軟弱すぎるもアリシアは、ただでは起き上がらない
ダウンしてから、数週間後、アリシアは、ようやく、ベッドから脱出できた。
自業自得とは言え、なかなか、辛い生活であった。
目覚めたアリシアが最初に見たのは、憔悴しきった両親と、泣き腫らしたグレタの顔であった。
アリシアは、自分が思っていたよりも、大事になってしまったことに、反省した。
『MPが減っただけで、何日も寝込むなんて、いろいろと、想定外だったわ。それにしても、わたくしが心配をかけたせいで、お父様もお母様も、今にも倒れそうじゃない。本当に申し訳ないわ』
アリシアは、起き上がり、両親に頭を下げた。
「お父様、お母様、心配をおかけしてしまい、ごめんなさい。もう、元気になったから、ご安ください。」
アリシアは、ひたすら殊勝な態度で、両親に謝った。
しかし、公爵は、憔悴しきった顔で、アリシアの頭をなで、「アリシア、お前が元気になったかは、お医者様に見てもらってから、判断しよう。お医者様がくるまでベッドにいるんだよ。」と言った。
アリシアは、非常に不本意であったが、心配そうな両親の手前、何も言わず黙って、前回もみてもらった老医師の診断をきいた。
「お嬢様は、元々、心が安定しない質でございましたからな。意識を失くされる前日には、邸中に響き渡るほどの悲鳴をあげなさったとか。確かに、旦那様と奥様が一緒に過ごされる時間が増えたおかげで、お嬢様の病は改善なさっておいでだが、無理はいかん。病は一朝一夕には、治らんものじゃ。とくに、心の病は、治ったように見えても、こうして、顔を出すのじゃから。」
『それは、一理あるかもしれない。』アリシはそう思った。
気を失った原因の一つとして、魔力の使い過ぎもあげられるかもしれないが、実は、アリシアが流れるプールのように循環させてみた魔力は、体の中に、大部分が残ったままだっのだ。
『まさかの、MPの減少ではなく、慣れない事をやってみて体がショックを起こしたみたいなヤツだったのね。』普段慣れない運動をして筋肉痛になったようなものだろうか・・・
精神ミジンコな、残念過ぎる自分の心に、アリシアは、白目をむきそうになった。
そう、アリシアが、京子さんを思い出す前。旧アリシアは、知らない人が全て不審者に見える極度の対人恐怖症と、セルフ迷子の心細さから、初対面の使用人と鉢合わせした程度でパニックに陥り、邸の中で引き付けと呼吸困難をおこす、取り扱い注意な娘だった。
京子さんの事を思い出し、セルフ迷子から解放され、使用人の名前と顔を覚えた今、イヤ、今のアリシアなら、良く知らない使用人がいたって、多少まごつくかもしれないが、普通に生活ができるはずだと、アリシアはそう思っていた。
でも、実際は、心の急激な変化からいけると思った行動に、体がついていってないと言うことだ。
旧アリシアの状態は、言うなれば、自分を京子さんであると思っている心と、自分はアリシアであると思っている心が同時にアリシアの中に存在していると言う状態だった。
イメージとしては、乖離性人格障害の人が持つ、二つの人格が、人格同士が認識しあっていないにも関わらず、同時に目覚めて体を使おうとしている状態に近いだろう。
それが、京子さんの事を思い出し、認識した事で、別々に存在していた心が勝手に統合されたのだ。
心が統合したため、アリシアは、慢性的に感じていた不安や心細さ、疎外感、そう言った負の感情から解放され、何の根拠もなく、何に対しても《何か行ける気がする》と勝手に思っていたのだ。
しかしだ。アリシアの精神状態が変わったと言っても、元々アリシアはストレスには弱いパニック体質だ。
体質が、気持ちだけで、いきなり解決するワケではないのだ。
『わたくし、どうやら、やり過ぎてしまったのね。』
これまでのアリシアは、お世話係のグレタとすら会話が成立することがなかったのに、最近は、ぽつり、ぽつりと、会話らしい、会話をしていた。
それに、以前は、息をする事に必死で、喜怒哀楽を感じて、表現することもなかった。それが、最近では、以前は感じる事もなかった人間らしい気持ちを感じるようになったのだ。
内側なストレスが軽減したからと言って、外からのストレスを増やしても、耐えられるほどの体をアリシアは持ち合わせていなかったのだ。
「わたくし、お父様とお母様が一緒にいてくれるのが嬉しくて、慣れないことをし過ぎたようですわ。」
好好爺然とした笑顔で医師は頷いた。
「そうじゃろう。でも、さっきも言うたが、いきなり心の病は治らん。気長に付き合っていくんじゃ。」
そう、言いながら、アリシアの頭をなでた。
そうして、再び始まる、ナンキ・・・いや、引きこもり生活。
だけど、熱があるわけでもなく、お腹を壊しているわけでもなかったため、読書も、お絵かきも、両親からお許しが出た。
そして、この機会に、やってみたい事を、リストにすることにした。
まず、体力テスト。自分の運動神経がいかほどか、確認しなければ。
そして、どれほど自分に魔法のセンスがあるか、力試しをしたい。
それから、この世界の生活水準を知らねば。
アリシアは公爵令嬢だ。その生活水準は、満足のゆくものであるが、それはマンパワーによる所が大きい。つまり、平民の生活たるや、である。
『もっと、科学が発展すれば、皆が楽になるはずなのに。とは言え、わたくしの知識では、水を組み上げるモーターは作れないわ』
イヤ、魔道具で、どうにかなるかもしれない。でも、魔道具を使うためには魔石が必要なのだ。
半永久的に、安価に大量の魔石を確保することが、大事になってくる。
何か、良い方法を思い付かなければ、結局、無意味なのだ。
さらに、アリシアは、両親に心配をかけたと反省したことも、記憶から消去し、どさくさ紛れ、体に魔力を循環させていた。
毎晩、瞑想しながら、体に魔力を循環させた。
お腹と胸の境目に見つけた魔力の塊を、アリシアは、連日連夜の瞑想で、粘土から、器に入った液体に見立てることに成功した。
せっかくなので、アリシアは、魔力の入った器をどんどん大きくしていき、元はビールジョッキくらいの大きさから、今では、バケツくらいの大きさまでになった。
やはり、急な生活の変化にアリシアの体がついていかなかったと言う、老医師の診断が正しかったようだ。
毎晩、魔力を循環させようとしても、あれから、アリシアは一度も気を失うことはなかった。
『後は、わたくしのイメージ通り、魔力が増えていることを願うばかりですわ。』
アリシは、ワクワクした気持ちで、眠りについた。
そうなのだ。ようやく、老医師からの許可がでて、アリシアは、今日で、引きこもり生活とおさらばできることになったのだ。
アリシアが意識を失ってから、数週間ぶりのことであった。