STORIES 035:水切りあそび
STORIES 035
あれはいつのことだったろう?
街外れの大きな川の河川敷まで、2人で散歩しよう、ということになった。
散歩といっても…
普段は通ることもない、行こうと思わなければ存在すら意識しないような、生活からは離れた場所。
特に意味はないけれど。
散歩なんてそんなものだ。
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陽が落ち始めた午後、風は少し冷たい。
たいていの人がそうであるように、川面を目の前にした僕らは小石を拾って水切り遊びを始めた。
そこは、ドラマやCMなどのロケでも使われるような、割とメジャーな川。
広い土手、スポーツをする場所もあったりするが、水切り遊びに向いた薄い小石はあまり落ちていなかった。
水面に映る夕暮れの空。
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私とお姉ちゃんはね、時々こんな話をするの。
私たち姉妹はふたりとも心のどこかが欠落していて…
何かが足りないのよね、まるで体の一部が損なわれてるみたい。
私もいつもそう感じてる。
彼女は脈絡もなく、そんな話をした。
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どうしてあんな場所に行くことになったのだろう。
たぶん、僕が唐突に思いついたに違いない。
広い河原で、夕暮れ時に川面を見たい、と。
特に面白いものもないし、癒されるような風景でもなく、ただ川幅が広いだけのつまらない場所。
実際に訪れてみると、やはりそう感じた。
それでも、水面を見ているとどこか安心する。
どこであっても、僕は水辺が好きなのだ。
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暗くなり始めた河原を後にして、僕らは帰り道を歩き始めた。
そこでは何も得るものはなかった。
ただ川が流れ、夕暮れ時を迎えただけだ。
駅前まで来ると、僕らは本屋に寄った。
それで終わり。
2人でその河原へ行くことは2度となかった。
それなのに、なぜかその日のことをよく覚えている。
今でも、こんなふうに川を眺めていると、その時のことを必ず思い浮かべるのだ。
私たちは心のどこかが欠落していて
何かが足りないのよ
彼女たちに足りなかったものとは、いったい何だったのだろう。
それは、僕の中からは抜け落ちていないものなのだろうか。
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僕がいま暮らしている地域には、川がいくつも流れている。
それらの多くは…
あのとき水切り遊びをした風景よりも自然が残っていて、ずっと魅力的に見える。
でも、やはり何か物足りない。
いま僕が川面を見つめているとき、たいていは周りに誰もいない。
僕の心から欠落してしまったもの。
いまなら少しは心当たりがある。
僕はいつも、川面を独りで眺めている。
いつまでも飽きることなく。