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自己との邂逅 3

3話目です。

『ここは、日本ではなく、グランティス帝国。私はわたくしだったのね。最初から、わたくしの帰るところなんて、なかったじゃない。わたくしは、二度と「あの人(京子さん)」には戻れないのだから。』

目覚めたアリシアは泣いていた。

恐ろしい夢をみたせいか、もう二度と戻れない故郷や家族への哀愁か、自分が間違いなくアリシア=フォン=ギュンターであったことへの安心感か、はたまた、物心ついてから、ずっとアリシアを苦しめ続けた違和感からの解放か・・・


アリシアが止まらぬ涙をながし続けていると、ノックとともにグレタが部屋に入ってきた。

ベッドに座り込んだまま、さめざめと泣き続けるアリシアを見て、グレタは慌ててアリシアの元までやってきて、小さな主を抱き締めた。

「お嬢様、恐い夢を見たんですね。ここは、安全です。だから、安心してください。」

そう言うと、グレタはアリシアの背を優しく、なで続けた。

泣き疲れたアリシアは、そのまま眠ってしまい、結局、アリシアが起きたのは、翌朝だった。


20時間以上眠ったアリシアは、体の痛みで目がさめた。

ぼーっとする頭で鏡の前に立ち、頭の先から足の先まで、全身をチェックした。

サラサラの髪はプラチナブロンドで、瞳は、左右で色が違うオッドアイ。

左がサファイアのようなブルー、右がエメラルドのようなグリーン。

アリシアは、どちらかと言うと公爵と似ていたが、目と口元は公爵夫人と似ていた。

両親そろって、美男美女の公爵夫妻の娘なのだから、当然、アリシアは、美しい娘だった。

『それは、そうですわね。わたくしは、日本に住んでいた「京子様(あの人)」と、似たところがないのだから。面影を探したって、そんなの、見つかるはずがないですわ。

驚くべきは、旦那様と似た雰囲気のトムおじいさんですわ。』

そう思い、ため息をついて、鏡を見つめた。


ちなみに、日本で生活していた京子さんは、平均的日本人とは異なり、スタイルも良く、綺麗な人だった。

若い頃には、遊びに行った東京で、何度もモデルや女優のスカウトをされ、芸能事務所やモデル事務所の名刺が束になっていた。

でも、京子さんがモデルや女優としてデビューすることはなかった。なぜなら、京子さんは、どこまでも自分に自信が持てなかったのだ。

それは、京子さんの生まれた環境にあった。

4人姉弟の次女として、生を受けた。お姉さんが、一人、妹と弟が一人ずついた。

お姉さんは、京子さんほど華やかな外見ではなかったが、真面目で、気立ても良く、常に努力を怠らず、黙って両親の手伝いもし、父親の未婚の兄妹達とも仲良くし、スポーツも万能で、勉強も良くできた。

お姉さんは、運動も勉強もできて、性格も良く、人並み以上の容姿だったため、学校どころか、近隣中の男子生徒達のマドンナだった。

お姉さんのファンの男子学生達から毎日引っ切り無しに黒電話がなり続けるため、京子さんと妹さんがブチキレて回線を抜いたのは、言うまでもない。

でも、その結果、両親や一緒に住んでいた叔父や叔母に叱られたのは、京子さんと妹さんだった。

そうした毎日は、京子さんに劣等感を与えるには、十分だった。

気になる男の子から、お姉さんの事をきかれた瞬間(とき)の情けなさは、言葉では言い表せなかった。


もちろん、京子さんも努力すればお姉さんと同じように運動も勉強もできるようになったかもしれない。

しかし、結局、京子さんは

そうはしなかった。

それには、妹さんの存在大きかった。妹さんは、外見だけで言うなら、京子さんはおろか、お姉さんにも劣っていたが、何でもできる天才だった。

お姉さんは、何でも真面目に努力をする地道なタイプだったが、妹さんは何の努力もしないのに、スポーツも勉強も、お姉さんほどの成果を出した。

両親も、叔父さんも叔母さんも、皆、しっかり者のお姉さんを頼りにしていたが、次に頼りにされていたのは、次女の京子さんではなく、何でもでき、面倒見が良く、正義感が強い妹さんだった。

その事実は、京子さんをどこまでも惨めにした。

とは言え、妹さんは妹さんで、長女のお姉さんと、末っ子長男の弟へのコンプレックスを拗らせ、結局、あふれる才能を腐らせてしまったのだが・・・

そう言う理由(わけ)で、京子さんは、結婚するまで、どちらへ向いても劣等感を感じる窮屈で苦しい生活を続けていたのだ。


結婚後、京子さんは、息苦しさを感じることなく、自由に呼吸していることに気付いた。

一番の身近な姉妹達と比べられない生活は、京子さんに心の安寧をもたらしたのだ。

それまで気付かないフリをしていたが、出来の良い姉と妹の存在は、京子さんを、呼吸一つ楽にできないほど追い詰めていたことを、初めて知った。

それから、京子さんは、亡くなる瞬間(その時)まで、平凡だけど幸せにいきていた。


京子さんに思いを馳せながら、アリシアが鏡の前で百面相をしていると、グレタがアリシアの様子を見にきた。

「お嬢様、お加減は、いかが・・・」

途中まで言いかけたグレタは、アリシアがベッドにいないことに気付き、あたりを見回して、慌てて鏡の前まで、やって来た。

「お嬢様、昨日は、声をかけても1日、目をさまされなかったのです。庭で過ごされた疲れから、体が回復していないのです。今日1日は、ベッドでお過ごしください。後で、スープをお持ちします。」

そう言うと、グレタは、アリシアを抱き上げた。

「グレタ、わたくし、十分寝たわ。もう、眠くないの。それに、これ以上、お父様にも、お母様にも、ご心配も、ご迷惑も、おかけしたくないのよ。」

そう言いながら、アリシアは、グレタの腕の中でじたばたと暴れた。

しかし、アリシアの抗議も虚しく、グレタは小さな主人をベッドに下ろした。

「お嬢様、旦那様も奥様も、お嬢様が眠っている間に、お仕事でルネッサブルクへ出立なさりました。」

あぁ、そうだ、数日前、輸出品と輸入品について相談のため、両親(夫婦)で外国へ行く話をしていた。

結局、アリシアは、また両親に心配をかけてしまったことに気付き、うなだれた。

「私は、本当に出来損ないね。こんな娘で、お父様にも、お母様にも、本当に申し訳ないわ。それに、・・・それに、あなた達、(うち)の者にも、悪いと思っているの。」

アリシアは、言葉を続けた。

「あなた達の雇い主は、今はお父様だけど、主人の娘が私みたいな頼りない人間で、これから先もずっと、安心して働けいけるか、心配になるのてはなくて?」

ちいさな声で呟くアリシアを、グレタは黙って見つめた。


そう、この公爵家には、子供がアリシアだけだなのだ。

だから、今のままでは、いずれアリシアが女公爵となるか、アリシアの婿が公爵となる。

前者は、家が潰れる可能性があり、後者は、家が乗っ取られる可能性があった。

いずれにしても、いつどうなるか分からない不安定な職場となることは間違いない。

日本でも、出来の悪い跡取りが会社や家を潰すなんて話があった。

もちろん、アリシアも全力で努力するつもりだ。

しかし、努力だけでは越えられない壁があるのだ。

例えば、アリシアの発作とか・・・


グレタは、ベッドに腰を下ろし、アリシアと目線をあわせた。

そして、アリシアの頭をそっとなでながら言った。

「旦那様も、奥様もお嬢様を誇りに思われることはあっても、出来損ないだなんて思うはずありません。それに、この邸で働いている者は、皆、お嬢様が努力していることをわかっております。」

グレタはさらに続けた。

「お嬢様は、初めて発作で倒れた後、邸の者、全員の顔と名前を覚えようとしていたました。それに、お嬢様の発作の原因になった者のために、公爵様に暇を出さないよう嘆願したことも、また、その者にも直接お会いになり、謝罪と、これからも仕事を続けるようお言葉をかけたことも、邸の者は、皆、全部、存じております。皆、どんな形であれ、これから先もお嬢様とギュンター公爵家を支えていく気持ちに、かわりはございません。」

そう言うと、グレタはアリシアをそっと抱き締めた。


あれは、アリシアに物心がつき、とうとう邸の中で「日本」を探しはじめた日だった。運悪く、廊下で、初対面のメイド、リタに遭遇したのだ。

リタは、仕事をしていただけだったが、人見知りなうえ、アリシアの心が勝手に造り出した無意識な迷子の気分は、いつも以上に、アリシアを心細くさせ、近づいてくるリタを見たアリシアは、引き付けと呼吸困難をひきおこし、そのまま倒れたのだ。

倒れた翌日は眠り続け、さらに翌日になって目覚めたアリシアが最初にしようとしたことは、父親である公爵との面会だった。 

公爵は、目覚めたアリシアから会いたいと言われたため、娘から使用人を罰っして欲しいと言われると思っていた。

しかし、実際のところ、アリシアは幼く舌足らずながらも、必死に使用人を庇ったのだ。

使用人のメイドは悪くない、自分が驚いて倒れてしまっただけだ。だから、彼女に非はない。未熟な自分のために、彼女を辞めさせたりしないでほしい。これからは、この邸で、誰が働いているか、何をしている者なのか、働いている使用人の名前と顔を覚えたい、と言われた。

また、自分のせいで、使用人が罰を与えられたなら、その賠償をして欲しい。

まだ、3歳になったばかりだと言うのに、自分の娘のなんと賢く、思慮深いのか。

親バカな公爵は、娘から予想と反対のことを言われおどろき、自分の娘は天使かもしれないと、さらに親バカを拗らせた。


「だって、そんなの、当たり前よ。リタは悪くないもの。会ったことないリタに驚いて、わたくしが勝手に発作を起こしたの。仕事中に、主の出来損ないの娘が、いきなり起こした発作の責任を、メイドがとる必要はないわ。リタは、主の娘の様子がおかしかったから、親切で声をかけただけなのに、いきなり目の前で発作を起こされて、さぞ驚いたと思うわ。本当の被害者は、リタよ。あの時は、精神的なショックを受けたでしょうに賠償金もとらず、黙って働き続けてくれるなんて、リタはお人好しすぎるわ。」

実際、アリシアは、父親との面会が終わった後、責任をとって謹慎させられていたりたリタの部屋まで、お詫びの品として用意したお菓子と賠償金として父親からせしめた金貨を持って会いに行った。

もちろん、3歳のアリシアに、かご一杯のお菓子は運べない。だから、お菓子はアリシアにかわり、グレタが運んだ。


袋に入れた金貨を握りしめ、アリシアがリタの部屋にやって来たとき、リタは途方に暮れていた。

数日前、初めて、この邸の令嬢と顔を会わせた。

このお嬢様は、信じられないことにリタの顔を見て、突然、震えだし、リタが近づくと悲鳴をあげた後、引き付けと呼吸困難をおこし、白目を向いて倒れた。

リタは誓って何もしていない。

それでも、アリシアが倒れた原因が、リタにある可能性も捨てきれないため、数日間の謹慎を邸の執事から言い渡された。

倒れたアリシアがどうなったも心配だったが、それよりも、さらに、先の事を考えると、リタは憂鬱な気分になった。


「あなたのお見舞いにきたの」

ともの者をつれて、やってきたアリシアを見て、リタは驚いた。

「あなたの謹慎はとくように、お父様に言ってあるから、明日から、また働いてちょうだい。」

そう言うと、アリシアは、かごをテーブルの上に置くよう、グレタに合図をした。

「お見合いにお菓子を持ってきたわ。それから、これは、ここ数日間の補償よ。」アリシアは、かごの横に、金貨の入った袋を置いた。

「お見舞いって・・・それに、補償ですか?」

リタは、戸惑いを隠せず、かご一杯の焼き菓子ととなりの袋をみた。

「お見舞いは、本来、私がお嬢様へすべきことではないでしょうか?」

「そんなことないは。あなたは何もわるくないもの。あなたに、精神的ストレスを与えたうえに、謹慎にするなんて、パワハラだわ。パワハラは、罪なねよ。」

パワハラが何か分からず、さらに困惑するリタに構わず、アリシアは続けた。

「ごめんなさい。初めて会ったあなたが近づいてきたから、わたくし、驚いてしまったの。そしたら、息ができなくなって、きづいたら次の日だったわ。何日も謹慎させられて、心配だったでしょ?遅くなってごめんなさい。これでも、凄く急いだの。」

「アハハハ」

申し訳なさそうに、使用人に頭を下げていたアリシアは、突然、リタが笑いだしたので驚いて顔をあげた。

「お嬢様は、あまり、お話になられないと聞いていました。だから、こんなしっかりお話できると思っていなくて。しかも、小さなお嬢様が『補償』だなんて、難しい言葉を遣われるので、おかしくって。」

笑いが収まらないリタを伺うように、アリシアは言った。

「情けない、わたくしを許してくれる?」

「勿論です、お嬢様。もし、お嬢様がよろしければ、お茶はいかがですか?一人では、こんなにたくさんお菓子をたべられませんから。」

そうして、アリシアとグレタは、リタのいれたお茶で、お見舞いのお菓子とおしゃべりを楽しんだ。

3人で、お茶会をした翌日から、リタは、アリシア付きのメイドとして復帰した。


それからと言うもの、邸の使用人達の間で、『お嬢様に名前と顔を覚えてもらうまで、お嬢様の前では動かない』と言う暗黙のルールができた。

アリシアと遭遇した使用人達は、アリシアが通りすぎるまで、その場で直立不動をたもち、アリシアは、その日見かけた使用人の特徴を整理し、執事のセバスチャンに名前を確認する。

次回、その使用人に会って名前を覚えていれば、アリシアから声をかける。それは、アリシアが、全員の名前と顔を覚えるまで繰り返されたのだった。

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