アリシアの体操服(2)
公爵邸へやってきたシャノンは驚いた。
ギュンター公爵家の令嬢が、能面のように無表情で応接室のソファに、母親と並んで座っていたのだ。
公爵夫人のお腹の中にいる時からの付き合いのお嬢様は、最近、あまりドレスを作らない。
子供の服はすぐに着られなくなるため、シャノンとしては、毎月来たい所だが、アリシアから待ったがかかったのだ。
「わたくし、外出もいたしませんし、これまでに作っていただいたドレスの中に、一度も着たことないドレスもありますの。」
そう言って、アリシアは、母親が作るタイミングでアリシアのドレスも一緒に作りたいと、申し出てきた。
アリシア本人の意向に従い、シャノンも、公爵夫人のドレスを作るタイミングで、アリシアのドレスもつくることにした。
なのにだ、ドレスを作る回数を減らしたにもかかわらず、アリシアが作ろうとするドレスの枚数は、シャノンが毎月来ていた時と同じ枚数だった。王室とも縁が深い公爵家の令嬢が数ヶ月の間、数枚のドレスを着回して生活している様子を想像してシャノンは目眩がした。
一度に数着しかドレスを作ろうとしないアリシアにドレスは、最低10着は必要だと、エリザベートとシャノンで毎回説得していた。
そんな、着飾ることに関心のないアリシアが、今日はシャノンを待っていた。
その事は、シャノンを驚かせた。
「エリザ様、アリシア様、ごきげんいかがでしょうか?」
シャノンは、平静を装いながら、二人に挨拶した。
「シャノン、待っておりましたのよ。」
エリザベートは、ニコやかに挨拶して、続けて言った。
「シャノン、今日は、アリシアがあなたにお願いがあるみたいなの。」
エリザベートに、うながされてアリシアがシャノンに挨拶した。
「マダム、今日は、お願いがあり、お待ちしておりました。」
そう言うと、アリシアは、シャノンにスケッチブックを渡した。
「実は、わたくし、運動するための服が欲しいのです。」
シャノンは、アリシアが描いたスケッチを渡された。
「コレを着て、お嬢様が運動されるんですか?」
受け取ったスケッチを見て、シャノンは言葉を失った。
平民の冒険者が着ていそうな服装だったのだ・・・
「えっと、お嬢様、この格好で運動をされるんですか?」
困惑を隠せなかったシャノンは確認するよう、アリシアにもう一度きいた。
信じられないと驚愕の表情を浮かべるシャノンの様子にもどこ吹く風なアリシアは、いつも通りの無表情のまま、シャノンに言った。
「そうなんですの。運動をするには、やはり、動きやすいことが重要だと思いますの。」
「そ、そうですか。」
アリシアは、自分の描いた絵を指しながら説明した。
「まず、下の服は、下着の素材の綿が良いですわ。」
「下着!?」
シャノンの顔が歪んだが、アリシアは、気にせず続けた。
「ええ。肌触りが良いでしょ?生地がゴワゴワするのは、苦手ですもの。でも、下着よりも厚みが欲しいですの。下着4枚重ねたくらいの厚みのある黒い布で作ってくださいましせ。それから、シャツは少し大きめに作っていただけると嬉しいですわ。でも、ズボンはなるべく身体にすいつくような形に作ってくださいませ。」
熱心に説明をしているが、アリシアの表情は、いつも通り無表情だ。
でも、シャノンを見つめる目には、有無を謂わさない圧があった。
と言うよりも、本日のアリシア、運動着の説明に熱が入りすぎ、魔力が漏れでて知らぬうちにシャロンを威圧をしていた。
無論、アリシアは、自分が知らぬうちに、シャノンに対してハラスメントをしていた事には気づいていない。
アリシアから威圧を受けるシャノンに残された返事は『はい、か、イエス』しかなかった。
「うっ、あの、し、承知しました。」
「ふふふ、ありがとうございます。マダムなら作ってくださると思っていましたわ。」
概ね、アリシアの思う通りに運びそうなのが分かり、アリシアは、笑顔を見せた。
初めてアリシアの笑顔をみたシャノンは、覚悟を決めた。
笑わないアリシアが、こんなに嬉しそうに笑ったのだ。
今更できないとは、口が裂けても決して言えない。
心を決め、シャノンはアリシアの絵を指して聞いた。
「お嬢様、こちらのカーディガンと、スカートは如何いたしまししょう?」
「カーディガンは、ふかふかのタオルみたいな生地にしてもらいたいですわ。形は、バスローブみたいな形にしていただき、開閉用にボタンをつけてください。でも、腰の位置には紐も必要です。
カーディガンを着ている時に、腰の紐を結んで、カーディガンがワンピースに見えるようにしたいのですわ。
そして、このスカートは、膝上よりも短くしてください。
後、このスカートには秘密がありまして、実はスカートではございませんの。スカートの内側にズボンを着けていただき、ズボンの上から布を巻いてスカートに見えるようにしただきたいのです。ズボンの部分はシャツと下にはくズボンと同じ布にしてくださいませ。ズボンの上から巻く布は、コットン多めのコットンリネンが嬉しいですわ。」
「お色は、カーディガンもスカートも全て黒されますか?」
「カーディガンは、白と緑と青の3色にしたいですわ。」
白はプラチナブロンド、緑は、エメラルド、青はサファイア、アリシア色である。
アリシアは、スケッチの余白に「緑、白、青、白、緑白」と縞々の色を指示を書いた。
「スカートの内側にはくズボンは、黒でよいですわ。スカートは、黒と白と、グレーで、こんな柄にできないかしら?」
アリシアは、スケッチブックの余白にギンガムチェックを書いてみた。
シャノンはアリシアが希望する柄を見て、押し黙った。
しかし、期待に目を輝かせるアリシアを見て、唸りながら答えた。
「お嬢様、ご希望の柄で服を仕立てるには少しお時間がかかります。」
「ぐ、ぐ、具体的にはどれくらいかかるのかしら・・・?」
アリシアがショックを隠せずシャノンに聞いた
「う~ん、そうですねえ、少くとも数年は・・・」
アリシアは、絶句した。
この世の終わりでもくるのかと思うようなアリシアを見て、シャノンは、言った。
「でも、スカートとカーディガンが白でよろしければ、来週にでも、お持ち出来ます。」
シャノンの話を聞き、アリシアは、再び、嬉しそうに笑った。
アリシアは、最後に、冒険者がはくような、歩きやすく、しっかりして丈夫な靴が欲しい事をシャノンに伝えた。
欲しい物の話が終り、カーディガンとスカートの柄以外は、アリシアの予定通りとなった。
概ね満足したアリシアは、やりきった気分で部屋に戻ろうとした。
しかし、当然ながら、その場にいた全員にとめられた。
今日は、公爵母娘のドレスを作る日だ。
間違ってもシャノンは、アリシアの運動着を作りにきたわけではないのだ。
アリシアは、運動着の説明をしていた時とは正反対の、表情を浮かべ、カタログとにらめっこした。
何ならドレスも靴も全て同じものを10セットで良かったが、母親の手前、欲しくもないドレスとドレスにあわせた靴を10セット選び、その後、採寸をしてもらってから、ようやくアリシアは、解放された。
なんとか部屋にたどり着いたアリシアは、スケッチブックをテーブル上に置いた後の記憶がなかった。
運動着、欲しさに熱弁を振ったアリシアは、ただでさえクタクタだったのに、欲しくもないドレスを山のように選ぶ羽目になったのだ。
アリシアのHPは、すでにすっからかんだ。
それからアリシアは、久しぶりに、数日寝込んだ。
そもそも、アリシアにとって、平素のルーティンにないことをするのがストレスである。
さらに、顔見知りではあるが、部外者との接触がストレスだ。
しかも、時間が数時間と長い。
今回、運動着をゲットするためにアリシアがした事は、倒れて下さいと言わんばかりに、アリシアの首を絞めるイベントだったというわけだ。
ちなみに、部屋に戻ろうとしたアリシアを引き留めたエリザベートは、娘が目覚めるまでの数日間、自分を責め続けた。
こうして、ギュンター公爵家では、アリシアの少々のワガママは見てみぬふりしようと言う勢力が、1人、また1人と増殖していくのであった。
シャノンと、シャノンの弟子達も、無理をして寝込んだアリシアのために頑張った。
アリシアが寝込むほどのストレスを受けながら、シャノンにお願いした体操服は、白と黒のモノトーンであったが、なかなか可愛く出来上がったのだ。
それも、アリシアが目覚める前にだ。
しかし、その事をアリシアが知るのは、長い長い昼寝から目覚めた後の事だった。




