アリシアの繁忙日
アップするのが、少し遅れました。
待っていた方はごめんなさい。
アリシは、本日、午前中から予定がビッチリだった。
朝食後は、筋肉痛を誰にも悟らせないように細心の注意を払いながら、父に会いに行った。
重要だけど気が進まず、後回しにしていた、父カールとの交渉だ。
週二回の体育、いや、護身術と言う名前の体力作りと乗馬の授業を受ける事を許してもらうつもりだ。
いや、許してもらう、とアリシアの中では決定事項である。
部屋を訪ねてきたアリシアの話を聞き、最初、護身術など必要ないと言っていた父であったが、アリシアがお友達(と言う名のお世話係)と行った体力測定の結果を見て、しばらく黙り込んだ。
実は、カール自身の学生時分の黒歴史が頭の中を駆け巡っていたのだ。
頭脳明晰、容姿端麗、家柄も血筋もノーブルなカールは、完璧な貴公子と名高かった。そんなカールの唯一の欠点が運動音痴だ。
未だに、カールは馬に乗れない。ダンスなど下手過ぎて、エリザベートと婚約するまで誰とも踊ったことはなかった。
一度、踊り出せば、一曲踊りきる前に、エリザベートの足に血豆ができるほどの腕前である。
カールは、ずっと、それで良いと思って生きてきた。
しかし、まだ幼い娘は、大人になった時に人前で恥をかかない程度には運動も乗馬も今から訓練しておきたいと言う。
何なら、スタンピードが起こったら、自力で逃げられる位の人間になりたいそうだ。
カール自身も、スタンピードが起これば、自力では逃げられないと思っている。
だから、ギュンター公爵領では、春夏秋と年に3回数週間にわたり、ダンジョンから、森にかけてのモンスター狩りを騎士団に課しているのだ。
だから、そうそうスタンピードは、起こるはずないとカールは思っていたが、確かに貴族令嬢の嗜みとして、乗馬やダンスは必要だ。
そうして、この交渉は、アリシアに軍配が上がった。
午後に1時間、週2回体力づくりと乗馬の授業を受ける事になった。
さて、本日のアリシアは、忙しい。母エリザベートとのお茶も断り、ジョナサンとの約束を果たすため、筋肉痛と戦いながら工作に勤しんでいた。
何を作っているかといえば、アリシアは、熱気球を作ろうとしていた。
これが飛ぶ原理として一番シンプルで、なおかつ分かりやすいと思ったからだ。
そのうち、グライダーと魔法を組み合わせて飛行機の試作品を作ってやろうと目論んでいるが、それは、また別の話である。
もちろん、今のアリシアには、熱気球そのものは作れないため、日本の近所の国々で時々飛ばされているスカイランタンを作ろうとしている。
ランタンの縁には、古いシーツを切ってノリで貼り付け、強度を補強した。
そして、ランタンの縁に何ヵ所か糸を通し、ローソクを吊り下げた。
ちなみに、ローソクも2本用意した。
1つはランタンの空気を温めるようで、ランタンに取り付けたもう1つのローソクは、ランタンの中の空気が温まって、飛び立つ直前に着火しようと思っている。
大、中、小と、並べたランタンが実際に飛ぶか、アリシアは、一人で、いや、グレタとリタと、3人で実験を始めた。
大のランタンはアリシアが入れる大きさだ。40Lのゴミ袋並みに大きなランタンは、空気が温まるまでに時間はかかったが、ロウソク1本の重さなどまったく感じさせず、天井まで舞い上がった。
高く上がったため、なかなかランタンを捕まえられず、かなりヒヤリとした。
アリシアは、回収したランタンに、ランタン回収用の紐をつけて、もう一度実験をした。
今度は上手くいった。
中と小のランタンにもランタン回収用の紐をつけてみた。
ランタン小には、紐は必要なさそうだったが、同じ条件で、ランタンが小さ過ぎたら空気を温めても、あまり飛ばないことも知る必要があると、アリシアは、そのままにする事にした。
昼食後のアリシアは、本日も運動着を着て、ブーツを履いている。
今日も準備万端で、アリシアは、ジョナサンとフィルがやって来るのをまっていた。
字も一通り読めるようになり、計算も一通りできるようになったので、二人には今日から魔素神経を鍛えるための下準備として、座学を挟みつつ、瞑想をして貰おうと思っていた。
ジョナサンは心配していないが、問題はフィルだ。
次は何でフィルの興味を引こうか、それが問題である。
自主的に子供に勉強してもらうのは大変だ。
京子さんが、息子さん達に愛の鞭を振るった理由も分からなくはないと、アリシアは思った。
やって来たジョナサンとフィルは、今日もアリシアが運動着を着ているのを見て、驚いた。
「アリ、今日も、庭で運動するのか?筋肉痛なんじゃないのか?」
アリシアは、顔を赤くして悔しそうに答えた。
「き、筋肉痛ですわ。で、でも 今日は場所を変えてお勉強するだけで、運動をする日ではありませんのよ。」
「じぁあ、アリ、今日は庭で授業なの?」
「そうですわ。本日の授業は、庭で瞑想をするのです。」
「めいそーって、何だ?」
フィルが不思議そうにきいた。
「瞑想とは、目を瞑り、深呼吸をしながら、自分を見つめる事ですわ。魔素神経を鍛えるためには、高い集中力が求められます。本日から集中力を上げるため、瞑想を始めますのよ。」
アリシアは、本日の予定を発表した。
相変わらず、二人はポカンとしてアリシアを見つめた。
グレタとリタが芝生の上に引いてくれたラグの上にアリシア、ジョナサン、フィルが座った。
「それで、めいそーってどうやるんだ?」
フィルがきいた。
アリシアは、胡座を組み、背中を伸ばし、目を瞑り深呼吸を繰り返してみせた。
そして、ジョナサンと、フィルの二人に向き直り言った。
「二人とも、わたくしの真似をしてください。」
アリシアに言われて、ジョナサンとフィルが胡座を組んだ。
しかし、二人とも姿勢が良くない。
アリシアが、代わる代わる二人の背中を伸ばして、強制的に良い姿勢を取らせてみたが、そんな事をしていては、二人が深呼吸なんてできるわけがない。
アリシアは、唇を噛みしめ、今日のところは、二人の姿勢は諦める事にした。
「この姿勢はお家に帰っても、毎日、練習してくさださい。」
そう言い、深呼吸に移る事にした。
「鼻から大きく息を吸って、口からゆっくり履く。鼻から大きく息を吸って、口からゆっくり履く。これを繰り返してください。」
数回、深呼吸を繰り返したのち、フィルがこっくりこっくり船をこぎだした。
アリシアは、すかさず、フィルの姿勢を強制的に正した。
フィルは驚いて頭を上げた。
「うわっ、オレ寝てた。」
アリシアは、呆れて言った。
「だと思いましたわ。フィル、確かに、わたくしは、瞑想は、自分を見つめる事といいましたが、《眠たい》に負けてはいけませんのよ。《ああ、オレは今、眠たいんだな》と今の自分の状態を知ろうとする、ただそれだけでしてよ。ジョンを見習って、フィルも、もう一度ですわ。」
もう一度、瞑想を始めたフィルは、最初の数分黙って深呼吸をしたと思ったら、突然、大笑いを始めた。
「フィル、今度は一体全体、どうしましたの?」
アリシアは、ため息をつきながら、聞いた。
「何か、めいそー?してたら、腹がへってきて。そうしたら、今日のお茶は何かなって気になって、お茶の事を考えていたら、プリン作ったっ時の事を思い出して、あの時のサムのオッチャンの顔が面白かったのを思い出して、ついつい、笑っちまった。わるい、わるい、もう一回するわ」
そう言うと、フィルは、もう一度瞑想を始めた。
しかし、今度はものの数分で顔の表情が歪んだ。
アリシアは、フィルに瞑想は難しかったと、白目を剥いて倒れそうになった。
しかし、いきなりフィルに完璧を求めても無理な事は、アリシアにも分かっていた。
今日のところは、コレで良しとすることにした。
瞑想にはなっていないが、少なくとも、フィルは、煩悩に溺れながらも、黙って目を瞑って座っているのだから。
煩悩まみれであったとしても、ある程度の時間を黙って目を瞑って、座り続ける事ができる、と言う最初のハードルはフィルも超えられたのだ。
目を瞑ってある程度の時間を座っていられるなら、フィルだって、そのうち瞑想ができるだろう、とアリシアは、思った。
1時間の瞑想の後、ジョナサンの顔は、来た時よりもすっきりしていた。
「瞑想って良いね。何か、モヤモヤが晴れた気がする、寝る前とかにもやってみるよ」
たった1時間で、すっかりジョナサンは瞑想にハマったようだ。
フィルは、スッキリ顔のジョナサンを横目に、アリシア考案のシナモンロールに舌鼓を打っていた。
フィルはフィルである。
そんな対照的な二人を見ながら、アリシアは、改良の余地があるシナモンロールを一口食べて、小さくアクビをした。




