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自己との邂逅 2

2話目も書けました。

邸に戻ったアリシアは、にこやかな表情で、庭師の老人が見えなくなるまで見送った。

その様子を黙って見ていた使用人達は、振り向いたアリシアの顔から表情が抜けているのを見て、皆、残念に感じた。

それでも、アリシアの顔は、不安や恐怖の苦しみに歪むこともなく、晴れやかに見え、小さな主の変化を、皆、喜ばしく思った。


アリシアは、さっそく、お付きのメイド、グレタに持ち帰った薔薇を活けるよう命じた。

花瓶に飾られた薔薇を、アリシアは満足げに眺め続けた。 

「お嬢様、お食事の前に入浴しましょう」

部屋に戻ってからずっと、薔薇鑑賞にいそしんでいたアリシアは、湯浴みの準備を整え、戻ってきたグレタに連れられ、入浴場にやってきた。 


グレタによって、汚れたドレスを手早く脱がされたアリシアは、バスタブで身を清められた。

「お嬢様は、薔薇がお好きなんですか?」

バスタブで湯につかり、ボーっと宙を見つめるアリシアに、グレタが聞いた。

「分からないわ。でも、わたくし、あのお花が一番可愛いと思ったの。他のお花も綺麗だけど、ピンクだからかしら?あのお花が一番可愛いと思ったわ。」

グレタは、驚いた。いつも、どれだけ話かけても「はい」か「いいえ」しか言わないアリシアが、まとまった文を話したからだ。

「ねえ、グレタ、薔薇が綺麗に咲いてる、って教えてくれて、ありがとう。」

恥ずかしそうにお礼を言うアリシアに、グレタの胸はいっぱいになった。

「お嬢様がこんなにおしゃべりできるなんて、グレタはビックリです。」

たった少しアリシアと会話しただけで嬉しそうなグレタを見て、アリシアは、ハッとした。

『グレタは、たったこれだけの会話で、こんなに嬉しそうなんだから、わたくしは、邸の使用人にずっと残念な娘だと思われたのかしら。』

普通、5歳ともなれば貴族の令息、令嬢は母親に連れられ、お茶会に参加を始める年齢だ。

それなのに、アリシアは、お茶会どころか、邸の使用人とも満足に接することができない。

そのことに気づいて、アリシアは、自分の不甲斐なさが情けなく、あっという間に自己嫌悪に陥った。

いつもより、幸せな気分でバスタブに浸かっていたのに、いつも以上に気持ちが沈んだ。

今にも泣き出しそうなアリシアに気付き、グレタは慌てた。

「お嬢様、今晩は旦那様と奥様も、ご一緒にお食事を召し上がるそうですよ」

「まぁ、お父様とお母様が、ご一緒されるなら、そろそろ、準備しないと」

アリシアは、慌ててバスタブから飛び出した。


両親と食卓を囲んだアリシアを、再び違和感が襲った。

アリシアの心は、二人を親だと否定していた。

『だけど、わたくし(アリシア)は、お父様にも、お母様にも似ているよ。こんなに似ているのに、なぜ違うだなんて感じるのかしら?』

実際、アリシアと食卓を囲む二人を見て家族と思わない人はいなだらろう。

アリシアは、公爵夫妻(二人)の良いところをバランス良く掛け合わした容姿をしていた。

どっから、どう見ても、親子であるのは明白なのに心のせいで、アリシアは、両親に対しても、よそよそしく使用人と変わらない態度で接していた。

両親を両親と感じれないことは、5歳のアリシアにとって一番の悲劇であり、アリシアの現状を招いた一番の原因であった。


両親を食い入るように見つめるアリシアに、ナプキンで顔を拭いながら、公爵が話しかけた。

「アリシア、父様の顔に何かついているかい?」

「いいえ、お父様は、いつも通り素敵です。」

そう言うと、アリシアは一つため息をついた。

「わたくしの姿は、お父様にもお母様にも似ているのに、わたくしには、社交はおろか、邸で働いてくれている使用人とも(お父様やお母様とも)満足に話ができません。外交なんて、夢のまた夢でございます。」

娘から初めて素敵と言われて有頂天だった公爵は、悲しそうに目をふせるアリシアを見て、にこやかな表情を保ちつつ、怒りに震えた。テーブルの下で握ったナプキンは、今にも破れそうだった。

「アリシア、誰かから何か言われたのかい?」

公爵は、いつも以上に、つとめて優しくアリシアに話しかけた。

口さがない使用人のおしゃべりを聞いて、アリシアがショックを受けたなら、決して許さない。

二度と噂話をしようと思わないよう、後悔させてやる。

娘への少しばかり重たい愛情のもと、公爵が心の中で恐ろしい決意をしているとは露しらず、アリシアはゆっくり口を開いた。

「お父様、この邸で働いている人は皆、良い人ですわ。皆、いつもわたくしを気遣ってくださいますのよ。そうではなく、お城のお茶会のことです。あのとき、お父様は、沢山の人が参加するから、お断りしたと言いました。」

そう言えば、この国の王子が参加するお茶会の招待状が、アリシア宛に届いていたことを、公爵も思い出した。

「人が沢山くる、とは、つまり、よそのお家の方々はそのお茶会に参加している、と言うことではございませんか。」

「そう言うことになるね。」

「よそのお家のわたくしと歳の変わらない子達は、わたくしが発作のために参加できないお茶会に参加し、すでに社交を始めているんだ、とその時、思いましたの。お茶会へ行きたかったワケではないのです。

ただ、よそのお家の子が普通にできることができない、わたくしを、お父様とお母様が恥ずかしくお思いになるのかもしれないと、心底、情けなくなりましたし、立派なお父様とお母様の娘なのに、わたくしが出来損ないなばかりにお二人には迷惑ばかりおかけして、心苦しく感じておりました。」

今にも泣き出しそうなアリシアの言葉に、公爵の目から鱗が落ちた。

人見知りが激しく、まだ幼いと思っていた娘は、父親の言葉を歪曲して理解していた。

自分が発した何気ない言葉で娘が傷ついていたことを知った公爵は、今さらながら、あの時の自分をなぐってやりたいと、心の中で自責の念にかられた。

ところが、アリシアと公爵、二人のやり取りを黙ってきいていた公爵夫人は、嬉しそうに言った。

「旦那様、私たちの娘は、天才ですわ。」

公爵夫人は、アリシアをそっと抱き締めて、続けた。

「アリシア、確かに、早い子は5歳から両親に連れられて、お茶会に参加しています。でも、それは、少しでも早く良縁が必要な下級貴族の話で、我がギュンター公爵家とは無縁な話です。

名家のご令嬢は、お茶会に参加するのも10歳頃からよ。

アリシア、そもそも、あなたの名前の『フォン』は、どう言う家柄につくものか、しってるかしら?」

母親に抱き締められたアリシアは、しばらく考えて答えた。

「王族と準王族です」 

「そうよ。王族と準王族。ギュンター公爵家は、元々、初代王様の妹姫が、忠臣に嫁いだ時からの古い家柄です。その後も、定期的にお姫様が降嫁したり、定期的に、ギュンター家の娘が王室に嫁いだりしている準王族で、あなたのお祖父様は、今の王様の弟になるのよ。お父様も、あなたも、王位継承権がある、そんな由緒正しい家柄になのだから、慌てなくても大丈夫。

あなたは、こんなに賢いんだもの。出来損ないだなんて思う必要はありません。少しくらいの出遅れは、よその子へのハンデにもなりません。だから、安心しなさい。」

公爵夫人に優しく抱き締められたアリシアは、抱き締められた安心感からか、そのまま眠ってしまった。


アリシアは、その日、初めて、夢をみた。正確には、これまでにも毎日見ていた夢を、初めて覚えていた。

その夢の中で、アリシアは、祖父母と変わらない歳の女性だった。

彼女の住む日本と言う場所は、アリシアが住む世界とは違い、便利な物があふれていた。

彼女は、双子の息子の母親で、息子達は二人とも誰でも知ってるような名門大学を卒業し、結婚して子供もいた。

息子達は独立して家庭を持ったが、家族を連れて頻繁に夫婦二人になった家にやってきたので、寂しくはなかった。

庭師の老人と似た雰囲気の旦那さんは、彼女をとても大切に慈しんでいた。

夢の中の彼女は、平凡ながら、とても幸せそうだった。

しかし、その幸せが、ある日突然壊されたのだ。

夫婦水入らずで買い物にでかけた帰り、運の悪いことに通り魔に遭遇した。

犯人は息子達とあまり変わらない年齢に見えた。

先に生き絶えたのは、旦那さんだった。最後まで彼女を守ろうとあがき、彼女は守ってくれた旦那さんを置いて逃げる気になれず、彼女も旦那さんのすぐ後に、通り魔の餌食になり、命を落とした。

彼女は死ぬ瞬間、悪くない人生だったと、思った。

ただ、一つ、心残りがあるとすれば、息子達の教育以外の何事にも本気になれなかったことだ。

もし、次に生まれ変われるなら、どんな姿に変わったとしても、自分のために本気(死ぬほど)で努力したいと、思った。

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