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アリシアの体操服(1)

本日アリシアの母親のエリザベートが、ドレスを作ってもらうことになっている。

アリシアもついでにドレスを作ってもらう予定だ。

定刻前にもかかわらず、アリシアは、応接室のソファに座って、仕立屋のマダムを待っていた。

幸いなことに、ドレスを作ってくれるマダムは、アリシアが赤子の頃からの付き合いだ。

アリシアは、グレタとマーサの次に、このマダムに抱っこされていたと言っても過言ではない。

もしかしたら、卒乳後はアリシアを抱っこしていないマーサより、仕立屋のマダムに抱っこされている回数が多いくらいかもしれない。


マダムこと、シャノン=コーコスは、公爵家御用達のお針子だ。

元々は、シャノンの恩師が、公爵家御用達のお針子だったが、引退するタイミングで、シャノンが引き継いだのだ。

その頃、エリザベートは、アリシアを妊娠中だったため、外交や社交のためのドレスは作らなかったが、かわりにシャノンは、妊娠中のエリザベートが楽に過ごせる部屋着をいくつも作った。

そして、エリザベートは、アリシア出産後から今に至るまで、季節ごとのドレスをシャノンに作ってもらっている。


ちなみに、シャノンは、産着やオムツに始まり今に至るまで、アリシアの服も作ってくれている。

シャノンは、熱心な女性でアリシアが生まれてから、2年間は、月に数回、毎月来てくれていた。

採寸するのが難しい赤子(アリシア)に、サイズ違いのサンプル服をいくつも作ってきては着せてみて、その時、アリシアに一番ちょうど良いサイズを確認したうえで、シャノンはアリシアの服をいくつもしつらえた。

おそらく、その頃のアリシアは、アリシアの人生で、一番衣装持ちであったのは、間違いない。

それからの数年間も、シャノンは毎月やってきては、アリシアの服を作ってくれていた。

とは言え、悪役令嬢のアリシアと違い、今のアリシアは着道楽ではない。

ましてや、アリシアの行動範囲は、狭い。邸の中と、庭だけだ。袖を通さないままのドレスも存在する。

前世が、主婦の京子さんだったこともあり、両親が気にしてなくても、アリシアは、着ないドレスを作る事に罪悪感を感じていた。

そう言う理由で、しっかり人と意思の疎通がはかれるようになってからはアリシアも、母親がドレスを作るタイミングでドレスを作るようになった。


もう一度言うが、今のアリシアは、着道楽ではない。

何なら、機能性を無視した芸術品のようなドレスにも靴にも、全く興味がなかった。

だから、母親とドレスを作ってもらう時も、ギリギリまで部屋にいて、母親の採寸と、ドレスのデザインが決まった後に呼んでもらって、自分(アリシア)のドレス選びは短時間で終わらせていた。


そんな、普段は、ドレスを作ることに無頓着なアリシアが、今日はシャノンが来る前から待ち構えている事に、母親のエリザベートも驚いた。

「あら、アリシア。もうきていたのね。」

「はい、お母様。」

母親に返事をする(アリシア)の顔は、相変わらず無表情だった。

「アリシアにも、着てみたいドレスができたのかしら?」

娘の塩対応にもめげず、エリザベートは、ニコやかに話しかけた。

アリシアは、無表情のまま、母親を見上げた。

「ドレスは、いつも通りで良いのですが、マダムに作って欲しい服と靴があるのです。」

アリシアは、スケッチブックを持つ手に力を入れながら言った。


先日の体力測定の後、アリシアは、筋肉痛で苦痛に耐えながらグレタにお説教をされることとなった。

一つ、淑女たるもの、公爵邸の敷地内とは言え、靴を脱いではいけません。

一つ、淑女たるもの、スカートの裾をたくしあげて、足をみせては、いけません。

一つ、淑女たるもの、芝生の上とは言え、寝転がってはいけません。

グレタのお小言と筋肉痛に耐えながら、アリシアは考えたのだ。

叱られない楽な服を準備すれば良いと。

確か、日本では、体操服とか、ジャージとか、スポーツウェアとか言われる服を着て、皆、運動していた。

くつも、スニーカーとか、運動靴とか、上履きとか、運動するための靴があった。

京子さんの双子の息子さんはバスケと呼ばれるボールを使ったスポーツをしていた。

ユニフォームの外に、チームメイトと揃いで、Tシャツやジャージ、バックを使っていた。


京子さんの記憶をのぞきながら、アリシアは、デザインだけでなく、素材も京子さんの世界と同じにできないか、と言う願望を持った。しかし、服も靴も同じ素材では作れそうにないと言う結論に達した。

もしかしたら、この世界にもポリエステルやゴムがあるのかもしれないけど、あったとしても、今のアリシアでは探せないだろう。

それは、アリシアも、理解しているし、妥協するべき点だと思っていた。

色々と悩みぬいた結果、アリシアは無難に綿素材の運動着を作ってもらうことにした。

ちなみに、シャノンはまだ作るとは言っていないのは、ご愛嬌である。

アリシアの希望では、厚めの生地でダボっとしたTシャツと、ヨガパンツのようなぴったりしたパンツ。

Tシャツの上には、パーカーが欲しかったが、ファスナーがあるかわからなかったので、オーバーサイズのフードの着いたカーディガンを羽織りることにした。

パンツの上には、中がズボンになった膝丈の巻きスカートを考えていた。

そして、最後の靴。正直、ラバーソールのしっかりした運動靴希望だが、ここは、平民が掃いている靴の素材をグレードアップした物を準備してもらうと思っていた。

そして、肌に直接触れるTシャツとヨガパンツは、触り心地を考えて、綿。カーディガンも綿だが、タオル生地のローブにボタンをつけて裾はスカートが隠れるロングカーディガンにしてもらう。カーディガンの腰の位置には、ラインの調節ができるように紐も着けてもらう。

京子さんの世界で人気だったモコモコで可愛い部屋着をアリシアは、イメージしている。

巻きスカートは、膝上で短めだが、カーディガンを羽織れば、分からない。素材は、裏地は着けずにコットン多めのコットンリネンにしてもらおうと思っていた。


「シャノンが来たら、私も一緒に見ていいかしら?」

そう、母親にきかれてアリシアは、アリシア(自分)でスケッチした運動着のページを開いて、母親に、スケッチブックを渡した。

「今、見ていただいても、大丈夫ですわ。」

アリシアは、無表情ではあったが、得意そうな様子で、エリザベートに言った。

得意気な娘が可愛いと思う一方で、差し出されたスケッチブックに書かれた絵を見たエリザベートは、複雑な気分になった。

どうみても、公爵令嬢が着るにはふさわしくなかったからだ。

「ねえ、アリシア。この服は何をするための服なのかしら?」

内心の動揺を悟られないよう、美しい笑みを浮かべたまま、エリザベートは、アリシアに聞いた。

アリシアは、胸の前で手を組み、祈りを捧げるようなポーズのまま、顔をふせた。

「お母様、わたくし、先日、フィルとジョンと一緒にお庭でかけっこしましたの。」

脈絡のない話をききながら、ますます、訳が分からずエリザベートは、笑みを深めた。

「わたくし、残念なことに、運動能力が人より劣るようですの。」

この世の終わりの事のように話すアリシアに、エリザベートは、黙って話をきき続けた。

「その上、体力もありませんでしたのよ。

お母様、わたくし、このままでは、お茶会にデビューできても、夜会では、ダンスも踊れず恥をかくでしょう。」

さながら、神父に告解する罪人のようなアリシアの真剣な声に耳を傾けながら、エリザベートは、娘が何を言わんとしているか、何となく分かった。

「アリシア、ダンスの練習は、ドレス行うものですわ。」

「お母様、それは、存じております。ただ、わたくし、いまのままでは、体力が無さすぎて、ダンスのレッスンに耐えられないと思いますの。せいぜい5分が関の山ですわ。」

ダンスのレッスンに5分しか耐えられないと自己申告する娘の顔を見ながら、エリザベートの頭の中には、夫のカールが浮かんでいた。

何を隠そう、カールはダンスが下手なのだ。そのうえ、体力もない。

恐らく、カールも体力がなく、幼少の頃からダンスのレッスンを、ほとんど受けてこなかったんだろうと、娘の話をききながら、エリザベートは、今更ながら納得していた。

「ですから、その、わたくし、体力作りをかねて、フィルとジョンと護身術を学ぼうとおもいますの。この服は、護身術の訓練(あとは、運動や護身術の自主練習)の時に着ようと思いますわ。」

アリシアは、顔を上げ、母親の目を見つめた。


最初、スケッチブックを見たとき、平民と遊んでいるために、何か良くない影響を受けたのではないかと、エリザベートは、心配していた。

今更ながら、平民と遊ぶのをやめさせようかと思ったくらいだ。

しかし、娘は己をきちんと理解したうえで、このスケッチを描いたのだ。

そう思ったエリザベートは、アリシアを、もうしばらく見守る事にした。

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