謹慎は終了するも、いまだ外出はできず
プリンアラモードがデザートに出された翌日、アリシアは、父親によばれた。
最近は倒れることなく、魔法も使わず(ただし、魔素神経の定着と、魔力増加には勤しんでいるが)、平民の友達(と言う名のお世話係)に勉強は教えているが、概ね良い子に過ごしていると、アリシアは自負している。
なのに、よばれたには理由があるはずと、一人部屋で怯えた。
ただならないアリシアの様子を見て、グレタは、以前の人形のようなアリシアに戻ってしまうのではと、心の中で心配していた。
「行きたくない、行きたくない、行きたくない、行きたくない、行きたくない、行きたくない」
アリシアは、心の声を盛大に漏らした。
リタは、苦笑しながら、言った。
「お嬢様、心の声がお口から漏れておりますよ。」
「うっ、だって、行きたくないのですわ。」
アリシアは、うなだれるように言った。
少し前とは異なり、最近のアリシアは、顔色も良く、表情にも変化がみられるようになっていた。
しかし、アリシアは、朝食の席で、公爵から呼び出しを受けてから、以前のように顔色も悪く、人形のように無表情で黙りこんでいた。
アリシアに関心を寄せてなさそうに見えるが、アリシアの両親は、両親なりにアリシアを愛していた。
ただ、貴族らしいドライな態度しか取らないうえに、最近までは邸にいることもなかった。
アリシアにしてみたら、公爵夫妻は、血はつながっているが、使用人以上に他人であった。
髪の毛を燃やすまで、公爵夫妻は、親身に娘を心配することない、冷たい人達なのだと、アリシアは勝手に思い込んでいた。
しかし、京子さんのお葬式の後、公爵夫人が倒れるほどアリシアを心配していたことを知り、ロクに世話をしなくても、ロクに話をしなくても、あの人は娘に愛情を持っている母親だったのだと、驚いた。
それから、公爵夫人とは、しばしばお茶をし、一緒に刺繍をしてみたり、親子の交流をふかめている。
しかし、父親の公爵はなしのつぶてだ。
それが、突然、父親からの呼び出しを受けたため、アリシアは、ちょっとしたパニックを起こしていた。
「お嬢様、そんなに心配なされなくても、大丈夫です。旦那様は、ただ、お嬢様から、・・・そう、近況を聞きたいだけですよ。」
「近況?でも、わたくしの近況は、お父様もご存知のはずだわ。」
アリシアは、そう言うと、最近の自分の生活を思い返した。
邸の中で過ごすアリシアには、やはり、父親に呼び出される理由は思いあたらなかった。
「・・・やっぱり、わたくしが、平民と過ごすことに反対なのかしら?でも、今さら、それは困りますわ。だって、わたくし一人で家庭教師の授業を受ける自信がありませんもの。」
最悪のシナリオを想定して、アリシアは、先ほどよりもさらに血の気を失った顔で震えだした。
グレタは、優しくアリシアの手を握り、アリシアと目線をあわせるために、その場にしゃがんだ。
それから、アリシアの目をみながら、言った。
「お嬢様、旦那様は、一度お約束された事は違えません。だから、そんな事は心配されなくても大丈夫でございます。」
アリシアは、グレタの目を見つめてから、視線を外しうつむいた。
そして、小さく言った。
「ねえグレタ、一緒に、行ってもらえるかしら?」
「もちろんです。グレタがお供しますから、大船にのった気持ちでいてください。」
グレタは、アリシアに優しく言った。
コン、コン
「お嬢様、ハンスでございます。お迎えに上がりました。」
ノックの後に、父の従者の声が聞こえた。
アリシアは、真っ青な顔で、グレタを見上げた。
グレタは、ニッコリ笑い、アリシアの手をとった。
「さぁ、お嬢様、参りましょう。」
アリシアは、諦めて力なく頷き、グレタに連れられてハンスの後ろをついていった。
ハンスは父親の書斎のドアをノックした。
コンコン
「旦那様、お嬢様をお連れしました。」
「入れ」
父親の返事の後、アリシアはグレタとともに、部屋へ入った。
ハンスは、従者として、すぐに父親の後ろに下がった。
ハンスが公爵の後ろに控えるのを見て、グレタもアリシアの手を放し、後ろに下がろうとしたのだが、しかし、その手をアリシアは、頑として放そうとはしなかった。
「アリシア、何をしている。コチラヘ来て早く座りなさい。」
父親から急かされるも、やはりアリシアは、グレタの手を放さない。
娘の様子に、父親の公爵は、ため息をつき言った。
「グレタも一緒に座りなさい。」
父親の言葉に、アリシアは、嬉々とした様子で、グレタの手を引っ張って、ソファに座らせた。
アリシアとグレタ、二人が座り終わったのを見て、父の公爵が話し始めた。
「アリシア、どうだ最近は、何か変わった事はないか?」
「はい、お父様、お陰様で恙無く過ごしております。」
能面のような表情のまま、抑揚のない声でアリシアが返事をした。
公爵の前に座っている愛娘は、以前の娘と変わらなかった。
「うっ、そ、そうか。何か困ったことがあれば言いなさい。」
公爵は、つまりながら言った後、さらに続けた。
「そうだ、アリシア。昨日食べたプリンなのだが、発案したのは、お前と聞いたが、本当なのかい?」
「わたくしが見た、(京子さんの)夢の中に出てきたお菓子ですわ。」
アリシアは、相変わらず、無表情のまま質問に答えた。
「夢で見たのか?」
公爵は、驚いて言った、
「さようでございます。」
アリシアは、相変わらず表情を変えず答えた。
「京子さんの夢で見た」より正確に言うと、アリシアの潜在意識下で持っている京子さんの記憶が甦ったのだ。
とは言え、京子さんの記憶が戻っても、アリシアの意識が京子さんに乗っ取られるワケではない。
アリシアは、どこまで行ってもアリシアなのだ。
そして、記憶のよみがえり方も特殊だ。
アリシアが全く知らない記憶はよみがえらない。
そのかわり、アリシアが夢で見たエピソードや、内容に関するワードについては記憶がよみがえる。
観た映画やドラマの中に出てくる知らないワードをGoogleやウィキペディアで調べると言うのが、一番近いかもしれない。
アリシアが、京子さんの人生を夢で見る。その夢の中は、この世界に存在しない物が溢れている。
それが、例えば、自動車だったり、飛行機だったり、スマホやパソコン、アリシアの世界に存在しない科学の叡知だ。
アリシアが調べようと、父親の書斎をひっくり返しても答えは絶対に出てこない。
そう言うモノ達を京子さんの記憶が教えてくれる。
例えば、自動車については、《自動車ができる前は、京子さんの世界でも貴族は馬車にのっていた。
今では、日常的に、馬車に乗って生活する人はいない。皆、自動車や、電車など、の乗り物を使う。
しかし、京子さんの世界に馬車がないワケではない。
王族の冠婚葬祭のパレードや、民間の結婚式など一部のイベントでは、今でも馬車が使われる。》と教えてくれた。
こんな具合に、京子さんの知識はアリシアの持っている知識に関連しながら京子さんの世界のことを優しく教えてくれるのだ。
そして、アリシアが最近見ている夢は「プリン」シリーズだ。
ある日は、京子さんがプリンを作るところ。また別の日には、ケーキ屋さんでケーキと一緒にプリンを買っているところ。そのまた別の日には、姪っ子ちゃんが美味しいと言っていたコンビニのプリンをチェックしているところ。
もちろん、アリシアがこの世界の物を、京子さんの記憶で検索すると、その物の記憶もよみがえる。
そうしてよみがえった記憶の一つが、平民に処刑されたとか言う王妃様の話である。
アリシアから京子さんの記憶を呼び出すためには、アリシアの世界と日本に同じモノが存在するのが前提である。
アリシアの世界に魔法が存在する事を知って、車や飛行機の燃料として魔力が使えないか、京子さんの記憶を検索したところ、ネズミが魔法に失敗して部屋中水浸しになるイメージが、延々と流れ続けた。
逆に、賢者について検索した時にヒットしたのが、魔法使いの少年が活躍するファンタジーの物語だ。
ファンタジーの物語は他にも沢山存在し、神様と人間の子が活躍する物語や、魔法の指輪を巡る物語、英雄王とその騎士達の物語・・・。
京子さんの世界では、魔法も神様もファンタジーと呼ばれる物語の中にのみ存在した。
だから、アリシアは、アリシアの世界にも魔法はないと思っていた。
そのため、京子さんが生きていた世界と違って随分不便なところに生まれてしまったと、京子さんを思い出した当初、アリシアは、神様を恨めしく思っていた。
父親は、何か考え込むように言った。
「そうか、夢か。」
京子さんの事を考えていたアリシアは、不意を突いた父親の声に驚き、ソファに座ったままビクりとした。
グレタは、隣でアリシアが、ビクりとしたことに気付き、アリシアを落ち着かせようとそっと背中を撫でてくれた。
アリシアがビクりとしたのを見て、公爵は悲しそうに言った。
「私は、アリシアが嘘をついていると思っているわけでもないし、怒ったりしないから、怯えないでくれ。」
「お父様、わたくし、その、・・・お父様がわたくしを嘘つき呼ばわりして怒ろうとしていると思ったワケではございませんの。ただ、他の事を考えていたので、お父様の声に驚いてしまいましたの。」
アリシアは、そう言うと、父親の前で初めて、恥ずかしそに笑った。
初めてアリシアの笑顔をみた公爵は、あまりの愛らしさにさらに親バカをさらに、さらに拗らせ、アリシアの頼みなら、なんでも叶えてやると心に誓ったのは、言うまでもない。
「そうか、私は、アリシアに恐がられているんじゃないか、心配してい‼️たんだ。」
うれしそうに言う父親にアリシアは一瞬顔を強ばらせ、すぐにいつもの無表情に戻った。
公爵は、アリシアが顔を強ばらせた事には気づかなかったが、ハンスは、アリシアの一瞬の表情の変化を見逃さなかった。
公爵があまりに嬉しそうなため、アリシアが、やはり父親を苦手に思っていたことを、主人には秘密にしようと、優秀な従者は心の中で思った。
「それでアリシアは、何を考えていたんだい?」
まさか、京子さんについて考えていたとは言えないため、アリシアは、自分の希望を口に出してみた。
「お父様、わたくし、街へいってみたいです。フィルやジョナサンがどんなところで生活しているのか、知りたいのです。」
公爵は、アリシアに何かねだられるかも、とは思っていたが、街へ行きたいと言うとは思わず驚いた。
「それは、難しい。・・・その変わり、謹慎は、終了にするから、邸の敷地内ならば、どこでも好きに散策すると良い。」
公爵はニッコリ笑い言った。
「お父様、謹慎をといてくださり、ありがとうございます。」
アリシアは、無表情のまま、父親に感謝を伝えた。
『フフフフフ、やりましたわ。これで体力測定ができますわ』
アリシアは、心の中でガッツポーズを作った。
家の中はどこでもフリーパスと言う生活であったので、本当のところ、謹慎と言ってもアリシアは何の不便もしていなかったが、現在進行形で、アリシアは、自分の能力を確認中なのである。
残すチェック項目は、運動能力だけである。
今のところ、アリシアが京子さんに勝らずとも劣らないのは、勉強のみである。
その他は、絵も、刺繍も京子さんの技術には遠く及ばない。
その事実に打ちひしがれて、編み物などには手を出していない。
ちなみに、この間、厨房に入ってみて、アリシアはプリンを自分では作れない、と言うことを体感した。
信じたくないが、恐らく、アリシアの運動神経も京子さんには、遠く及ばないだろう・・・
アリシアにとって、神様はどこまでも残酷で、現実はひたすら厳しいのだ。
それでも、謹慎をといてもらえたのは僥倖である。
そろそろ、フィルを邸内に留めておくのも限界になってきた。
外に出られるようになったのだから、アリシアの体力測定をするついでに、今日は二人にも体育の授業を受けてもらおうと、アリシアは、さっそく今日のカリキュラムを考え始めた。
公爵は、これ以上娘を引き留めても、アリシアの表情が変わる事がないと思ったのか、アリシアを解放してくれた。
ハンスに送られ、父親の部屋から出たアリシアは、その日、一番の清々しい笑みを浮かべて部屋に戻って行った事を、優秀な従者のハンスは、主には決して伝えず、必ず墓場まで持っていこうと心に誓ったことは、言うまでもない。




