【閑話】安寧を願う
5月23日から毎日アップを初めて、月がかわりました。
片手で数えるほどの閲覧者しかいないだろうと思って書き始めましたが、そんなことなく、毎日読みに来てくれている方、いいねや、ブックマークしてくださっている方、とても嬉しいです。
今日は、皆様への感謝をこめて、特別版として、本編とは別の閑話もアップします。
閑話は、時々、気が向いたら、書きたいなと思います。
長い話になる予定ですので、末長く宜しくお願いします。
長く一緒にいたグレタからみたアリシアについて書きました。
グレタは、6人兄妹の3番目で、お兄さんとお姉さんがいる次女です。
グレタは、疲れて寝てしまったアリシアをベッドに運んだ。
嫌な夢は見ていないようで、アリシアの寝顔は、穏やかそのものだった。
アリシアをベッドに運んでから、グレタは、アリシアが作業していたテーブルを片付けにきた。
そこには、明日、厨房で作る予定の食べ物の作り方が書かれてた紙が散乱していた。
アリシアは、このお菓子を夢で食べたと言った。
『それを再現したいだなんて、お嬢様は、時々、賢い頭の使い方を間違えてる気がするわ。』
グレタだって、夢でご馳走をたべたり、美味しそうなお菓子を食べたりする。しかし、再現しようとは、一度も考えたことないし、ましてや、再現できるとも思ったことはなかった。
アリシアが書いた紙をまとめて、束にしたあと、グレタは、アリシアが寝ていることを確認し、アリシアが翌日袖を通すエプロンドレスの準備をしてから自分の部屋へ戻った。
グレタは、その日、アリシアから料理の事をきいて、随分と驚いた。
「お嬢様が、料理を作られるんですか!?」
一緒に話を聞いていたリタは、思わず叫んでしまっている。
「正確に言えば、私ではなく、ジョナサンとフィルと厨房にいる料理人の誰かだけど、作り方はわたくしが指示するわ。」
そう言うと、アリシアは、紙に材料と、用意するものを書き始めた。
平民に勉強を教えると言った時にも驚いたが、今度は料理とは、アリシアの想定外な行動にグレタは、目眩を覚えた。
『でも、お嬢様は、自分できめたら、絶対に、諦めない。黙って見守るしかないわ。無理をしなければ良いのだけど・・・お嬢様が倒れる所は、みたくないもの。』
ため息をつき、アリシアが書いた材料と用意する物をみたグレタは、リタと顔を見合わせた。
書かれた材料で、甘い味の特大のオムレツができそうだったからだ。
特大の甘い味のオムレツをリタと二人で食べる未来が見えた気がして、グレタは身震いした。
「お嬢様、いったい、何と言うお菓子の材料なのですか?」
グレタは、頭に浮かんだ恐ろしい未来図を振り払うよう首を振り、恐る恐る聞いた。
「プリンと言うお菓子よ」
意気揚々と答えるアリシアに、二人の頭の中に、特大のクエスチョンマークが浮かぶ。
「お嬢様、プリンとは何ですか?」
今度は、リタが聞いた。
「(京子さんが)夢の中でたべていたの。美味しそうだっはたから、検証することにしましたの」
夢の話しと聞いて、グレタの表情が曇った。
アリシアは、これまで、何度も覚えていない悪夢にうなされていた。
何年も、悪夢に苦しむアリシアを見てきたグレタは、アリシアが、また、何か嫌な夢をみたのではないかと、心配したのだ。
「心配しないでグレタ。これは、美味しいお菓子を食べる楽しい夢だったのよ。とっても美味しそうだったから、二人とも、明日を楽しみにしてて。」
自信満々でアリシアは、作業に戻った。
グレタは、夢の話を聞き、アリシアのメイドになった頃の事を思い出した。
グレタの目から見たアリシアは、物静かで、大人しく、穏やかな子供だった。
イヤ、本当は、無表情で、自分からはあまり話さず、感情を表に出さない子だった。
その原因を、グレタは、悪夢のための不眠症のせいだと勝手に思っていた。
実際、グレタがアリシアを起こしに行くと、アリシアはうなされていたり、綺麗で愛らしい顔を恐怖に歪めていたり、目から涙が溢れていたりした。
そんな調子で、ゆっくり熟睡できないアリシアは、目覚めても血の気がない青白い顔をしていた。
青白く生気のない顔をしているアリシアは、光のあたり具合で、人形に見えることもあり、時に、使用人達を驚かせた。
寝不足で顔色が悪く、フラフラしていても、アリシアは、毎日、邸内を徘徊し、部屋に閉じ籠っていたりはしなかった。
アリシアが、邸内を散策し、誰か(大抵は、ディーン)に保護された所をグレタが迎えに行く言うのが、お決まりだった。
発作が起きるほど人見知りを拗らせているのに、アリシアは、邸の散策を止めなかった。
グレタの雇い主である公爵夫妻も、心配はした。
しかし、今後、社交界へのデビューが必要になるアリシアの将来を考えたら人慣れは必要と、アリシアの行動を無理には止めなかった。
そんな、アリシアとグレタの付き合いは、アリシアがまだ母乳を飲んでいた頃に遡る。
留守がちな公爵夫人にかわり、アリシアにお乳を与えていたのが、グレタの母であるマーサ=スチュアートだった。
マーサがアリシアの乳母になったため、アリシアよりも、数ヶ月先に生まれたグレタの妹サーシャは、アリシアの乳姉妹として公爵邸で一緒に過ごす時間が長かった。
そして、当時12歳のグレタは、母の助手として、サーシャとマーサと一緒に公爵邸に出入りしていた。
マーサがアリシアにお乳を与えている間、グレタが妹サーシャの面倒を見ていた。
アリシアがお乳をのみ終えたら、マーサからアリシアを受け取りグレタがアリシアにゲップをさせて、寝かしつけていた。
まだ12歳だったが、弟2人の世話をしていたグレタは、慣れた手つきで、サーシャとアリシアの世話をした。
そうやって、アリシアは、完全卒乳までの間、マーサとグレタにお世話をされて、過ごしていた。
問題は、アリシアの卒乳後に起きた。
アリシアの卒乳後は、貴族出身の子守りがつく予定になっていた。しかし、アリシアがことごとく拒否した。
これまで、黙って、静かに、穏やかに生活していたアリシアからは考えられないほど、大泣きしたのだ。
アリシアは、誰が子守りとしてやって来ても力の限り泣きつ続け、静なのは、泣き疲れて寝ている時だけだった。
公爵夫妻は、困惑した。
ギュンター公爵領は、ダンジョンがある。
だから、いざと言うときは、貴族だ平民だとは言ってられない。
アリシアが成長したら、いずれ、平民に対する差別意識を持つかもしれない。
しかし、自分達も平民の乳で育ったと知っていれば、平民に対してそこまでの忌避感を感じないのではないかと考え、ギュンターの家では、代々、平民の乳母が採用されている。
乳母だけではない。邸の使用人の半分は平民だ。
さらに、ギュンター公爵領の騎士達にいたっては、7割近くが平民である。
そうした理由から、これまでの慣例に従って、アリシアの乳母も、6児の母であるマーサが採用されたのだ。
アリシアと子守り達による攻防戦は、何ヵ月にも及んだ。
結局、知らない人間に対するアリシアの拒否感が強すぎるため、公爵夫妻が折れることになった。
グレタをアリシアのお世話係として採用したのだ。
本当は、公爵夫妻が採用したかったのは、マーサだった。しかし、マーサの子供達の下3人は、まだまだ手がかかる。
ならば、グレタのすぐ上のサラを子守りにと言う話しもあったが、アリシアと面識のないサラを雇っても、結局、アリシアから拒否される可能性が高い。
そのため、抱っこされたら必ずアリシアが泣き止むグレタが選ばれたのだ。
グレタは、自分がアリシアの子守りとして採用されて、安心した。
これまでと同じように、自分がお嬢様に愛情を注いであげることができると。
グレタの妹サーシャはの喜怒哀楽のある、と言うか、良く笑う子だった。
一方のアリシアは、感情表現しない、と言うより、アリシアの美しいオッドアイには、何も映していないようだった。
グレタが、アリシアの顔の前で指を振れば、瞬きをするから、目は見えているはずだ。しかし、その眼差しは、何も映さずただ一点を見つめていた。
「お嬢様は、お寂しいのかもしれないね。ほら、この邸には、人は溢れてるけど、使用人だからね、お嬢様にはやっぱり遠慮ぎみなんだろ。」
グレタの母は言った。
そんなものかと、グレタが思っていたら、マーサは笑いながら、グレタが驚くようなことを言った
「他人事みたいに聞いてるけど、アンタだって、サーシャとお嬢様とでは、少し態度が違うよ。」
グレタは、アリシアに対してもサーシャと同じように接していたつもりだったのだ。
でも、母に言われて、確かに、グレタは、サーシャの頭を撫でたり、抱き締めたり、そう言う愛情表現をしていた事を思い出した。
そして、公爵令嬢であるアリシアに、平民の自分がそんな事をするのは、少し憚られる気がして、必要な事だけしかしてない事にも気づいたのだ。
グレタは反省した。
もしかしたら、アリシアは、サーシャと自分の扱いの差を見て、余計さみしくなったのではないかと・・・。
それから、グレタは、サーシャにする以上に、アリシアにかまった。
笑いかけ、アリシアお嬢様と名前を呼び、頭をなで、抱き締め、オンブして部屋を歩いたり、グレタが考え付く限りの愛情表現をアリシアにして見せた。
そして、グレタは、ある日アリシアの目に自分が映っている事にきづいた。
サーシャのように笑うことはない。それでも、アリシアがグレタを見て、時にはアリシアからグレタに寄ってくれるようになった事が嬉しかった。
アリシアが卒乳する時まで、グレタは、妹以上にアリシアに愛情を注いだ。
アリシアに子守りがつくことを聞いたグレタは、アリシアがまた以前のように戻ってしまうかもしれないと、ずっと心配だったのだ。
アリシアには、愛情深く世話をしてくれる人が必要だと、そうグレタは、確信していた。
グレタは、アリシアのメイド兼お世話係になるため、メイド長から行儀作法や、ギュンター公爵家のメイドとして恥ずかしくないマナーをみっちり教えられた。
とは言え、本来なら、アリシアの子守り求められるほどのレベルではない。
公爵夫妻は、平民のグレタを採用することで、アリシアのマナーや教養部分の教育が遅れることは分かっていたが、アリシアから敵を見るような目を向けられることに、耐えられなくなったのだ。
そう、赤子のアリシアには、どうしてかは、わからないけど、漠然と、両親がこの事態を引き起こしていることは認識していた。
自分から、マーサとグレタを奪っただけでなく、次々、不審者を近づけようとする悪いヤツだと、小さな小さなアリシアは、両親に対する不信感を募らせていった。
この事で、アリシアが未だに拭えきれない不信感を、両親に持ち続けているとは、公爵夫妻も思わないだろう。
そうして、グレタがアリシアのメイドになって、数年の日々が過ぎていった。
変化は、ある日突然やって来た。
それは、アリシアの目にある日、突然、グレタが映ったように、あまり表情筋を動かさず、笑わず、話さない、そして、人見知りの激しいアリシアが、また、少し変わった。
最初の変化は、フィルの祖父である老庭師との出会いだ。
「お嬢様、トムさんにお会いしたこと、ありましたか?」
アリシアの入浴を手伝いながらグレタは、聞いた。
「ないわ。でも、知ってる気がするの。」
グレタに向けたアリシアの顔は、庭師に向けていたニコやかな表情とは全く違うソレであたが、それでも、普段からアリシアを見ているグレタの目には、その日のアリシアはとても楽しそうに映った。
ちなみに、後日、アリシアとグレタは、絵本の挿し絵の老賢者を見て、老庭師に対してアリシアの発作が出なかったカラクリにきづいて、二人で顔を見合わせたのは、別のお話。
老庭師と出会い、良い変化があった翌日、再び、アリシアの精神が不安定になった。
涙を流し続け、泣きつかれて眠ってしまったら、今度は死んだように生気のない顔をして何日も眠り続けた。
邸の使用人達も、どうして良いか分からず皆、アタフタするばかりだった。
グレタは、リタと二人、様子がおかしいアリシアを心配し、泣いて過ごした。
結局、使用人達ではどうすることもできず、医者を呼び、最後には外交官として、外国へ行っていた公爵夫妻まで呼び戻す大騒ぎとなった。
それからのアリシアは、憑き物が落ちたような、清々しい表情をして過ごしていた。
これまで、ただ人形のような無表情で、息だけしていたアリシアの、笑って、怒って、落ち込む姿に、邸の他の使用人は安心し、喜んだ。
しかし、グレタは違った。アリシアの心と体に負担がかかっているのではないかと・・・
はたして、アリシアは、グレタの懸念通り、再び、倒れた。
アリシア自身も気付いてなかったが、これまでと違う生活は、グレタの心配した通り、アリシアの心にも体にも負担をかけていたのだ。
赤ちゃんの頃も、少し大きくなった今も、弱い自分と戦いながら、もがき、あがき続けるアリシアを見守ることしかできないグレタは、己の無力を嘆いた。
それは仕方がない事だ。グレタは、まだ17歳の子供だったし、しかも平民なのだから。
そんなグレタに、厨房で働く同僚は言う。
「お嬢様がどれほど心配でも、結局、オレ達はなにもできないし、替わってやることも無理だ。オレ達にできることは、お嬢様を見守って、いつもお嬢様の味方でいることだけなんだ。」
「それは、分かってる。でも、私、お嬢様が眠り続ける姿を見てたら、恐くなったんです。このまま、お嬢様の目が覚めず、死んでしまったら、どうしようって・・・」
辛そうに呟くグレタは、血の気のない、青白い顔で眠り続けるアリシアをおもいだした。そして、そんなアリシアを見ると、いつもグレタの心臓の鼓動が嫌な音をたてるだ。
そんな時、グレタは、いつもはロクに信仰もしていない神様にひたすら祈ってしまうのだ。
『どうか、お嬢様をお助けください。もう少し、お嬢様と一緒にいさせてください。』と。
「グレタさんの気持ちも分かるよ。でも、全部、お嬢様のためなんだよ。グレタさんの言う通り、お嬢様に心労を与えず、ひたすら健やかにすごしてもらうことだって、旦那様の力と財力があれば、簡単なことだろ?でも、結局、そうやって過ごしたツケをお嬢様が後で払うことになるんだ。」
グレタは、ため息をついた。
「コレは、避けては通れない道なのね。」
「そうだ。避けようとしたら、もっと酷い目にあうことになる。貴族は舐められたら終わりなんだろ?今、最低限の人とだけ接する生活をしていれば、大きくなった時に、お嬢様は、本当に貴族としてやっていけなくなる。オレ達がするべき事は、お嬢様にそんな未来が来ないよう、今は心を鬼にしないといけないんだ。」
ディーンの言うことは、正しい。でも、・・・それでも、グレタは思う。お嬢様が心痛に悩まされることなく、穏やかで楽しく幸せでいれますように、と。




