この勝負の行方は?
アリシアの部屋の稲光には、京子さんも気づいていた。
そして、いきなりアリシアが意識を手放したのだ。
慌てて、京子さんが出ていき、今にも倒れそうなアリシアにかわり、アリシアの体が倒れないよう頑張って踏ん張ったのだ。
そして、宙を見上げた京子さんは、ヴィーニアと名乗る神様のせいで、アリシアが意識を失った事に気づいた。
出てきてしまったからには、アリシアのかわりをつとめねばならない、と京子さんは、腹を括った。
一先ず、メイド二人を追い出し、この女には、一言モノ申したい。
京子さんは、そのタイミングを虎視眈々と狙っていた。
そして、タイミングはやって来た。
挨拶したと見せかけて、京子さんが、一髪、ヴィーニアにガツンとお見舞いしたのだ。
そして、京子さんと、ヴィーニアが一触即発なにらみ合いを繰り広げている、今ココである。
ヴィーニアが、アリシアを見ていたのは、たまたまだった。
ヴィーニアは、美の女神だけあって、美容にまつわるモノに目がない。
しかし、どれだけ目を光らせようとも、ヴィーニアの情報網を掻い潜る美容グッズが存在するため、配下の花や鳥が、目新しい美容グッズを見つけては、ヴィーニアに報告しているのだ。
今回ヴィーニアの元に届いたのは、モンタギュー公爵邸で、顔や体に塗布すると肌が艶々になる水を作っている童がいると言う報告だった。
ヴィーニアが、興味本意に件の童を覗いてみれば、童は、真剣な表情で、濁った水をかき混ぜていた。
そして、煮沸した瓶に濁った水をつめては、メイドらしき女子衆に配っている。
ならばと、ヴィーニアは、童から水を配られた女子衆も覗いて驚いた。
人間の目では確認できないが、たった数日でも、ヴィーニアの目でみると、その水を塗った女子衆のはだ艶が確かに良くなっていたのだ。
それからと言うもの、ヴィーニアは、童の動向に目を光らせていた。
この童、水の目処がつくと、今度は、水を入れる陶器の入れ物を、職人につくらせ始めた。
水を掻き回している間は、穏やかに見えた童は、実はなかなかに、苛烈な子供である事が分かった。
入れ物が気に入らないと、陶器の職人を魔法で威圧していたのだ。
もちろん、京子さんとにらみあっている今のヴィーニアなら分かる。童が苛烈なのは、体の中に住む、何者かの影響であったと。
しかし、ちょっと前のヴィーニアは、そのような事で一喜一憂するなど、人間とは不思議なものだと思っていた。
実際のところ、ヴィーニアには、陶器に描かれた絵が、タヌキでも犬でも、大差ないように思えたからだ。
紆余曲折を経て出来上がった器を見て、童は描かれた犬の絵を嬉しそうにひと撫でした。
それから、ヴィーニアに見られているとも知らず、例の水を出来上がった器にいれて、完成品を満足そうに眺めていた。
その時まで、黙って覗いていたヴィーニアは、童が眺めている可愛らしい陶器に入った水は、自分にこそ相応しいと言う突然の衝動に我慢できず、姿を現したのだ。
京子さんは、ヴィーニアを睨み付けた。
「幼気な幼児を覗き見するとは、お世辞にも高尚な趣味とは言えないわね。神様ともあろうお方が、恥をしりなさい。」
「何を言う。妾は、そのような悪趣味な事はしておらぬ。」
いけしゃあしゃあと嘘をつくヴィーニアに、京子さんは苦笑いを浮かべた。
「イヤイヤ、タイミングが良すぎだし。覗いてるの、バレバレですから。」
そう、言いながら京子さんは、化粧水を入れた陶器を見てからハッとした。それから、京子さんは、化粧水の入った陶器に手を伸ばした。
「あなた、コレが欲しいのよね?」
「妾に差し出す気になったか?」
ヴィーニアは、京子さんの前に手を差し出した。
「あなたが、何を差し出すかによるわね。」
ニヤリとした表情を浮かべた京子さんが言った。
「先程より、妾の加護をやると、言うておるではないか。」
京子さんが、顔の前で人差し指を振りながら、舌を鳴らした。
「チッ、チッ、チッ。悪いけど、私もアリシアちゃんも、あなたのお仲間のロクデナシから加護を貰ってるの。今さら、別の神様の加護なんてあってもね。」
京子さんは、ヴィーニアを煽るように言った。
その瞬間、部屋の空気が重くなった。
ヴィーニアの低い声が部屋に響いた。
「お前は、神を侮るつもりか。」
京子さんは、フフフと、笑った。
「あなたの同業者はロクデナシだけど、きっちり仕事してくれたようね。悪いけど、私に脅しはきかないわ。」
アリシアの体には、アリシアと京子さん二人分のマークリアの加護と、更に、守りもついている。
アリシアはドラゴン退治に行く予定はないが、エンシェントドラゴンのブレスをあびても、マークリアの加護と守りで、多少の怪我はともかく、命にかかわるような大怪我はしないのだ。
そんな京子さんにとって、ヴィーニアの、威圧など、恐れるぬに足らずだ。
京子さんを睨み付けていたヴィーニアは、ため息をついた。
「それで、お前は何が欲しいのだ?」
「そうこなくっちゃ。まず、アリシアちゃんが炭酸水を飲みたがってるの。」
「炭酸水とは何じゃ?」
「飲むとシュワシュワして刺激が走る水よ」
京子さんの回答に、ヴィーニアは、炭酸水が何を指すのか分かった。
エリクサーの原料だ。
「して、その炭酸水がどうした?」
「アリシアちゃんは、魔法が解禁になったら、自分で作るつもりみたいなんだけど、魔力多可なアリシアちゃんが作ったら、とんでもない強炭酸になると思うのよ。だけど、私、強炭酸より微炭酸が好きでね、だから、炭酸水は炭酸水でも、優しい微炭酸水な水がわき出る水差しが欲しいわ。それから・・・」
自分の欲しいとモノをさらっと要求したうえ、水差しの他にも神からのモノをせしめようとする京子さんに、ヴィーニアは驚いた。
「まだ、あるのか!?」
京子さんは頷いた。
「ええ、そうよ、まだあるの。えっと、それから、丈夫な布が縫える蜘蛛がいると助かるわね。」
「蜘蛛?」
「そうよ。熱気球をつくるために丈夫な布が必要なのよ。これは、ロクデナシに借りをつくれるから、あなたにも悪い話ではないわ。」
「神を相手に、随分と欲をはるものだ。」
ヴィーニアは、呆れて言った。
「そのかわり、アリシアちゃんが、これから作る新作コスメの第一号は、あなたに捧げるわ。」
京子さんの条件に、ヴィーニアは、いくぶん乗り気になった。
「しかし、この童は、それを是とするのかや?」
「アリシアちゃんは、最初からコレをあなたにあげるつもりだったわ。こんな取引なしにね。」
ヴィーニアは、再び、京子さんを睨んだ。
「なれば、何ゆえこのような事をする?」
京子さんは、悲しそうに笑った。
「私ね、アリシアちゃんは、お人好し過ぎると思うのよ。私だったら、アポ無しでやってきた輩は叩き出して、塩をまくわ。例え、相手が神様でもね。」
京子さんは、イタズラが成功した子供のような顔をして笑った。
「なのに、アリシアちゃんは、無礼者なうえ、アリシアちゃんを消そうとしたマークリアにも、無条件にお茶を出して、もてなそうとしたわ。
自分が消えかけたのによ!この子は、こんなお人好しで、こんな繊細で、この先生きていけるのか、私、心配になるの。そりゃ、私はこの子の一部だから、いつでもサポートするつもりよ。でも、もしもの時、私一人では心許ない。だけど、アリシアちゃんが、いえ、この家に、神様からの貰い物があったらどう?皆、こう思うでしょ?『アリシア=フォン=ギュンターは、加護を授かるだけでなく、神様からいただき物を賜るほど、神々に気に入られている。だから、彼女に下手に関われば、神の逆鱗にふれるかもしれない』って。」
京子さんは、そう言うと、アリシアを映している鏡に視線を向けた。
「頑張って生きているこの子が、少しでも生きやすくなるなら、私にできる事は何でもしてあげたいの。」
「まるで親じゃな。」
ヴィーニアが面白そうに京子さんに言った。
「って言うか、孫よ。」
京子さんは、大切なものを見るように、鏡に映るアリシアを見た。
「孫を思う祖母に免じて、お前の望みをきいてやる。そのかわり、コレと同じモノを後2つ用意せい。」
「いくつでも、用意するわよ。アリシアちゃんはお人好しだもの。それにきっと、欲しいと言えば、お茶に準備したお菓子や軽食も持ち帰り用に何人分でも用意するわ。この家の使用人達はね。」
京子さんは、大きなため息をついて、つづけた。
「本当、嫌になるわ。揃いも揃って、みんなお人好しなんだもん。」
こうして、アリシアが寝ている間に、化粧水3つと、軽食とお菓子と、ヴィーニアの加護、炭酸水、いや、微炭酸に調整したエリクサーの原料がわき出る水差し、神様のペットである蜘蛛の交換が決まった。
蓋をあけてみたら、この勝負は、京子さんの圧勝だった。
京子さんは、カールより、よっぽど交渉ごとに長けているようだ。
しかし、アリシアがその事実を知るのは、もう少し先になるのだが。




