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裏街バケモノカルト  作者: 楢木野思案
二・山奥のラスコーリニコフ
15/33

2 罪人の村



 目的地まで残り一時間弱、というカーナビによるアナウンス。それを合図のようにして、君月きみつきが昨日相談所に来たという、依頼の詳細について語りだした。


「お察しの通り、うちは堂々と看板掲げられる商売じゃない」


 最初にユユが訪れたとき、まず引っかかったポイントが確かそこだった。

 長らくかかってようやく真相が明かされ、しかし当のユユはというと、そういえばそんなことあったなという表情。人生最大の修羅場を経験したあとでは些事というか、もう遠い昔のようにも感じていた。


「だから依頼は基本的に、誰かから紹介があった人間か、事後承諾──甘蔗あまつらくんの場合はそれだね。こっちが首突っ込んでって関係者に無理やり話を聞くとか、そういう方法で受けるようにしてる」


「ええ、無理やりね。断られるかと思ってた」


「あぁ、はは……」


 くすくすと美曙みあけが綻んだ口元を押さえる。ユユは自分の経験を振り返り、確かに強引な流れだったと苦笑いで納得。「事後承諾」のときはあれを毎回やっているのかと思うと、なかなかに大変そうだ。


「今回のは前者、前に関わりのあった依頼人の知りあいだそうだ。人づてで、だから直接話を聞いたわけじゃないね。匿名希望だったから」


「なんでわざわざそんな遠回り、」


「まさか恥ずかしがりってことはないだろ。名前が出たら──周りにバレたら危険な状況、って考えるのが普通」


「ユユちゃん、お菓子食べる?」


「今? 美曙それ、今?」


 はいこれ、と話をぶった切って右から差し出されたのは箱入りのチョコレート。それがそこそこに高級そうだったために「えっ」と一瞬ユユは戸惑いを見せ、しかしまあもらえるものは、とおずおずと一つつまんで、


「あ、っと、いただきます」


「ふふ。落とすとけいくんが怒るから気を付けてね」


「怒るんですか?」


「さて、どうでしょう」


 運転席からの含みのある微笑。丸いビターチョコの中には大粒のアーモンドが入っており、がりっとユユがそれを砕く音が車内に響く。

 「どうせならちょうだい」と子どものように手だけ後ろに伸ばした君月に、お手をするような仕草で美曙が一粒をぽいっと乗っける。目当てを確保した腕はするすると元の場所に戻っていった。


「んで、僕らは約一週間。今日、十五日から来週の二十日まで稗多ひえだ村に滞在することになる。や、どうだろ、もう一日くらいかかるかも」


「別に大丈夫ですけど。……っていうか普通、急に一週間も休みとってくれとか、しかも前日に言うって。絶対空いてないですよ──ユユが高校行ってたらですけど」


「なんでちょっと自慢気なの?」


 びっくりな情報を出すとき、人は胸を張るものなのだ。そう、割と遠慮なくチョコをつまみながらユユは思う。


 ──何を隠そう、甘蔗ユユは中卒。エセ女子高生である。


 制服はプチプラで買った。理由は可愛いし、どう考えても似合うから。ブランド違いも色違いも何着か買って、日によって気分で変えている。

 何故高校に進学しなかったのかと問われれば、ユユは「だって頭悪かったから」とこれまた胸を張って答えるだろう。実際、雇われになってすぐの頃に言った。

 受験とか無理ゲーだったのだ、要するに。


「クセ強いよなあ……」


「今のバ(さき)、結構シフトの融通利くので。ユユ的には、こっちの方がびっくりだったけど」


 そう言ってユユが隣を見ると、中身はともかく紛れもない真正女子高生であるかなえが大あくびをかましているところだった。視線に気づいた鼎は眠たげにむにゃむにゃとあくびを噛み殺すと、なんてことない風に、


「『鼎』は成績優秀だからな。そんくらい問題ねエってこった」


 事実、そうなのだから癪である。ユユは取ったばかりの四つ目のアーモンドチョコをばりばり噛み砕いた。


「──その村には長年、とある『神』が住み着いているらしい。一年に一度だけ姿を見せる『神』がね」


 強引に話題を戻す君月。いい加減脱線は勘弁してくれ、という言外の圧がそこにはあった。

 ちょっと食べすぎたかな、とペースを落とすことを決めたばかりのユユが、箱に伸ばしかけた手を引っ込めて代わりに耳を傾ける。口の中は既に十分にほろ苦い。


「封じられたそれは、毎年十二月二十日──『果ての二十日はつか』にのみ現れ村人と言葉を交わすらしい。しかしそれだけでは足りないと、村人は今年の来たるその日、『神』を完全復活させようとしている。その儀式を阻止してほしいんだそうだ」


「けど依頼人が誰か分からないって、どうやって村の中入ったり調べたりするんですか?」


「安心したまえ、そこら辺もちゃーんと決めてあるから」


 そんな自信たっぷりな発言にも、そろそろ慣れてきたところだった。



 ◆



 その村に外部から人が訪れることなど、一体いつぶりだろうかというレベルの、はっきり言ってしまえば珍事だった。

 それも、車から降りてきたのは二人の若い男性で、たまたま村の入口に一番近かった畑仕事中の男は自分の間の悪さを憎んだ。どう考えても厄介ごとの匂いしかしなかったからだ。


「──はい。教授……峰岸進みねぎし すすむさんには、生前大変お世話になったもので」


「はあ、それでそんな、わざわざ村の外から」


 髪を半々に分けてその片方だけを色染めした、奇怪な頭髪の青年が、見た目に似合わない丁寧な口調でお悔やみを述べる。

 青年は、彼は自分たちの大学時代の恩師だったのだと語った。


「まさかこんな早くに亡くなるなんて。訃報が届いたときは僕も心臓が止まるかと思いましたよ。お揃いはちょっと恥ずかしいですからね、いい歳して」


「はあ……」


「こほん」


 かと思いきやにこやかに口走った青年に対し、咳払いで横槍が入る。相方をたしなめたもう一人の青年、今度は黒髪の方が交代して喋りだした。こちらは穏やかそうというか、より真っ当そうな雰囲気を纏っている。


「どうか花だけでも添えさせていただけないでしょうか。あれほど良くしていただというのに、何もしないとなれば先生に申し訳が立ちません」


「ああ。いや、気持ちは分かるけどねえ……あの人は、」


「ええもちろん、御迷惑はおかけしません。葬儀だけ参加させていただければ、私どももすぐに退散いたしますので」


「頼みますよ親父さん」


 柔らかい物腰で──片方は微妙な態度だが──下手に出てはいるがどことなく、それも妙な圧を感じさせる二人組に、男が白旗を上げるのはもうすぐだった。



 ◆



「私じゃ分からないんでちょっと、ミチさん……その、ご遺族の方に伺ってください」


 そう言い残して逃げるように退散した村人を目で追って、「まずは一人撃退」と独り満足げにごちた君月。それには触れることなく、景は背後の車に合図を送る。

 後部座席のドアが開き、そこからぞろぞろと降りてきた面子、その先頭の少女に向かって、


「先日、ここに住まう一人の男性が亡くなりました。その葬式に紛れ込み、どうにか理由を付けて探って回ろう──というのが依頼人から提示された作戦です。役割の方は覚えてますか?」


「大丈夫です。えっと、久野ひさのさんと椿原つばはらさん、結城ゆいらぎさん、」


「美曙でいいわ」


「美曙さん。がその人の元教え子で、ユユとこれ(・・)は村ってなんか楽しそうだから着いてきただけ。その……、お兄さんに」


「ふふ。ちょうど、初めて見たときから似てるなあって思ってたのよ」


 ユユは景の妹、鼎はその友達、というてい(・・)でいく。それが行きの車内で話し合った末の結論だった。発案者はもちろん、「ちょっとアイラインいじるだけでよかったし」と、ユユの目の前でその予想以上の出来栄えににこにこしている美曙である。

 やや気恥ずかしいような心地だが、すぐにまあちょっと楽しそうだしいっか、となるのがユユだった。


 一方、どこかそっぽを向く鼎は先ほどから無言を決め込んでおり、「これ」とユユに呼ばれてもさしたる反応は見せていない。ユユとしてはうるさいのも困るが、これはこれで不安になるもので。


「というかユユちゃん、元々タレ目よね?」


「あ、はい。猫目っぽくするとかわいいし、舐められたくないので」


「姦しくしてるところ悪いけど、そろそろ」


 女子二人の会話に割り込んだ君月が顎をしゃくってみせる。見ると、瓦屋根が居並ぶ方から一人、腰の曲がった老年の女性が杖を突いて向かってくるところだった。

 黒無地の和服──喪服を身に纏った老女が。


「進の生徒さん方ですか」


 しわがれていて覇気のない声が紡がれる。老女の顔にはおよそ色という色がほとんどなく、その心中はユユにも察するに余りあるといった風貌だった。「亡くなったのはまだ五十代の男性」という情報を先に聞いていたから、というのもある。


 代表して景が肯定を返すと、事前の取り決め通りの簡単な紹介を済ませていく。その間、老女は一度も表情を動かすことはなく、葬儀に参加したいという旨まで聞き終えるとようやく口を開いた。


「喪主を務めます、進の母の峰岸路代(みちよ)です。遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」


「これは、お母さまでしたか。この度はご愁傷様でした」


 ゆっくりと腰を屈めた老女の丁寧な一礼に、こちらも同じように揃えて返す。ようこそと言う割に、声は変わらず無機質な一本調子なのが気にかかった。

 普通、弔問客が来たとあれば喜んだり──それは都合が良すぎるかもしれないが、例えば不審に思うのなら、怒って追い返したりするものではないだろうか。もしくはそんな気力もないということだろうか、とユユは推測する。


 だから、「ところで」とじっとりとした低い声音で老女が景をねめつけたとき、それが直接向けられたものでないにもかかわらず、思わずユユはぎゅっと拳を握っていた。


「訃報が届いた、とおっしゃいましたが、差出人は一体どなたでしょう」


「──あれ? 僕はてっきり、貴方が……喪主の方が送られたとばかり思ってたんですが。なにせ僕の住所も、教授との間柄についてもはっきり書いてあったものですから。まさか手違いってことはないでしょう」


 交代とでも言うように、君月がずいと一歩前に出る。

 先ほど回顧したようにその物言いももはや聞き慣れたもの──というより、止めなくていいのかとユユが思わず周りの顔色をうかがったくらい、その表情は挑発的で、好戦的なもので。


「疑いでしたら、証拠の一つでもお見せしましょうか?」


 君月はにやりと唇をひねり上げる。それでも、老女は眉一つ動かさなかった。


「──山には、決して入らないように」


 ふいに老女が視線を外し、背後にそびえたつ山を仰ぎ見ながら言った。

 了承を得たのかすら曖昧な返答であり、文脈を無視して放たれた、一見して意味不明な注意事項──忠告。


 聞こえるのは鳥の鳴き声だけ。時間の流れの緩やかな辺り一面ののどかな田園風景が、その言葉によって心なしか歪に揺らいで見えた。


「山には、神さまがいらっしゃいます。あの神は人の罪を裁かれるゆえ、村の外から来たといえど。──断じて、嘘など口になさらぬよう」


 淡々と老女は言葉を重ねていく。

 虹彩の白く濁った眼球をぐるりと動かし、茫洋とした語り口調と裏腹に老女の瞳が鋭くこちらを射抜く。


「ここは、罪人の村。『クエビコ様』は罪を裁かれ、罰を与えられる。滞在されるのならば、それを重々、ご承知くださいな」


 泥濘のような目をした喪服の老婆は、地を這うような重々しさでもって一行に警告した。



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