賞品プリンの行方 (1)
教育に目覚めたアリシアは、フィルを落ちこぼれにしないための秘策を考えた。
それが、今回の授業だ。
題して《どっちのレシピが美味しいでしょう!?》である。
真面目に頑張らないフィルに怒り狂う度に、罪のない文房具に当たり散らすのは、文房具にも、文房具を作った人に、とっても申し訳ない。
『それに、勉強とは自主的に取り組んで、初めて身に付くものですもの。』
もし、アリシアの心の声をジョナサンがきいたら、「自主的とは?」と思わなくもない事を、アリシアは思っていた。
とにかく、アリシアは《自主的に》フィルが勉強を頑張れるよう、鼻先に人参をぶら下げた馬のような状態を作り出したのだ。
今回の授業は、文字通り《美味しい授業》なのだ。
何をするかと言えば、今日は、皆でプリンを作る。
プリン作りの後に材料と、レシピをジョナサンとフィルに写してもらい、プリンの材料とレシピを覚えてもらうのが、本日の宿題だ。
さらに、明日、何も見ずにプリンの材料とレシピを書き出してもらい、二人が作ったレシピを元に、厨房でプリンを作ってもらう。
美味しいプリンを作れたレシピが勝ちである。
そして、勝者は、サムの作った蕩けるプリンをお土産に持って帰れる、と言う素敵な内容なのである。
もちろん、ドローの場合は、二人とも、蕩けるプリンをお土産にできる。
もちろん、サムは、まだ、自分がプリンを作らされることは知らない。
『わたくしが生きる世界は、頑張ったら、報われる世の中であってほしいですわ。』
アリシアの世界は結局、アリシアのアリシアによる、アリシアのための世界に他ならないようだ。
「フム、フム。」
エプロンドレスを着た姿を鏡に映して、アリシアは満足気に頷いた。
もともと、アリシアは、サイズがあればメイドのお仕着せを着ようとしていた。
「だって、厨房に入るなら、こんなドレスは邪魔になりますわ。」
したり顔で言うアリシアを、リタは目を真ん丸にして見た。
グレタは、メイド服云々を聞かなかったことにして、華麗にスルーした。
「このグレタが、シンプルで動きやすいエプロンドレスをご用意します。ですから、お嬢様も明日を楽しみにしてください。」
そう言って、グレタは、ニッコリ笑った。
『なんてこと!それは平民が着る服ではなくて?ソレを用意してもらえれば、いつか、フィルとジョナサンと街にいけるわ。』
エプロンドレスを用意してもらえると聞き、アリシアは、軟禁中であることを忘れ、一人ほくそ笑んだ。
もちろん、ジョナサンもフィルも、アリシアの野望は知らない・・・
と、言うワケで、形から入りたいアリシアは、今日はいつもきているフリフリゴージャスなドレスではなく、平民仕様なエプロンドレスを着ているのだ。
何も知ずにジョナサンとフィルがやってきた。
アリシアが似合わない平民の服を着ていたのを見て、ジョナサンは目を見開き、フィルは、爆笑したうえに
「似合わねえー」
と余計なことを言った。
アリシアは、すかさず持っていた紙の束で、フィルの頭をはたいた。
「たとえ似合っていなくても、言い方があるでしょ?それを『似合わねえ』とは、どういう了見ですの?」
アリシアに、はたかれ続けるフィルはうめき声をあげた。
「何だよホントのことだろ?嘘つくより良いじゃん。」
フィルの物言いに、さらに力をこめて、アリシアはフィルをはたいた。
「嘘ではなく、女性への配慮ですわ。事実だとしても、相手を傷つける言い方しかできないのでは、将来、誰もお嫁にきてくれませんわよ」
そう言い、ありしあは、心行くまでフィルをはたき続けた。
ようやく、気がすんだアリシアは、ここで、本日の予定を発表した。
「二人とも、今日はプルンと美味しいプリンを作ってもらいますわ。」
初めて聞いた『プリン』と言う単語に、ジョナサンも、フィルも、ポカーンとした。
「え、えっと、アリ、プリンって何?」
ジョナサンの遠慮がちな質問に、アリシアはニヤリと笑い答えた。
「卵と、牛乳、クリームとお砂糖で作ったお菓子よ。プルンとして美味しいから、楽しみにしていらして。」
そう言うと、グレタとリタに先導してもらいながら、アリシアは、二人を連れて厨房へ向かった。
厨房では、すでにディーンが準備を整えてくれていた。
「ディーン、紹介しますわ。ジョンとフィルです。」
アリシアは、二人をディーンに紹介した。
「ジョナサン=ベリムです。今日はお世話になります。」
ジョナサンは、礼儀正しく挨拶をした。
「オレはフィルだ。よろしく。」
アリシアは遠い目をして思った。
『フィルは、自己紹介をしてもフィルですのね。』
遠い目をしたアリシアの様子にクスリと笑い、ディーンは二人に挨拶をした。
「オレはディーン=アラミスだ。危ないことは、オレがする予定だけど、厨房には刃物もコンロもあって、危ないものが多い。くれぐれも、ケガをしないように、気をつけるんだぞ。」
そう言うと、ディーンは、二人にエプロンを渡した。
二人とも、文句も言わずに、エプロンを受け取り、黙ってつけた。
二人がエプロンをつけ終えたのを見て、アリシアは、二人に手を洗うように言った。
エプロンをつけ、手を洗い終えたら、プリン作りスタートだ。
まず、二人でヤカンに水をくみ、湯煎で使うお湯の準備をしてもらう。
もちろん、ヤカンを火にかけたのは、ディーンだ。
それから、ジョナサンとフィルの二人にキャラメルソースの鍋を一瞬冷やすための水もボールに汲んでもらう。
下準備が整ってから、アリシアは、カラメルソースを作るために、ディーンにお砂糖をいれたお鍋を中火で火にかけさせた。
「ディーン、お砂糖は端によせて、お鍋の真ん中はあけておくのよ。じゃないと、お砂糖が焦げ付いちゃうから。」
「分かりました。任せてください、お嬢様。」
お砂糖が溶けて甘い匂いがひろがった。
鼻をひくひくさせながらフィルが言った。
「すげー、いい匂い。」
アリシアは、砂糖の色が変わったのを見て、次の指示をディーンに出した。
「さっとかき回して、火を止めてください。それから、お水をヘラから流し入れてから、かき混ぜて、お鍋の温度をさげるために、お水をはったボールに一瞬だけつけてください。」
アリシアの指示を聞いた後、ディーンは、出来上がったキャラメルソースをまぜながら、聞いた。
「お嬢様、この液体をどうするんですか?」
アリシアは、鉄板に並べた淵の高いココット皿を指して言った。
「このお皿の底が隠れるくらいの量を、全部に注いでください。」
ディーンは、小さめのココット皿に慎重にカラメルソースを注いでいく。
「いい感じですわ。」
ディーンの作業を見て、アリシアは、嬉しそうに笑った。
ディーンがココット皿にカラメルソースを全部注いでから、今度は、ジョナサンとフィルに、牛乳とクリームとバニラビーンズを鍋にいれるよう、アリシアが指示を出した。
ジョナサンとフィルが用意した牛乳とクリームとバニラビーンズが入ったお鍋は、ディーンが弱火にかけ暖め始めた。
ディーンにお鍋を渡すと、ジョナサンとフィルは、今度は卵を泡立て始めた。
二人が卵とお砂糖をまぜ終えてから、卵が固まらないように、ディーンが卵に温めた牛乳、クリーム、バニラビーンズをゆっくり加えながら混ぜていった。
混ぜ終えたプリン液をザルでこして、ジョナサンとフィルが、お玉で出来上がったプリン液をココット皿に注いでいった。
最後に、ディーンが底にフキンをしいた蒸し器にココット皿を並べ、お鍋にお湯をはり、プリンを蒸していった。
プリンが蒸し上がるまでの間、アリシアが用意したプリンのレシピを、アリシはジョナサンとフィルの二人に写させた。
「今日の宿題は、このレシピを暗記することです。明日、覚えているか、試験します。」
「え~」
フィルが不満気な声をあげた。
「ちょっと、最後まで聞きなさい。続きがあるんだから。」
アリシアが、フィルに言った。さらに、アリシアは、言葉を続けた。
「それから、二人が書いたレシピで、厨房の人にプリンを作ってもらいます。できたプリンは邸の人に食べ比べてもらいます。美味しいプリンを作れたレシピが勝ちです。そして、勝者には、ご褒美があるのです!料理長が作ったプリンをお土産にできます!」
「おぉ~。」
フィルのテンションが上がった。フィルは、厨房に広がるプリンの匂いに鼻をヒクヒクさせて、叫んだ。
「だって、このプリンってヤツ絶対、旨いじゃん!オレ、頑張ろ」
『うまく行きましたわ。』
アリシアは、1人、ニヤリと笑った。
「ちなみに、どちらのレシピを、誰が書いたかは秘密です。二人が書いたレシピは、グレタとリタが口頭で料理人に伝える予定です。正確に書かないと、美味しいプリンはできません!頑張って覚えてください。」
フィルは、お土産に夢中で途中からアリシアの話を聞いていたか、怪しかったが、何度も、何度も、アリシアの書いたレシピと自分が写したレシピを見比べ、誤字脱字がないか、確認していた。
そして、とうとう、プリンが蒸し上がった。
とは言え、出来立ては熱い。
あら熱がとれるまでの20分間、プリンの回りをソワソワとうろつくフィルを見ながら、アリシアとジョナサンは座って待っていた。
ふと、アリシアは、ジョナサンが写したレシピが目に入り、感嘆の声をあげた。
「まぁ!?」
さすが、ジョナサンである。
ジョナサンは、アリシアが書いたレシピとあわせて、お湯を沸かすや、ボールに水を汲むとか、事前準備も、料理の順番としてレシピにくみこんでいた。
さらに、蒸す時の注意点など、実践中にジョナサンが必要と思ったポイントもしっかり書き込まれていた。
「やっぱり、ジョンは賢いですわね。」
アリシアに誉められ、ジョナサンは、照れ笑いを浮かべた。
ようやく、待ちに待った試食の時間。
まだ、温かいプリンをスプーンにすくって口に入れる。プリンは、プルンとした感触の後、アリシアの舌のうえで蕩けていった。
ジョナサンは、食べたことない食感と、優しい甘さに、目を開いた。
グレタとリタも、お相伴にあずかり、笑いあいながら楽しそうにプリンを味わった。
『う~ん、コレですわ。コレ!』
アリシアが、1人で悶えるなか、フィルの雄叫びが厨房にこだました。
「うめ~、何だこれ、旨すぎ」
はやばやと、自分のプリンを食べてしまったフィルは、新しいプリンに手を伸ばそうとしたところ、料理長サムのゲンコツが落とされた。
「何だよ、オレが作ったんだから、もう一個くらい良いだろ!」
ゲンコツを落としたフィルは、サムに文句をたれた。
「何言ってんだ坊主。残りは厨房の奴らの味見ようだ。」
そう言って、サムは、プリンを自分の口に入れた。
「こ、これは・・・」
「料理長、お口にはあいましたかしら?」
プリンを一口食べて固まって動かなくなったサムに、アリシアは声をかけた。
「旨いです。」
そう言いながら、噛み締めるようにプリンを食べた。
厨房の料理人達も、プリンの美味しさに感動して、さっさと食べてしまった者は、同僚のプリンを狙っていた。
皆が美味しそうに、プリンを食べているのを見て、アリシアは、嬉しかった。
モチロン、京子さんが食べていたプリンと違い改良の余地があると思う。
改良するのは、アリシアの仕事じゃない。
プリンを食べ終った料理長は、アリシアに向き直った。
「お嬢様、このプリンってヤツのレシピは、オレにも開示してもらえませんか?」
真剣な視線をアリシアに向ける料理長をみて、アリシアは心の中で小躍りした。
『フフフ、笑いが止まらないとは、この事ですわ。こんなにうまくいくなんて。』
アリシアはポーカーフェイスでサムを見て、言った。
「それなんだけど、料理長にお願いがありますの。」
「お願いですか?」
「ええ。実は、明日、この二人が書いたレシピを使って、二人の料理人にプリンを作って欲しいの。」
「それは、別に良いですが、作ったプリンはどうするんですか?」
「邸の人に、どちらが美味しいか、食べ比べていただきますわ。そして、皆さんに、どちらがおいしかったか、投票してもらいます。得票数の多い方が勝ちで、勝者への賞品として、料理長にプリンを作って欲しいんですの。」
「それは、良いですが、同点だった場合はどうするんですか?」
「同点なら、二人ともにプリンをお土産にしていただきます。」
サムはニヤリとした。
「他でもないお嬢様の頼みですから、やりましょう。それで、作る人間は誰でも良いんですか?」
「公平をきしたいので、ディーン以外なら、誰が作っても良いですわ。後、今日は出来立てを食べましたが、冷やしても美味しいと思いますので、もしデザートとして出してくれる機機会があれば、生クリームやフルーツをプリンのうえに飾ってくださいまし。」
アリシアは、自分の希望もちゃっかり伝えながらサムにレシピを渡した。
こうして、第一回《どっちのレシピが美味しいでしょう!?》が開幕することとなった。




