徒然掌編集 零 ~あつまれ短編作品のMemento mori~
負けイヌ・デイドリーマー
『ヘタ』
その一言から始まった。
『話暗すぎ』
『絵が雑』
『キショい』
リプライやDMで突きつけられる批判の数々。
『精神おかしい』
『所詮凡人』
『うっざ』
人格否定。SNSを見なくても聞こえる罵声。
『やめろ』
『諦めろ』
最終的にすべての声がそう聞こえてきて。
耳をふさいでも流れ込む、音が、音が、音が、わたしを壊して、壊して、壊して。
『消えろ』
その一言で、わたしは――。
*A SIDE*
「死ねェェェェェェ!!」
その猿のような叫びが、わたし、山崎 異夢という十七歳の女を悪夢から引きずり出した。
ひゅっと息を吸い――天井が見知ったものであることに気付いて、ひとまずふっと息を吐く。
はあはあと荒い息は、果たして誰のものか――いや、アパートの中のこの部屋にはわたししかいなかった、という事実を思い出す。
じゃあ、一体あの甲高い叫び声は何だったのだろうか。近所に示現流――叫びながら打ち込むことで有名な剣術である――の剣士などいた覚えはないが。
そもそもお隣の顔すらまともに拝んだ覚えはないから知らないが。
そうだ、お隣だ。その可能性を思い出し「死ねェェェ! クソッ死ね死ね死ね死ね死ねェェェェェェ!!」うるさい。
しかもゴツンゴツンと音が聞こえてくる。本当に何をしているんだ――と考えて。
……そういえば、なんかガラの悪いオッサンが近所をうろついてた気がする。
DV、虐待、撲殺――そんな物騒な単語が頭をよぎるのに、一秒もかからなかった。
わたしは着の身着のまま、靴だけ履いて、玄関を開ける。
向かう先は、物騒な音の聞こえる先。ピンポーン、と呼び鈴を鳴らすと。
「…………ぁぃ」
低めの女の声が聞こえた。
――どんなひどい親なんだろう。
寝起きなのに心臓がバクバクとしているわたしをよそに、目の前の扉はゆっくりと開きだして。
わたしは目を見開いた。眠気が一瞬で吹き飛んだ。
そのドアの先にいたのは。
「ぜぇ……はー、ふー……なんだ……ですか?」
目の下にひどいクマを作った、額から血を出している、鬼のような形相で荒く息を吐いた、Tシャツ一枚しか身に纏っていない――おおよそ女とも言えないような姿の、野性味あふれる金髪の幼女だったのである。
*
「えっと、親御さんは?」
「いねぇっす。……夜勤で」
「……明日学校じゃないの?」
「去年卒業したばっかっす。へへ、高卒無職」
「…………いま何歳です?」
「十九っすけど」
わたしの部屋のちゃぶ台越しに、向かい合う小汚い少女。いや、小さくて汚い成人女性。
自虐的に笑う彼女。応急処置によって額から流れる血は止まったものの、何日も風呂に入っていないのであろう臭気が漂っている。
おそらく丁寧に手入れすれば綺麗なのであろうブロンドの髪は、あたかも寂れた遊園地の廃墟じみた最寄り駅を連想させるほどに、ボサボサで手入れがされていない。
……きっと磨けばかわいいのに。もったいない。
――どんな背景が似合うだろう。
「なに人差し指立ててるんすか」
「あっ、ごめんね」
つい癖でやってしまっていた仕草を慌てて止めて、ぶっきらぼうに睨みつける彼女に軽く微笑むと。
「なに笑ってん……や、笑われて当然か……俺なんて」
ぼそりと自分のことを「俺」なんて言って、彼女は男臭くため息を吐いた。
気まずい空気に耐えかねて、わたしは立ち上がる。
「……コーヒー、入れるね。砂糖いりますか?」
「いらないっす。ブラックのほうが、眼が冴える」
マグカップの上にぶら下げたコーヒーバッグ。
電子ケトルに沸いたお湯を注ぐと、ふわりと花が咲いたようにコーヒーの香りが漂う。
「落ち着いた?」
「……うん。ありがとうございます」
低めの声音で、その少女は頷く。
もう使うこともないと思っていた来客用のマグカップ、それと自分のカップ。二つのコーヒーバッグに交互にお湯を回しかけつつ、わたしは一番気になっていたことを聞く。
「いったい、どうしたの?」
少し目を逸らして「なんでもないです」と答える彼女に、「あっ、いや、答えたくないならいいから」と断っておく。
話したくないものは、どうしても話したくないはずだから。
「ん」と彼女は返事をして、再びしばらく沈黙する。
そして、コーヒーが出来上がる。
捨てるコーヒーバッグ。マグカップをちゃぶ台に置くと、目の前の生き物は、まるで小動物のように、恐る恐るカップに手を出し、触れるのがわかると、それを両手で持ち上げて少しすすった。
ほうっと微かに目を細めたのを見て、わたしのほうもひと安心。コーヒーを一口すする。
「……あんたは、挫折って味わったことあります?」
おもむろに、少女は口を開いた。
挫折……挫折か。
その二文字を脳裏に浮かべ。
どう答えりゃいいんだろう。
目を細め、緩慢に息を吐く。
そして、たっぷりの逡巡ののちに――わたしは、ゆっくりと首を縦に振った。
すると、少女は「はは」と吐息を漏らして。
「いっしょだ」
呟いた。
そして、彼女は。
「俺さ、何にもなかったんだよ」
ゆっくりと語りだした。
――曰く、夢もなくて、金もなくて、大学も行けなくて。
「気がつけば、周りに置いて行かれてて」
働けなくて、趣味も探して。
何をやっても中途半端で。
「できなくて」「できなくて」「できなくて」
「挫折」「挫折」「挫折」
「――その繰り返しの末にさ、気付いたんだ」
小説だけは、ちょっとできた。
少しの評価。それだけで。
「俺にはこれしかないって思わせるには、充分すぎた」
そう彼女は目を伏せ。
突如、こぶしを握った。握った拳を振る先は――己の、頬。
「どうしたの!?」
ごすっと鈍い音。荒い息。
「……癖。はー……ちょっと目覚めた」
自傷。それをさも当たり前かのように、気にすることすらなく、彼女は淡々と続けた。
「だから、書いた。何度も書いた。本気で書いた」
濁った眼は未来を見据える。
「短編も書いた。長編も書いた。公募に送った。企画にも参加した。いろんなサイトに乗せた。SNSも開いた。宣伝だってした」
熱を帯びる口調は、しかし機械的に変わる。
「結果、一次落選」
「結果、一次落選」
「結果、一次落選」
「カスみたいなポイント」
「百人にも満たないフォロワー」
「フォロワーの一%しか踏まない宣伝」
それが何を意味するか、察せない私ではない。
――実らない努力程、不毛な頑張りほど、虚しいものはそうあるものじゃない。
「勉強をした。寝食を惜しんで」
投稿作を分析して、どこがだめだったかを考えたという。
「図書館で本借りて、少ない小遣いをラノベに費やして、創作が楽しくなくなるまで」
創作術の本を読みこみ、自分のものにして。有名なラノベから文章を盗み。
読むのも見るのも書くのも作るのも、楽しくなくなった。
「それでまた書いた。命を削って。それで公募に送った」
――それで、実があったなら、どれほどよかっただろう。
「結果、一次落選」
ここまで語って、少女はシニカルに笑った。そして。
「そう、これが結果さ」
真っ黒に濁った目を、わたしに向けた。
「周りを見ればきりがなく」
手を伸ばした。
「下を見たって次の日には追い抜かれてて」
手を伸ばして。
「果てしない上で星々は瞬いて」
がくんと腕から力が抜けた。
「……あは、悔しいよ」
ぼうっと天井を見た彼女。その目に何が映るのか、わたしにはわからない。
「わかってるんだ――周りに、星々に――何もかもに届かないこと」
力なく笑う。その頬を流れた雫に、なんの意味があったのか。
「――だから、もういっそ」
ただ、底知れぬ絶望があるのみだった。
コーヒーはすでに冷めていた。
*
「じゃあ、そろそろいくよ」
コーヒーを一気飲みして顔をしかめてから、彼女は立ち上がり、玄関に向かう。
「どこに」
「……」
沈黙が物語る行き先は――。
「だめっ」
私が手を握ると、ぱしっと振り払う。
「いいだろ。こんなクズの末路なんてさ」
「よくないよ! こんな頑張ってきた子の末路がこんな……報われない、なんて――」
そんな物語があっていいはず、ない。
そう、言いたかった。けど。
「俺は頑張ってない」
その一言で、ばさりと切られた。
「相対的に見れば俺なんて全く頑張っちゃいない。成功者は努力している。俺なんかよりも、もっともっともっともっと――だから、俺は全く、頑張れていない」
「そんなこと――」
「ある。けど、これ以上がんばれる気もしないから――死ぬ以外ない」
「でも、でも――」
「あのな。勘違いすんなよ」
「現実は物語じゃねーんだよ」
はっとさせられた。
「もし、物語の主人公なら、努力の果てに勝利をつかむ。読者がそれを望むから。――負けるばかりの物語なんて、だれも望みやしない」
彼女は深く深く眉間にしわを寄せ。
「でも、現実は物語じゃない。勝者の下には果てしない屍が転がる。――負け組のほうが、はるかに多い」
目を伏せて、ため息を吐いて、振り返った。
「結果がすべてなんだよ。努力なんて誰も見やしない。結果を出せない俺に、価値なんてあるわけない」
――その目は真っ黒に濁っていた。
濁った諦め色の眼球が、わたしの姿を映しだす。
夢を捨て、みじめになったわたしの姿を。
「じゃあさ、諦めちゃえば?」
口をついて出た言葉。
「そうだよ。諦めれば全部解決するじゃん。そんなに疲れたんなら、もう止めてしまえばいいよ!」
気がつけば、やけになって、叫んでいた。
「大丈夫。ここまで頑張ってきた経験は残るし、なにより、きっとここまで頑張ったのは誰かが認めてくれる。だから――」
もう、ゴールしちゃってもいいんじゃない?
言おうとした。
言えなかった。
「ふざけんなッ!!」
その叫びに、心からの叫びに、気圧されたから。
「向いてないことくらい知ってんだよ。諦めたほうが賢明だってのもわかってる」
その小さな少女のようなものは、歯茎をむき出して。
「きっと親も、SNSでつながってる友人も、俺の努力は認めてくれてる。わかってるんだ。そう、わかってる」
わたしをを睨みつけて、吠えるように。
「だからって、やめる理由にはならねぇだろうがよ!」
叫んだ。
「ああ、やめられるかよ。こんなことで。命、賭けてんだ」
鬼の形相で吠え。
「やめるくらいなら――筆を折る、くらいなら――!」
口角を上げ、首に手をやって。
「――この命ごと、叩き折ってやる――!!」
自分の首を、絞め始めた。
ゲホッゲホッ、と咳き込む音とともにうずくまる彼女。
その裏で、わたしの脳内にチリチリと迸るなにかがあった。
――それは、憧憬か。
わたしにも、こんな狂気のような執念があれば。
――それは、苛立ちか。
これほどの狂気を抱えて、なんで死という逃げを選択するのだろう。
けれど、首を絞める少女の。
苦しさに見開いた目の中に燃え盛る炎が。
――上がち切った口角が、あまりに眩しく見えて。
「なら、死ぬなよ」
すうっ、と息を吸った。
「諦めんなよ、こんなとこでッッ!!」
「――ッ」
ひゅっと声が聞こえた。
「手が動く限り諦めるなよ! 可能性を潰すなよ!!」
無我夢中だった。
「逃げないでよ。そんな安易な逃げになんの意味があるんだよ」
もはや届いているかどうかはどうでもよかった。
「水をやってる畑に種はないかもしれない。芽が出たって仇花かもしれない。枯れ木かもしれない。でも――わからないじゃない!」
少女は首を絞めていた手をブランと降ろす。
「まだ結果が出ていないだけ。そうは思えないの!? これだけ必死で、頑張っているんだから――その本気を、水の泡にしないでよ」
「…………」
悲鳴のような訴えに、見開いた眼をわたしに向ける少女。目が合う。
「――そんな結末でいいの? あなたの、物語は」
がくんと全身の力を抜く少女。
ぽつぽつ、目からこぼれた雫が、鼻をすする音が、耳朶を打って。
「クソ。この世界は物語なんかじゃねーっての」
悪態のような声。そして、目の前の少女は、歯をむき出して。
「でも――クソ」
諦めたように。
「それ聞いたら、やる気が湧いてきちまった」
笑っていた。
「ひひっ、すまねぇ。……ありがと」
彼女がドアを開けると、煌々と朝日が輝いていた。
「シャワー浴びて、散歩でも行こうか……それから、また書こうじゃあないか」
朝の澄み切った空気を肺に取り込み、わたしは。
「いいんじゃない? がんばろう、お互い」
そんなことを言ってみた。
わたしの夢は壊れたけど。
壊れたって、やり直せる。
――もう一度、ペンを握るのも悪くはないかもしれない。
*
深呼吸するわたしに、十九歳の少女は告げる。
「そういえば名乗ってなかったな」
本当にそういえば、だ。完全に忘れてしまっていた。
名前も知らない相手にあんな説教してたのか、わたし。
少しだけ反省し、ため息を吐く。
「俺は、小沢 文香。ハナテンサイダーってペンネームでネットに小説を上げたりしてたりしている――物書きだ」
目の前の少女はそう名乗りを上げた。
小沢さんことハナテンサイダーさんか。……あれ、なんか『見た』ことがあるような気が……。
「そっちの名前、教えてくれよ」
そう急かす彼女に、わたしは口を滑らせる。
「わたしは山崎 異夢。――漫画、描いてた。ヤマイダレって名前で」
「ヤマイ……ダレ……って」
ぱちくり、小沢さんは、目をしばたかせて。
次の瞬間、わたしの前にひれ伏していた。
「マジっすか!? ――毎投稿十万リツイート越えの超人気絶頂で突如アカウントを消した、あの――」
ここで彼女は言葉を区切り、息を吸って、驚愕に叫んだ。
「――あの伝説となった漫画投稿者の、ヤマイダレ先生っすか!?」
ああ、思い出した。ハナテンサイダーさんって……日々のつぶやきのような投稿にもいいねをつけてくれたひとだ。
一言でいえば熱狂的なファンだった。
道理で名前を見たことがあったわけだ。
ぎこちない苦笑いをするわたしは、目をキラキラさせた成人女性になにをすることもできないのであった――。
*B SIDE*
――また、発作だ。
深夜、己に吠える俺は、他人の目にどう映るんだろう。
こうしてなにをしたいのか、自分にもわかりはしない。
作品を作りたいのか。命を絶ちたいのか。
――己の不幸たる様に酔っていたいのか。
わからない。自分のことなのに。
家の柱に頭を打ち付けた。
頭が朦朧とするまで。血が流れ出るまで。
叫びながら、何度も何度も。
呼び鈴が、俺を少し冷静にさせた。
それから――夢を見た。
夢と現実の境界は曖昧。
気がつけば明け方。
下半身裸で、シャツ一枚で、玄関前に倒れていた。
朦朧とする頭で、多少の思考。
否、それすらできない。
ただ俺はただ。
息を吐いた。
空気を吸って、吐いた。
呼吸した。
ただ、呼吸をした。
憧れのひとが、あんなに若いわけがないと。
そもそも、憧れがこんなに近くにいるわけがないんだと。
思い込みたかっただけなのかもしれない。
ガチャリ。
立ち上がった俺という少女、背後、お隣さんのドアが開いた。
振り返った俺が見たのは。
「おはようございます」
若い女だった。
ショートボブの茶髪。
頬に涙の渇いた跡。
目に深いクマ。
朗らかに笑う彼女は。
夢で見たのと同じ。
「大丈夫、ですか。『ハナテンサイダーさん』」
山崎 異夢――ヤマイダレだった。
俺は悲鳴を上げた。
彼女はゴミ捨て場に持っていこうとしていたゴミ袋――その中身は大量の薬の空き殻が目立っていた――を放り投げて。
俺の小さな体を、ぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫だよ」
「なにが」
「きっとあなたは頑張れる」
優しい言葉に騙されぬように。
「薄いんだよ」
俺は吠えた。
「成功者の言葉なんて、俺たち凡人には意味なんてない」
反骨心だったのかもしれない。
「お前らに届くことなんて永遠にありはしない」
本当は、たどり着けると思い上がっているのに。
「所詮は生存者バイアスに過ぎない」
うつろに言い放った言葉。それとともに彼女を突き放し、俺はふらふらと後ずさる。
それを見た彼女は、クマの入った目を優し気に細めた。
――一瞬、ほんの一瞬、それが嘲笑にしか見えなくなって。
「ほら、お前は俺を嘲笑ってんだ! 惨めで、どうしようもなく馬鹿な俺を!!」
ああ、言ってしまった。
決定的に、俺は彼女を突き放した。そう思えた。
正直清々しかった。もう、「ヤマイダレ」へのコンプレックスで悩むこともなくなるはずだと。そう信じられて。
けれど。
「…………おんなじだよ。わたしとあなたは」
寸分たがわぬ泣きそうな笑顔で、彼女は告げる。
「どこが……どこが同じなんだ」
成功者たるお前と、敗北者たる俺に――違いこそあれど、共通点などありはしないはずだ。そう思いたかった。
けど、それを許されることはなかった。
「負け犬だね、わたしたち」
見せられたのは、まだ生々しい手の甲の傷。
「さっきね、あなたのおかげでまた「なにか描こう」って思ったんだ」
種火はある。何度も何度も燃えようと足掻く。
「でも、でもね」
諦めたような笑いの中に、確かにあったのは――諦観か、あるいは――。
「描けなかったんだ、なにも。なんでか、手が動かなくて」
――絶望か。
「どれだけ傷つけても、手は動かなくて。あの日の栄光なんて到底手が届かなくて」
涙の跡はまた潤いだす。クマだらけのハイライトのない目は、また赤く腫れる。
「だからわたしは夢を諦めるしかなかったんだよ」
天井。廊下の屋根。照明。群がる蛾を見て。
「命は何度も絶とうとしたよ。されど若い身体は思いのほか頑丈で――それ以上に、なんとなく怖くて」
彼女は手を伸ばして。
「悔しくて、悔しくて――まっすぐに夢に向かえるあなたが、酷く眩しくて――」
膝を床について、手を下ろした。
「羨ましかったんだ」
呟く彼女に、俺は理解する。。
「そうか。俺たち、互いに羨みあってたのか」
隣の芝は青く見える。そんなありふれたこと。
それを、彼女は首を縦に振って肯定する。
「だからおなじ。同じ負け犬。仲間だね」
「ああ、そうだな」
朝日はすでに天高く昇っていた。
痛いほどに太陽が、二匹の負け犬を突き刺す。
「きっと、あなたすら誰かにとっての成功者かもしれない」
「俺がお前をそう思ったように?」
「そう。わたしがあなたを思ったように」
狂った敗北者たちは、しかし、立ち上がった。
『負けてられない』
挑戦者たちは、手を伸ばした。
「周りを見ればきりがなくても」
手を伸ばして。
「下を見たって次の日には追い抜かれてても」
手を伸ばして。
「果てしない上で星々は瞬いていても」
手を伸ばした。
挑戦し続けることで、なにかをつかめるのなら。
空を切るこの手で、つかめるのなら。
「ここで立ち止まっているわけにはいかないよな、『ヤマイダレ』」
「そうだね、『ハナテンサイダー』さん」
互いをペンネームで呼び合い、拳をぶつけ合った。
「止まって、たまるか――」
物語は、まだしばらくは終わらない。
Fin.
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