アリシア、商会設立を目指す
アリシアは、本日の授業が終わってから、プレゼン資料を持って、セバスチャンに会いに行った。
グレタと手を繋ぎ、片手にノートをたずさえ、リタを引き連れたアリシアを、セバスチャンは快く迎え入れた。
「お嬢様、今日は、どう言ったご用でしょうか?」
セバスチャンは、お茶をだしなごらアリシアにきいた。
アリシアは、持っていたノートを開いて、セバスチャンに見せた。
「実は、商会を設立したいのです。」
セバスチャンは、アリシアの言葉に、ノートに目を落としたまま、固まった。
数秒のち、アリシアとノートを交互に見て、再びノートに視線を戻した。
少し前まで、小動物のようにいつもビクビクして、顔色の悪かったアリシアは、ワガママも言わず、ただ息だけしてギュンター公爵邸に生息していた。
それが、いつの頃か、使用人の家族と友達になり、人並みに、ワガママを言うようになった。
ただ、ワガママの内容が普通の令嬢とはちょっと変わっていた。
友達と一緒に勉強をしたいとか、スパイスが欲しいとか。
突然やって来たと思ったら、今度は商会を作りたいと言う。
セバスチャンは、どうにか反対したかったが、アリシアが持ってきた事業計画書は、良くできていた。
モンタギュー公爵のためならば、商会を一つ作ることなど、セバスチャンには造作ないことであった。
しかし、商会を作りたいのはアリシアだ。
いくら、事業計画がうまくできているからと言っても、セバスチャンの一存ではどうにもできない。
眉間に手をあてて、しばらく黙り込んでいたが、セバスチャンは口を開いた。
「お嬢様、この計画書をお借りできますでしょうか?」
アリシアは、不安そうに顔を歪めた。
「わたくしの作成した計画書に何か、問題がありましたでしょうか?」
アリシアを安心させるように、セバスチャンは、微笑んだ。
「事業計画書は、良くできております。しかし、私の一存では、判断できません。旦那様に相談いたしませんと。」
そう、セバスチャンは、言った。
アリシアは、焦った。父に相談されては、このまま商会の立ち上げが頓挫するかもしれない。
ひとまず、商会では、美容サービスの提供と、使用するコスメの販売、そして、コスメの研究をするつもりであった。
コスメの研究は、アリシアが行っていくが、美容サービスの提供とコスメ販売は、人を雇って領内で女性の雇用を生み出したいと思っている。
人を雇うためには、5歳のアリシア個人では難しい。
いくら出資してもらえて、費用があったとしてもだ。
しかし、商会を立ち上げれば、アリシアが5歳と言えど、商会として人を育て、雇用を生み出す事が可能であるはずだ。
声を上ずらせながら、アリシアは、言った。
「こ、この商会は、わたくしが個人的にやりたい事を実現するために設立いたしますの。ギュンター公爵家の資産やアリシア=フォン=ギュンターの資産とは別にしたいのですわ。だから、その、お父様には、決してご迷惑にならないようにいたします。」
つまる所は、父に相談しないで欲しいと、アリシアは暗に言いたい。
もちろん、ギュンター公爵邸を取り仕切る老執事も、アリシアの言いたい事は分かっていた。
しかし、アリシアの願いは、聞き入れられなかった。
「ええ、それは十分に分かっております。事業計画をみたら、それは一目瞭然ですから。しかし、お嬢様、お嬢様は、まだ、1人で生きていける年齢には達しておりません。今は、商会の設立すらお1人では難しい年齢でございます。何かあった時に、責任を負うのはギュンター公爵である旦那様です。なれば、当然、旦那様に報告して、許可を頂くことが筋でございましょう。」
セバスチャンの言う事が正論過ぎて、アリシアは、ぐうの音も出なかった。
世界の終わりがきたのかと思うような、絶望的な表情のアリシアに、セバスチャンは優しく言った。
「お嬢様、心配されなくても、旦那様も私も、お嬢様の願いを叶えたいと思っております。そんなに、思い詰めた顔をなさらず、心を楽になさって、お待ちください。」
アリシアは、シンボリして部屋に戻った。
そばに控えるグレタとリタは、何と声をかけるべきか分からず、口を閉ざした。
セバスチャンに言われた事を思い出し、1人で何もできない自分に、アリシアは、ウンザリして、情けなくて、悔しくて、とうとう、目から涙が溢れた。
アリシアが泣き出すと、いつも抱き締めて慰めてくれるグレタも、今回ばかりは、どう慰めて良いか分からなかった。
《商会の設立》は、子供の遊びの延長でできる事ではない。
商会を設立した後、人を雇用するなら、雇用する責任がある。
雇用する限り、仕事と、それに見合う給料を支払わなければならない。
今、下手にアリシアを慰めて、後でカールから商会設立を却下されれば、アリシアは、さらに傷つくだろう。
しくしくと、静になき続けるアリシアを、二人も慰めたいとは思うが、後からさらにアリシアが傷つく事はさけたい。
グレタとリタは、そのまま何もできず、アリシアが泣きつかれて眠るまで、そっと見守り続けた。
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アリシアが、泣きつかれて眠りだした頃、セバスチャンは、アリシアのノートを手に、カールの執務室を訪れていた。
カールは、納税の報告書に目を通している所であったが、手をとめて、セバスチャンの方を向いた。
「お嬢様から、ある相談がございましたので、旦那様の決裁を頂きにまいりました。」
カールは不思議に思った。この邸内での事であれば、セバスチャンで判断できない事案は存在しない。
それが、たとえ、愛娘の事であってもだ。
つまり、裏を返せば、今ままで、セバスチャンに任せっぱなしだったため、アリシアと両親の間に深い溝ができたのだが・・・
「また、神様が当家で茶でも飲んでいるのか?」
カールは、セバスチャンに聞いた。
「いえ。此度は、まだ神様のお越しはございません。しかし、お嬢様が、商会を設立すれば、もしかしたら、マークリア様ではなく、商売の神様がいらっしゃるかもしれません
。」
「アリシアが、何を欲しがっていると?」
カールは、予想外のセバスチャンの報告に、もう一度聞き直した。
「お嬢様は、女性に美を提供するために、商会を立ち上げたいそうです。」
セバスチャンは、カールに、アリシアから渡されたノートを見せた。
ノートを見せられたカールは、しばらく考えてから、口を開いた。
「セバスチャンはどう思う?アリシアは、出資を頼む商人達にすべて、手の内をあかしてしまうと思うか?」
「どうでしょうか?お嬢様は、ある程度の資金と、ノウハウを得た段階で、商人達に出資金をお返しして、商会を100%お嬢様の所有にしようと思っているようでございます。技術や知識を独占せずとも、利益を得られる勝算がお嬢様にあるのかもしれませんし、幼い故に、そこまでお考えが及んでいないのかもしれません。」
フンと、アリシアがするように、カールも鼻をならした。
「失敗することも、あの子には必要な経験だ。あの子の希望を叶えてあげなさい。」
「承知いたしました。万全を期して、事に当たります。」
セバスチャンは、カールに一礼して、退室した。
こうして、アリシアが眠っている間に、Aile du rêveの設立が決まった。
アリシアが、その決定を聞いたのは、翌朝の朝食の席で、父からであった。




