アリシア、現実の厳しさを知る
本編スタートです。
「キャーーーー」
アリシアは、自分の描いた絵を見て、奇声をあげた。
『なんじゃこりゃー!?』
声に出せない言葉を噛み殺し、アリシアは、奇声をあげ続けた。
「お、お嬢様、どうされたのですか。」
これまで、あげたことない悲鳴をあげるアリシアに、何事かとグレタが、部屋へ飛び込んできた。
そこには、自分で描いた絵を前に、ベソをかきながら、叫び続けるアリシアの姿があった。
部屋に異常がないことを確かめたグレタは、何事もなかったように、落ち着いてアリシアに訊いた
「お嬢様、何事でしょうか。」
「グレタ、わたくしは、今、現実の厳しさに打ちひしがれているの。」
アリシアは、手にした絵をグレタに渡した。
グレタは、渡された絵を見たが、どこに問題があるか分からなかった。
絵を習ったことのない、5歳の子供が描いたにしては、良く描けた絵だった。
「もっと上手に描けると思ったのに、こんなに下手くそだなんて。」
アリシアは、悔しそうに手を握りしめた。
ベッドの住人だったころアリシは、床上げをして最初にする事を決めていた。
それは、京子さんと、旦那さんのお葬式だ。
二人の体は、もちろんない。
そのため、アリシアが描いた絵を燃やして、二人の冥福を祈ろうと思ったのだ。
そうして、描き始めてみて、アリシアは驚いた。
アリシアが描いた絵はとても、下手くそだったのだ・・・
『妹さんほどとは言わないけど、京子さんだって、絵はそれなりに上手でしたのに。』
京子さんの妹さんは、本当に絵が上手で、市や県の絵画コンクールにも、しばしば入賞する腕前だった。
とは言え、本人はあまり芸術に関心がなく、淡々と授業で出された課題をこなしていただけであったのだが。
そんな妹さんに比べたら、京子さんの腕前は劣るが、それでも、世間一般に比べれば上手な絵を描いていた。
それがで、ある。アリシアが描いた絵では、誰を描いたか、絶対に判別できないような代物が出来上がったのだ。
『神様は、なんて残酷なのでしょう。妹さんほどの豊かな才能は無理だったとしても、せめて、京子さんの才能はそのまま転生特典として付けてほしかったですわ。』
描けども、描けども、描いた絵に満足できず、アリシアは、スケッチブックと鉛筆をテーブルの脇によけて置いた。
そして、傍らから一冊の本を取り出し、本を読むことにした。
昨日、ファンタジーな歴史書は読み終えたので、アリシアは次に「初級魔法」と言うタイトルの本を読むことにした。
アリシアの魔法デビューも近い。
ワクワクした気持ちで、アリシアは、本を開いた。
どうやら、魔法は、魔力を糧に、イメージを具現化するらしい。
『イメージを具現化してくれるなんて、魔法とは、なんて素敵なのかしら♥️』
アリシアは、胸の高鳴りを覚えた。
これは、また色々とやることが増えたと、アリシアは、心のやることリストに予定を書き留めた。
夕方までかかり、アリシアは本を読み終えた。
本によると、誰でも、魔力は持っているらしい。
アリシアが住む世界は、属性魔法と言われる魔法はない。だから、イメージ次第で、誰でも、どんな魔法でも使えるらしい。
ただ、誰でも、得意、不得意がある。強いて言うなら、得意な魔法を属性魔法と言うのかもしれない。
そして、魔法を使うには、全身に「魔素神経」と言うものを巡らせる必要がある。
魔素神経とは、体内で魔力が通る道なのだそうだ。
ここまで、順調に本を読み進めたものの、魔素神経の巡らせ方は、アリシアを盛大に悩ませた。
なにやら、魔素神経を巡らせるためには、まず、体内にある魔力を見つけるところからスタートするのだそうだ。
魔力を見つけたら、次は、その魔力を体中に循環させていく。
魔力を循環させることで、魔素神経が定着していくのだとか。
また、魔力を使う事で、魔素神経を鍛えることができ、さらに、魔力量も増えるとか何とか・・・
『使えば使った分だけ、鍛えたら鍛えた分だけ、魔力は増え、魔素神経は強くなるなんて、何と言うか、魔力って、筋肉みたいね。随分、脳筋な世界なのですわ・・・』
京子さんの記憶の中に、「筋肉は裏切らない」とか言いながら、筋トレエクササイズをする誰かが見えた気がした。
本を読み終えたアリシアは、本を片手にう~ん、体をのばしながら椅子から立ち上がった。
そして、本をテーブルに置き、「案ずるより産むが易し。実践あるのみですわ。」と、小さく呟いた。
食事と入浴後、アリシアは、ベッドの上で瞑想を始めた。
目を瞑り、鼻から息を吸い、口から吐く、丹田を意識して腹式呼吸を試みた。
体の中の魔力を探すために。
しかし、瞑想を始めて暫くして、アリシアは、大変な事に気づいてしまった。
始めてみたは良いものの、アリシアは、魔力がどんな物なのか、知らないのだ。
京子さんが観たことある、ファンタジー物語を思い返してみても、魔法使い達は既に魔法が使えていた。
魔素神経を、体中に巡らせる修行をしていた魔法使いは何処にもいなかった。
「うムムムムム」
アリシアは、ベッドの中で拳を握りしめながら、唸り声をあげた。
この悲しい結末に、悔しさを紛らわせるため、アリシアは、しばらく、ベッドの上をゴロゴロと転がり続けた。
そして、突然、転がるのをやめたアリシアは、自分に言い聞かせるように、「産むが易しですわ。」と言った。
とは、言え、何を、どう見つければ良いかも分からないのに、0から、体の中の魔力を探すのはやめることにした。
だったら、と、魔力は、探せないなら、先に道を作ってみてはどうか?そう思い付いたアリシアは、リンパの流れに沿って、体の中に、魔力を流す道を作るイメージをしてみた。
くる日もくる日も、アリシアは、通る魔力もない道を、体の中に作り続けた。
1週間たち、2週間たち、そろそろ、一月が終わる頃、アリシアは、とうとう、魔力を見つけた。
体中に巡らされた道は、 ねじ曲がり、折り重なっていたが、今日も、アリシアは、新しい道を開通させた。
これが現実ならば、至るところで交通渋滞や事故が起こっていただろう。
呼吸にあわせ、魔素神経になるはずの道を通していると、初めて障害物にぶつかったような、手応えを感じたのだ。
『この感触は、粘土だわ。』
魔力を流すために作ったはずの魔素神経は、魔力の塊を貫通した。
しかも、魔力は、魔素神経を流れることなく、詰まってしまった。
粘土にストローを突っ込んだ後のように、魔素神経に詰まって流れない魔力を、アリシアはどうすべきか、考えた。
そもそも、粘土のままでは、魔力は流れない。
『そうよ。液体じゃなければ、流れる物も流れないわ』
アリシアは、魔素神経を巡らせる作業を一度、中止した。
魔力を粘土から液体に変えて、体中に巡らせるイメージをした。
しかし、それから何日経っても、アリシアが生まれてからずっと粘土だったものが、いきなり液体に変わることはなかった。
ならばと、再び手を変え、アリシアは、魔素神経の中に魔力を詰め込んでみる事にした。
イメージは、ソーセージだ。
ハーブやスパイスの効いた豚のひき肉を腸に詰めるように、アリシアは、魔素神経を腸に見たて、魔力をどんどん押し込んでいった。
魔力が詰まった魔素神経を、体中に巡らせて、とめてあった魔素神経の端っこを、魔力につないで、とうとう完成した。
念願叶って、魔素神経が体を巡ったのだからと、アリシアは、魔力を循環させようとしてみた。
結論から言えば、循環しないことも、なかった。
ただ、水が流れるように、滑らかには流れない。
今度は、魔素神経を流れるプールに見立てて、無理矢理、魔力を流してみた。
それには、魔力を大量に消費したのか、アリシアは、そのまま気を失った。
もちろん、翌朝、アリシアを起こすためにやって来たグレタが、ぐったりして目覚めないを見つけて、大騒ぎをしたため、再び、アリシアがベッド生活に逆戻りしたことは、言うまでもない。