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裏街バケモノカルト  作者: 楢木野思案
三・丑三つ時のにせものたち
35/40

8 君、呪われてるよ



「依頼人が嘘をつくのは初めてじゃない。僕らの信用も眉唾ものだろうし、そんなところに依頼するんだから何か抱えててもおかしくない。割り切るしかないってことさ」


 慰めにしては口数の多い、つまりはいつもの君月(きみつき)だった。

 相談所の扉を背にし、一瞬だけ外に出たためか、普段の外套は着込んでおらず寒そうにしている。と、そんなことを考えていたユユに「そうだよね、甘蔗(あまつら)くん」 と矛先が向く。

 いわずもがな(かなえ)の一件。「う」と気まずさにユユは指先を突き合わせ、ぎこちなさを抑えてへにゃりと愛想よく、


「かわいい顔してもダメですか、えへ」


「ふざける余裕はありそうで安心したよ。本当にマズそうだったら手は貸せるから、ヘルプサインは早めに出すこと。頼んだよ、特にアキくん」


 一人だけ名指しされたアキが「っす」と殊勝に顎を引く。昔話を持ち出された割にあっさりと流され、ユユはじとっと視線をアキに送った。ずるい、の意味だ。

 先輩とはいえ、確かにこの中だと一択だろうとはいえ。


 ──相談所前に呼び出された面々に対し、扉を開けてしげしげと見てきたかと思えば君月(きみつき)の第一声は、「まさか全員起きてるとはね。こんな夜更けに揃ってどこ行ってたんだい?」である。

 なんだかふざけていて、近所でばったり会った知り合いとの世間話かのような出だしだった。


「アンタが呼んだんでしょ、つか」

(けい)さんいないんですか?」とアキとユユが続けざまに聞くと、


「上で作業してるよ。関係者が一階にいちゃ、やりづらいものもあるし」

 と、ユユが今の今まで知らなかった二階──君月と景が住んでいるらしく、勝手口から入れば上がれるそう──の情報をしれっと出したあと、必要になるまで何もユユに教えてくれない後出しジャンケン上司こと君月が扉を閉め、流れはそのまま立ち話になり。


 アキが今夜の計画と、そこから判明した依頼人・高嶺祥子たかね しょうこが見たであろうもう一つの『噂』について説明し、納得した君月の返しが「依頼人は──」という語りである。

 柔らかく念を押す君月の口調はユユからすると意外だったが、それが顔に出ていたのか彼は目ざとく、


「その感じ、もう腹は決めてるんだろ? だったらあとはやるだけやってみなよ、後始末とリスク管理は(うえ)の仕事だからさ、思いきって」


「……ええ、なんか」


「分かるわ。急にマトモなこと言われると混乱するよな」


「減給してやってもいいんだよバイト諸君」


 あっけらかんとした口調で爽やかにそう脅されれば、「じょーだんじゃないですか!」と媚びた笑みを浮かべてすり寄るのがユユ、アキは「いや俺はそういうとこ含めてかっけえって思ってるんで」と腕を組んでやたら頷いている。

 どちらにしても心にもないことを言うバイト二人に、(かなえ)が一人、呆れかえったため息をついていた。


「無駄話はこれくらいにして。ただ、その依頼人の捜索には一刻も早く向かうべきだろうね。今、美曙は貸せないんだけど」


「じゃ、俺行きます」


 真っ先に手を挙げたアキに君月が頷く。とはいえ、どこにいるか分からない人物を探すとなると、さすがに一人では──というのは流れた沈黙が示していた。というわけでユユが代表して、白羽の矢を引っ掴んで突き立てにいく。


「ほら、トウテツ」


「はァ」


「先輩と分担して探してきて。ユユは一人でだいじょーぶだから」


 無言を決め込んでいた無精な化け物に話を振る。後半は両手を腰に当てて、煽る口調でユユは言ってのけた。


 ──まさか、ユユを心配なんてするわけないよね。

 というからかいを含んだ水の向け方は、ふん、と息を吐いた鼎の表情を見るに正解のようだった。ユユが満足げに両腕を後ろで組む一方で鼎は気だるげに、


「その女ァ見つけたら一個貸しな」


「いーよ? 今までの分から一個減らしたげる」


「はッ」


 一笑したあと、悠然と歩き出した鼎の丸まった背を見送ると同時。「俺はこっち側探してきます」と改めてギターケースを背負い直したアキが相談所を離れていったのをユユは見送る。

「いってらっしゃい」と背後から聞こえてきたので見ると、君月が省エネ気味に手を小さく振っていた。防寒優先だ。

 ともかく、本題はここから。二人がいなくなってから、後ろに回していた手を前にもってきてユユは尋ねた。


「今、その中にいるって関係者が『牛が見える』っていう?」


「そ。甘蔗くんが入手してくれた連絡先から辿って、『TRIAINA』関係者の何人かと話したんだけど、そのうちの一人がどうもね──そういえば、おかげでこっちの調査は結構進んだよ、いい働きしてくれたね」


「ほんとです!? よかった、じゃない。どもです。ふふん」


「はいはい。じゃ、次も頼むよ」


 ちょっと嬉しかったのは内緒、とユユは内心で舌を出す。君月は目尻に笑い皴をにじませていたが、いいのだ。

 そんなところもユユは可愛くて、そしてお役立ちなのだから。



 ◆



「常に見えてるというよりはチラチラ映り込むって感じで、人といるときは紛れて見えなくなるんです。……ちょうど今もですね」


 机の上には湯気の消えたコーヒーカップが一つ。相談所の来客用ソファに座る男性は、恐らくはずっと張っていた気を抜くべく嘆息した。確か祥子も同じことを言っていたとユユは思いだす。


 勧誘用のリストに「マサト」と載っていたことから本人に繋がった、と言われた。

 黒髪にまだ皴の少ないスーツ姿、きちんと整えられた頭髪。ごく一般的な新人社会人といった風貌の生真面目そうな男性だった。

 と同時に、その控えめながら整った容姿には『TRIAINA』──ホストクラブを隠れ蓑にする団体の客の釣り手(・・・)として勧誘を受けていた、という経緯にも納得するものがある。


 そんな彼の憂いの表情に、あのホス狂いメイド・(おと)ちゃんが好きそうな顔だなあ、とどうでもいいことを考えたユユだった。その後すぐにちょっと反省。


「なるほど。それは恐らく、この街の特異性ゆえだろう。ちょっとした理屈があってね、その『牛』は君がここにいる限り、手を出せないのさ」


「それはっ! 何か、防げるお(ふだ)のようなものがあると!? いくらですか、入信が必要であれば──」


「落ち着きたまえ、残念だけどそんなものはない。もちろん、神宿(しんじゅく)注連縄(しめなわ)紙垂(しで)をちぎって持って帰ったとしても意味はないよ。──それにしても、誤解を恐れずに言わせてもらうと。まさしく呪い代行なんてものに頼りそうなお人柄だ」


 台詞と裏腹に、一度も誤解なんて恐れたことないであろう君月の好奇心に窄まる瞳と明らかに面白がっている口角に、隣でユユは白い目を向ける。

 最初の方は君月も同席する、という本人からの申し出にほんの少しほっとしたのも束の間で、そのとどまらないノンデリぶり。


 ──どうせなら景さんがいてくれる方がよかったのに、と恨めしそうにユユが文字通り天井を仰いだとき、男性が姿勢を正すザッという音がした。

 見れば、目を伏せた彼は不快感をあらわにするどころか、どこか苦しげに顔を歪めており、


「……そうですね。失礼を詫びます。自業自得だろうとは思っていますが、死ぬとまでは考えてもいなかったもので、多分、動揺が」


「えっと、最悪なのはこっちでした。ごめんなさい」


「なんで君が謝るんだい? 君はまだ話してもないのに」


「い、いえ。お気遣いなく」


 心底不思議そうな君月にかわって謝罪するユユ。しかし男性の表情は暗いままで、それは例えば謝られた謝られていないで変わるような類のものではなかった。

 ユユの気のせいだろうか。自戒か、自己嫌悪のようなものが、そこには垣間見えた気がした。


「っと、じゃなくて」


 まだ話してもない、確かに君月の言う通りである。

 だから一旦そんな考察は置いておいて、そういえばこの子は誰だろう──という当然の疑問を抱いていそうな男性に向かい合って、ユユはピシッと両手を膝の上に揃え、目をぱっちりと開ける。


「ユユは──じゃない、甘蔗って言います。このツインテと制服と、あとかわいいのは趣味なので、ごっことかじゃないです。ただのバイトですけど、頑張ります。よろしくお願いしま、いたします」


「あ、はい、どうも」


「あはは、何回瞬きしてるんだい。随分緊張してるようだけど、ともかく、マサトさん」


 まるでお見合いのごとく、ガッチガチに固まったユユのかしこまり具合を揶揄しつつ、君月がクロスした膝の上で悠然と手を組む。

 だってしょうがないですもんと言いたくなる口をユユはぎゅっと結んだ。


「彼女の質問にいくつか答えてほしいんだ。時間はそう長く取らせないし、最初に伺ったときは端折らせてもらったけど、僕らはその『牛』へ対抗しようとしている側でね。むしろ、君の役にだって立つかもしれないよ」


「本当ですか!? どうぞなんでも聞いてください、まだ……死ねないんです」


「うんうん。じゃ、僕はしばらく黙るから。パス」


「ぁ──はい」


 パス、と軽く放り投げられたボールを、両手でしっかりと受け止める気持ち。

 ユユは改めて男性に向きあうと、んん、と慣れない咳払いを一つして、頭の中の独り言を消化し終えてから。


「まず、『黒い牛』が見えるようになったのはいつからですか?」


「二週間前です。カナワ屋に呪いを代行しようと考え始めたときから、見え始めました。どういう風に見えるのかは、さきほど伝えた通りです」


「……カナワ屋に、誰を呪ってと頼んだんですか」


「──。彼女を半年前、轢いて逃げた男です。一命は取り留めましたが、どうしても許せなかった」


 言い切った男性の眉間に、色褪せない恨みのかたちをした皴が強く寄る。


 はっとした顔でユユは瞠目したが、瞬き一つしたあとは表情の切り替えにつとめた。声のトーンを下げるのは安心させるテクニック。しっかり目を見て、会話の間は自分が思っている以上に空けるのが大事。そう、覚えてきた。

『Divine♡』での二年間で受けてきた嫉妬は、その半分がユユの可愛さの、残り半分は接客スキルの証明──だと、今だけはそう思い込む。


「彼女さん、大事にしてるんですね」


「……他に、何も……ただ、手詰まりだったもので」


「分かります。ユユも、友達がってなったら考えちゃうなあって思いました」


 するりと出た言葉がユユの信条と相反していたのは、確かに揺れたからだと自分で実感する。計算ではなくユユは共感したのだ、間違いなく。


 ユユどころか彼にとっても思わぬ反応だったのか、マサトは凝り固まった眉を面食らうように上げたあと、困ったようにはじめて表情を崩した。


「住んでいる場所も知らないので、願いが叶ったどうかも分かりませんけどね。他に手段があれば、そりゃよかったんだろうなくらいは考えます。──後悔はしていませんが」


「え、分かんないものなんですね。……呪いたい相手の名前が必要だったと思うんですけど、それはどうやって?」


「SNSで見つけました。事故に関連した単語で検索したら、いかにも焦ったそいつの呟きがすぐに出てきて」


 ユユは首を傾げた。ネット上で探り当てたところで、その名前まで分かるものだろうか。考えてもしょうがないので、「まさかその人、本名でやってたんですか?」と率直に尋ねる。すると、


「あれ、甘蔗さんは本名でされないんですか」


「あんまりしないと思いますけど……」


 その戸惑った顔に、意外と天然なのかもしれないとユユは思った。今どきそう見ないタイプのSNSの運用方法。

 見るからに着慣れていないスーツからしても、歳はユユとそう変わらなさそうだというのに、お年寄りみたいなことを言うのが不思議だった。

 それはともかく、とユユは二度目の咳払いをして、


「えーと、カナワ屋についてはどこから知りましたか?」


「これもSNSで──いや、こっちはたまたま見かけたんでした。呟きが流れてきて、それで知りました」


「これが」とマサトが見せる画面に映っていたのは、どこか見覚えのあるアイコンの呟きだった。というか、さっき見た。


「この人、確か──ちょっと、すいません」


 涙目でうるうると訴えかける顔──ぴえん(・・・)の顔文字一つを添え、カナワ屋のホームページを全世界に共有しているネット上の誰か。

 画面を覗き込んで確認したその投稿日は、あの書き込みより前の日付。

『これやばい しらなかった』という投稿は、『お礼参り』について知ったがゆえの焦りの発言だったのだろうか。薄気味悪さの中に人間性を垣間見た、そんな気がした。


「甘蔗さん?」


「あ、ごめんなさい、ちょっと見たことある人で。あとは、『牛』が見え始めてから危険なことって起こったりしました?」


「特には……不思議だな、程度でした」


「じゃあ、神社に行ったときとかも」


「確か、何も起こらなかったかと思いますよ」


「うぇ、いやいいことなんですけど。あと、聞きたいのは……聞きたいことは」


 ユユは言葉に詰まる。用意してきた質問は今ので出尽くしていた。

 なぜならユユたちが調べ、把握している情報は全てネット由来。言い換えれば、そこはすでに掘り尽した鉱脈だ。

 やはりアキと鼎が祥子を見つけ次第、そこから直接話を聞くしかないのかと、自身の脳内を漁りつくしてユユは浮かない顔になる。


「……」


 別に助けを求めたわけではない。

 ではないが、行き止まりに俯く中でユユがちらりと見上げてしまったのは結局、君月だった。

 指を顎に添え、何やら含みのあるその表情。何か勘づいたらしいその人は、ユユの視線に気づくと薄く笑って口を開き、


「ん、もう僕は黙らなくても?」


「……ギブです。何か気づいてたら、ください」


「答えとヒントならどっちがいいかい」


「っヒントで!」


「ふむ。マサトさん、いつから牛が見え始めたと言ったかな」


「はい。確か、カナワ屋に依頼することを決めたときからですが」


「ありがとう。だってさ、甘蔗くん」


 改まって何を聞かれたのかと、マサトが怪訝な顔をしている。出番は終わりだとばかりにそれきり君月は口をつぐんだ。ヒントは出したから、後は自分で考えろということだろう。

 だから、考える。誰に認めさせるのでもなく、ユユ自身が自分で自分を認められるようになるため。考えて。

 かわいいだけはもうやめると決めたのだ、から。


「あ。これ?」


 一周回って頼りなさげに、ユユはぽつりと呟いた。分かってしまえば単純なことで、拍子抜けな──ただし、大前提からひっくり返ってしまう事実だ。

 おずおずとユユが首を回すと、待ち受けていたのは満足げに片目を瞑る君月の顔。その表情に確信を持つ。


「君月さん、もしかして」


「気づいたかい?」


「多分。……マサトさん。『黒い牛』が見えたのは、丑の刻参りに行く()からなんですよね」


 何を告げられるのかと身を引き気味にし、眉をひそめているマサトに、ユユは神妙に言う。頷かれて、確定した。つばを飲み込んだのは、果たして相手か自分か。


「こんな常套句を口にしたくはないんだけど──どうやら君、呪われてるよ。君自身が呪いをかける以前から、ね」


 相変わらずのもったいぶった言い回しながら、ユユの後を引き継いだ君月の宣告が、予想と合致していたために。

「……はい?」そう、寝耳に水だと呆気にとられる呪いの被害者に、どうやってこのあと彼が陥るであろう混乱を落ち着かせようか、ユユは心に留めることができた。

 どこかの派手な髪色の青年は、そんなこと全く考慮しないであろうから。



 ◆



 案の定の抗弁は、「そんなわけがない」という現実逃避の苦笑いから始まった。まずは事態が恐らく急を要することもあり、事実を受け入れてもらうところから始める必要がある。しかしそう思われたとき、彼はぽつりと言ったのだ。


「いや──そうか。自分が対象になるのは納得いかない、なんていうのは虫がいい話でしたね」


「違うっ、と思います、」


 たまらず、ユユは差し込んだ。

 自分が傷つけられることをすぐ受け入れられるなんて、それはきっと、どんな理由であっても止めないといけない。ユユは膝の上に両手で握り拳を作り、ソファの端に腰をずらす。


「ユユもさっき、いやな人に呪われかけました。なんとかぎりぎりで止められたんですけど。だからえっと、とにかく暗いこと考えるのは後でにしませんか、……なんて」


「そう。君もまだ、間に合う可能性を十分に残している。僕らはどうして君が呪われていると分かったのか、その話すらしてないじゃないか。──パートナーも待ってるんだろう」


「それは……そう、ですね。そうでした」


 マサトは、呪われかけたというユユの穏やかでない話にぴくりと眉を上げていたが、君月に語りかけられるとそちらに意識が持っていかれた様子だった。

 あなたは悪くない、と伝えるのに苦戦して、途中で何を言えばいいのかわからなくなった中ではほっとする展開である。


「まだ死ねない」という先ほど自分のした宣言を思い出したように、マサトの膝の上で握られた拳と、区切りつつ発せられた声には力がこもっていた。


「では、話を整理しよう」


 ひとまずは誰かが目の前で生を諦めるなんてことはなさそうだと、ユユは胸を撫で下ろす。

 的確にマサトを諭してみせた君月はというと、感慨などなさそうに両足を伸ばしたあとで組みなおし、とうに講釈モードへと切り替えている。彼は「二つだ」と指を二本立てると、


「『黒い牛』が見える条件は二つ。一つは呪いをかけられた張本人。被害者らしきSNSの投稿を見るに、これが見え始めたら危険な兆候だろう。なんせ、大半はそのあとすぐに更新が途絶えている」


 言い終えた合図に彼は指を片方折り、残された人差し指は天を貫いている。


「二つ目はお礼参りに失敗した場合。詳細は省くが僕らも実例を見ているし、噂としてまとめられていたくらいだから、このケースも相当数いると見た」


 祥子のケースである。『Divine♡』に通う本当の理由は隠していたが、その発端となったのが自身のお礼参りだという部分は嘘ではないだろう。なにせ、あの焦りようだ。

 指を二本とも折った君月は、げんこつを作った手をパッと開いてみせ、「つまり」とまとめ上げにかかった。


「呪いをかけた段階では誰も、何も見えないのさ。さて、マサトさん。まだお礼参りに行っていない君の場合、前者──呪われたからと考えるのが妥当だけど。異論あるかい?」


「ありません。よく、分かりました」


 深々と息を吐くその姿には、自身の被害を自覚した重みがのしかかっていた。ユユは堅苦しくなりすぎないよう、続けて聞く。


「それであの、心当たりってあったりします?」


「ないんですが……まさか、『TRIAINA』の勧誘を断ったからとか」


「ふむ。そういや、勧誘を拒絶した理由については聞いてなかったね」


「断ってたんですね。あっ、もしかして彼女さんいるからですか?」


「っふ、それもあります。ただ──あの団体が以前にも活動していたことは、ご存じですか」


 思い付きであざとく言ってみたユユの作戦が功を奏し、ついといった失笑を誘う。ちょっとくらいは気を抜いてもいいと思うのだ。

 一昨日読んだ『TRIAINA』の資料だと──とぼやける記憶の底をさらいつつ、「確か九とか十年前ですよね」とユユは返した。「ああ。大体そのあたり」と君月が同意を示し、


「むしろあれがこの街から撤退したのは相当前だというのに、よく知っていたね」


「私の母がその信奉者でしたから、それで。当時のツテを辿って声をかけたのだと、電話越しに言われましたよ」


「なるほど。君自身は? 今時、二世や三世珍しくもない──と、その前に『TRIAINA』が消えたのか」


「それもあります」とマサトは目線を下げずに半分ほど顎を引いて首肯する。


「少し昔の話をしても? ……母は水商売をしていました。客との間にできてしまった子どもを一人で育てる羽目になり、途方もないストレスを抱えていたそうです」


 他人事みたく語るものの、その子どもが彼自身であることは、微苦笑と嫌悪の中間ほどでカーブを描き、ぐにゃりと歪む目尻が雄弁に語っていた。


「どこぞの男にハマり、その男に勧められた宗教にハマり。けれどある日、その男に『自分と一緒に死んでほしい』と言われたことをきっかけに離れたくなったそうでした。私もそれきり。──二度と関わってほしくないと、断りに行くのも嫌でしたね。正直」


 二世、三世。『神世』が始まって約三十年ともなれば、その割合は増える一方だ。かくいうユユの元同級生もほぼそうであり、しかし同時にこの世の中では()からの勧誘リスクも莫大である。

 異なる『神』を崇め始めたら、親子関係の破綻はすぐそこなもんだ──と、市役所勤めの『主様』が手続き数の増加に愚痴をこぼしていたことを思い浮かべたユユだった。ブンセキトドケ、とかいうのだったか。

 そしてそれは、もう一つの問題を生む。


「失礼。その母君は今、どうしてらっしゃるのかな」


「さあ、分かりません。……世間はほら、騙された(・・・・)者に対して厳しいでしょう。この街から消えた団体の元信者、そういうレッテルを貼られるのも、それに不満を募らせていく母と一緒にいるのもごめんでしたから」


 縁を切ったということなのだろうか。淡々と過去を顧みない口調で言い切ったあと、彼は冷めきったコーヒーを口にもっていった。

 ──信じる者は救われるとはいえど、何を信じるかは人それぞれ。対象も定義も各個人でバラバラだ。自分の(・・・)『神』以外を信じる者に対して、人は容易に厳しく、冷たくなれる。


 極論を言えばその人が結果どうなろうが──報われなかったり、最悪破滅してしまっても──間違った(・・・・)『神』を信じてしまった当人の責任、という見方が多数派なのだ。


 全員が全員、熱狂のただなかにいるくせに、そういうアンバランスさがユユにはずっと合わなかった。


「周りの人は大体異教徒で、だからどうなってもいい。ですもんね。……いやーな世界」


 ふとこぼしながら、物思わしげな苦い表情を作ってしまったユユに、「まったくです」とマサトが同調して眉を下げる。意思が通じたのか、ふっとその気配が柔らかくなった気がした。


「──しかし、だから断ったにしても、それで呪われるというのはイメージがつかない」


「ユユも思います。それに、『神様』同士が協力することってあるんですか?」


「や、滅多に聞かないね。頼まれる側、今回でいえばカナワ屋は直接の信仰を得られないんだ。メリットがない」


 うーん、とユユはうなる。君月の言うことが正しいとすれば、誰か(・・)がカナワ屋に代行を頼んだのは間違いないのだが。

 どんなトラブルが発端になっているのか分からない。それこそ、ユユが呪われかけた理由からしても。

 そのとき、ユユの制服風スカートに入っていたスマートフォンが、静寂のタイミングを見計らったようにふいに震え出した。


「あ、ちょっと電話きて──祥子さん!?」


「っと! 急に来たね。甘蔗くん、そこに置いて僕らにも聞こえるようにしてくれ」


「……『祥子さん』?」


 表示されていたのは現在捜索中の彼女の名前。怪訝な声がしたが、取り合う暇はない。ユユは指示されたまま、机上にスマートフォンを置き、ボタンをタップしてスピーカーに切り替える。立ち上がったときに机の裏に足をぶつけ、座るときに肘をぶつけた。痛い。ユユがどのくらい慌てていたのか察してほしい。


 かわって電話の向こうの相手はこちらの準備などおかまいなし。切羽詰まった訴えがスピーカーを突き抜ける。初めの方が半端に途切れ、その焦り具合を示していた。


『──から! ちゃんとっ呪ったのに、何人にも広めたのに、アイツが! 消えない!!』


「ご婦人、ご婦人。焦りようは大変よーく伝わったさ。救助に向かうためにもまず、ご自身が今どこにいらっしゃるのか教えていただいても?」


『っ、それは』


 詐欺師とはきっとこういう話ぶりなのだろうと推察できる君月の追及に、電話越しの声が上下に揺れる。あえて噂を広めるという自身の目論見がバレたことを察したのか。

 この期に及んで、祥子は自身の命の危機と保身とを天秤にかけていた。


「バッカじゃないんですかっ、今、ユユたちに怒られるかどうかを気にするって! 『黒い牛』が見え続けたら死ぬからって怖がってたのは祥子さんじゃないですか!?」


 ユユは一度座ったソファを跳ねのけるように立ちあがり、スマホに向かって声を振り絞る。バックには軋んだスプリングの悲鳴。

 因果応報だとかツケが回っただとか、そんな言葉を思い浮かべる以前に、命を優先しきれもしないその恰好の悪さに言ってやりたかった。


 しかしその直後、思わぬ援護にユユの方が声を失うことになる。


「その通りだ。──何してるんだよ、母さん」


「……えっ」


『…………真佐人(まさと)? そこにいるの? 本当に?』


 怒りを通り越して、恨みも抜き去って、ただただ呆れ果てた一声だった。失望と嫌悪混じりに自分を呼ぶ相手を、祥子が呆然とした声で恐る恐る確かめる。マイクに入った吐息がジジ、とノイズを生む。


 所在の有無を問われたマサトは沈黙し、それ以上の反応を示さない。

 声も出せずにごくりと唾を飲み込むユユ。場違いに、「ほう」と驚いているのか分からない感嘆を君月がこぼす。


 どこか遠くで、張り詰めていた息を吸い込む音がした。


『真佐人がいるんなら、居場所は言わない。この『牛』をどうにかする方法だけ教えてよ! 金は出してんだからさあ!』


 振り切ったわめき声が、スピーカーをひび割れさせた。



前回、待っていてくれる人も大していないだろうと思い、しれっと再開させました。挨拶もなしにすみません。

書き溜めが尽きるまで週一で金曜日に投稿します。

リアル優先になるため遅々とした進捗になりますが、よろしくお願いします。

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