限りない食欲のはてに
本日の授業はない。アリシアの都合により休講にしたのだ。
でも、ジョナサンとフィルはいつも通りにやって来た。
授業はないのに、3人で何をするかと言えば、中韓帝国の商人と会うのだ。
今度こそ、ケチャップのかかったオムライスにありつけるかもと思うと、アリシアは、今にもヨダレを垂らしそうだった。
それに、米とお醤油とお味噌があれば、お料理のレパートリーがグーンと増える。
お醤油風味の唐揚げとか食べたい。
後、チキン南蛮も外せない。
餃子とか、春巻きとか、小籠包とかも、良いのでは?
それから、豚汁とか、半熟玉子をお味噌につけた味噌漬けとか。
今にもヨダレが垂れそうなゆるんだ口元のまま、アリシアは、今日も飽くなき食への欲望を胸に突き進む。
「そんなに食べたらおデブになるから」と言う京子さんの声が聞こえた気もするが、知ったこっちゃない。
アリシアにとって、美味しいは正義なのだ。
商人のオジサンとの面談に、フィルとジョナサンがくっついて来たのは、二人の好奇心からだ。
アリシアが外国人商人からスパイスを買った話を聞いてから、二人も、インヒーブン人のアティクシュに会いたがった。
二人の熱い熱意に、アリシアも、ジョナサンとフィルの世界が広がればと、2回目からは同席させている。
最初、公爵邸の応接室のソファに、令嬢以外の子供が座っていて、アティクシュも驚いた。
しかし、知的好奇心が旺盛な令嬢の遊び相手だけあり、2人とも子供とは思えないほど、熱心にアティクシュの話を聞いた。
「オフタリは、オトナにナッタラ、ガイコクニイキタイデスカ?」
アティクシュに聞かれた二人は考え込んだ。先に答えたのはフィルだった。
「外国には、行ってみてーな、オレ。」
「そうだね。何になりたいとか職業は、全然思い付かないけど、グランディス帝国じゃない国には行ってみたいな。」
「外国に観光旅行へ行きたいと言うことですの?」
アリシアは、2人に聞いた。
「カンコーって何だ?」
フィルが聞いた。
「その国の名物料理を食べたり、その国の有名な建造物を見たり、旅行に行った国を見て回ることですわ。」
「うん、オレは、カンコー旅行に行きたいな。」
「僕は、観光もしたいけど、その国の書物や学問が気になるな。」
「ジョンは、留学希望ですのね。」
「オジョウサマは、ガイクコクにイキタイデスカ?」
アティクシュは、アリシアにも聞いた。
「そうですわね。わたくしが外国へ行くとすれば、視察でしょうか?」
「シサツって何だ?」
「先ほどの観光の話に戻しますが、このモンタギュー領には今のところ、目立った観光場所がないと思いますの。」
「確かに。この領には、コレが名物って言うものは、何もないかも。」
アリシアは、ジョナサンに頷いた。
「そうなのです。だから、外国へ行き、今後、この領の目玉をつくるための参考にしたり、今後の領政の手本にできる制度を勉強するのですわ。」
「オジョウサマは、オサナイデスガ、イロイロとカンガエテイルンデスネ。」
アティクシュは、驚いたが、さらに、アリシアは、さらにアティクシュを驚かせた。
「実は、アティクシュさんに、意見を伺いたいのです。」
グレタと、リタは、アリシアが、アティクシュから買ったスパイスで作った料理やお菓子、飲み物を並べた。
「コレらは、わたくしが開発中の食べ物と飲み物です。召し上がった感想をお伺いしたいのです。」
グランディス帝国にありそうなお菓子なのに、スパイスを隠し味に使ったクッキーやケーキ。
平民が片手で気軽に食べられそうな料理。
そして、水で割って飲むスパイスのきいた甘いシロップ。
どれも、アティクシュには馴染みのない料理で目新しかった。
「ドレモ、オイシイデス。ソシテ、メズラシイとオモイマス。ワタシは、コノシロップ、キニイリマシタ。」
「では、お土産に準備するよう、料理長に伝えます。」
グレタは、そう言って出ていった。
「わたくしが、ご用意したこのお料理、もう一度、お金を出してでも食べたいと思われますか?」
アリシアは、真剣な目を、アティクシュに向けた。
「コノリョウリをダスミセが、アレバ、ワタシはカヨイマスね。」
アリシアは、アティクシュの返事にホッと息をはいた。
アティクシュは、アリシアを見てながら、言った。
「オジョウサマは、ショウバイをハジメルンデスカ?」
「わたくし、この領の目玉になる、変わったお料理をだす食堂をだしたいのです。スパイスを使ったお料理ならば珍しいと思いましたの。でも、スパイスは、お高いので、しばらくは優しいお値段のお料理を、その食堂で提供したいと思っておりますわ。」
「ソレハ、タノシミデス。カイテンスルトキニハ、ゼヒ、ウカガイます。」
「もちろん、ご招待いたしますわ。」
「カイテンイワイにスパイスは、プレゼントシマスよ。」
「それは、いけませんわ。きちんとお金をお支払できるようになってから、購入いたします。スパイスは高級品ですのよ。それを、ただでいただいては、ギュンター公爵家の令嬢は、平民に材料費も納めないと、うわさが出てしまった時に収集がつかなくなりますわ。お気持ちだけ、ありがたく頂戴いたしますわ。」
アティクシュは、気まずそうに言った。
「ショウニンにアルマジキコウイデシタ。」
「良いのです。こちらこそ、折角の申し出、お断りして、申し訳ありませんでした。わたくしに、この身分がなければ、飛び付きましたのに、残念です。売上が安定しましたら、必ず購入いたします。約束いたします。」
アリシアは、そう言って笑い、手をだした。アティクシュはアリシアの小さな手を握り握手した。
アティクシュは、その次からギュンター公爵家へ顔を出す度に、ジョナサンやフィルにお土産を持ってくるようになった。
最近では、ジョナサン、アティクシュと個人的に文通を行うようになり、すでにインヒーブン語を習得しつつある。
ジョナサンがインヒーブン語を教えてくれたため、アリシアと、フィルも、インヒーブン語での簡単な会話に加え、アティクシュがお土産にくれた絵本ならば自力で読解できるまでになった。
調子にのったアリシアは、ジョナサンが、アティクシュからもらった冒険譚を読もうと試みた。しかし、辞書なしでは、最初の1行も読み解けず、早々に諦めることとなった。
そんな賢すぎるジョナサンには、さすがのアティクシュも舌を巻いていた。
「シンジラレナイ。ジョナサンは、クルタビニ、インヒーブン語、ジョウタツシテマス。ツギにキタトキニハ、キット、インヒーブン語、ペラペラデスね」
辞書もなく、アティクシュとインヒーブン語で会話するジョナサンに、アリシアとフィルも目を見張るばかりだ。
そんなジョナサンは、今回も、気合い十分で、街の図書館で中韓語の辞書を借りてやって来ていた。
一方のフィルは、普段あまり接する事のない外国人から、グランディス帝国とは違う生活様式とか、習慣について教えて貰うのが、好きならしい。
邪な食欲を抱くアリシアより、ジョナサンとフィルの方がよっぽど外国人商人との面談を楽しみにしていた。
3人の子供が待ち構える伏魔殿に、くだんの商人はやって来た。
今後、取引を続けるにあたいする人物なのか確認するため、先に、セバスチャンが応接室で、商人と顔合わせをしたが、すぐにアリシア達は応接室に呼ばれた。
グレタがノックして、声をかけた。
コンコン
「お嬢様が参りました。」
中から返事があることを確認中してから、グレタがドアを開け、アリシア達を部屋に入れた。
中韓帝国の商人達は、部屋に入ってきたアリシア達を見て、驚いて立ち尽くした。
アティクシュからは、確かに幼い令嬢が大豆を使った調味料を欲しがっていると聞いていた。しかし、もう少し年長の少女をイメージしていたのだ。
所が、二人の目の前に現れたのは、明らかに幼児である。
「本日は、お忙しい中、わたくしのためにお時間をさいてくださり、ありがとうございます。わたくしが、アリシア=フォン=ギュンターでございます。」
アリシアの挨拶に続き、ジョナサンが挨拶した。
「今日は、中韓帝国のおはなしを伺いたく、アリに同席いたします。アリの友人のジョナサン=ベリムと申します。よろしくお願いします。」
「オレも、オッチャン達の話が聞きたくて、同席します。フィル=フィンです。」
フィルが挨拶し終わった頃、商人の二人も慌てて挨拶した。
「ご丁寧なあいさつ、いたみいりますネ。ワタシは、チョウ=ユンピョいいます。チョウとお呼びクダサイ」
「ワタシは、ハン=ジョウランいいますネ。ハンとお呼びクダサイ。」
「チョウさんと、ハンさんね。よろしくお願いいたしますわ。どうぞ、おかけくださいませ。」
そう言うと、アリシアはソファに座った。
アリシアが座るのを見て、ジョナサンとフィルも続いた。
「アティクシュから、オジョー様のご所望のシナがある、聞いて、参りました。」
チョウがそう言うと、ハンが傍らの荷物から、色々と器に入った品を出し、並べ始めた。
「わたくしが、見ても良ろしいかしら?」
ハンは品を出しながら、答えた。
「どうぞ、ご覧くださいネ。」
アリシアは、一つずつ、蓋をあけながら、確認した。
商人が持ってきた味噌は、味噌と言うより豆板醤とか、コチュジャンに近そうだった。
でも、これは、これで、有りだ。
かなり辛めではあるが、お味噌汁や豚汁が作れない事はない。
お醤油も色がかなり濃い黒だったが、お醤油の香りがした。
アリシアは、一人、ウンウンと納得しながら、どんどん器の蓋を開けていく。
そして、アリシアは、とうとう、米を見つけた。
もち米とうるち米に見えた。
残念ながらミリンや日本酒はなかった。
しかし、ひとまず欲しいモノは全て揃った。
「ココにある商品で全てですの?」
「はい。次回からは、オジョー様が欲しい量を持ってきます。」
「次回はいつ、こられますの?」
アリシアは、聞いた。
「次は、3~4か月先になるネ」
チョウは頭の中で予定を確認してから言った。
「それでは、お米と、大豆だけ、次回持ってくる時は3倍、いや、5倍持って来てください。他は、今回と同じくらいの量をお願いしますわ。」
どう、考えても、米が少ない。20合くらしかない気がする。お米はキロで買いたい。
そして、大豆は栽培しても良いのでは?と、思っている。この大豆の量は食べるだけの量だ。
できれば、枝豆とか、モヤシとか、いろいろ食べたい。
ソレを思えば、大豆も少なすぎる。
「分かりました。米と大豆は5倍、用意するネ」
チョウが言った。
最後に、アリシアは、普通のお味噌がないかも確認した。
「あの、ご存知なら教えてほしいのですが、ピリ辛くないお味噌や、もっと薄い色のお醤油は手に入りませんか?」
ハンは、言った。
「ああ、海の向こうの蓬莱にあるネ。でも、なかなか、手にいれるのはムツカシイあるよ。」
チョウも言った。
「海は、魔物いるから、渡るのも、命がけあるネ」
フンと、アリシアは、鼻をならした。
蓬莱まで行けば、昆布や鰹節もあるかもしれない。
そろそろ、出汁の味が恋しい。
次なる目標は、蓬莱だ。
出汁についてかんがえていたら、茶碗蒸しが食べたくなった。
諦めが悪いアリシアの食欲は止まらない。
いや、オムライスは今回で達成できるのだから、ひとまず良しとしたい。
アリシアは、うるち米をグレタに持たせて、一度、中座することにした。
ケチャップをかけたオムライスまで、後少しだ。




