適温。
偽装された天井を伝う雫が、一つひとつ人影を探すように滑り落ちていく。だが、この雨を人は見ない。赤羽ラインの南側に暮らす者はほとんどいない。境界に居を構えるのは、わたしを含むわずかなインテグレータだけだ。
真空破壊爆弾の爆発から三百年。大宮以南は時間障壁に包まれ、その外ではわずか〇・〇〇三秒しか経っていない。
内と外の流れの差──残された時間は五分。こちらの時間に換算すれば五千年。
それが、わたしたちの未来の形だ。
ソファに身を沈めると、夕暮れの影が瞼の裏ににじむ。
時間障壁が生まれる前、人類は別の永遠を手に入れた。
細胞分裂を巻き戻す技術。肉体は若返り、寿命は取り払われた。老いた者は「バカンス」と呼ばれる施設で垢を落とし、若さを回復する。わずかな細胞暴走はあったが、恐れるほどではなかった。
ただ──脳が保持できる記憶の量には限りがあった。
いらない記憶は削除すればいい。そうして人は軽く生きられた。
捨てられた記憶は、わたしたちインテグレータの糧となった。
木造の壁が湿気を含み、低く軋む。
その音が、忘れられた記憶の重さを告げているようだった。