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五月は。に、

作者: 1gイチグラム

読みにくいかと思いますが、よろしくお願いいたします。

 車を走らせる。

 

 18時4分をカウントし終わったオレンジのディスプレイを確認しつつ聴くラジオ。

基地から流れてくる音楽にフロントガラスに雨音のリズムとワイパーの不愉快なスクラッチ。

 悪くないなと左カーブに信号の青を確認しながら右手のコンビニの看板に拍手の様につく明かりが横に流れていく。

 サビに入ると同時に抜けていくと直線になり視界がひらける。少し視線を上げるとまばらに見える信号機と街灯の明かりが雨でぼやけながらも滲む色が華やかだ。アクセルを踏みたい衝動を抑えつつハンドルを握る左手人差し指でリズムをとる。

 少し口角が上がる。

 たまにはこんな日があってもいいと激しくなってきた雨に合わせてワイパーのレバーを中指で叩くように下ろし右肘を窓枠に置くと後頭部の髪を中指に絡ませ遊ぶ。少し伸ばしすぎたなと湿気に負けてクルクルと巻く髪の毛をさらに乱すように掻くと右手をハンドルに戻す。

横を走る車が左にウインカーをつけやや強引に寄せてくる。視界が悪くなるなかよくやるなとバックミラーを確認し少しスピードを落とし相手を入れるとハザードの点滅でお礼を返されそれにいいえと独り語を返した所で曲が変わる。

知っている曲だ。せき込みが入りドラムが合図をだしベースが入る。叩く音が気分を上げ一緒に歌う。

 いい選曲だなグッドジョブとかなり上から讃える自分を笑う。

 フロントガラスが曇り始める。思っているよりも身体は興奮しているらしく熱くなっている。エアコンのダイアルをHIGHに合わせ窓のマークのボタンを押しフロントガラスに当てる。ゴオーと音を立てて一気に下から上へと曇りがとれていく。クリアになったのを確認するとLOWにおとし足のマークのスイッチを押す。冷たい風が送風口から這うように出てくるとジーンズと靴の隙間の肌を撫でる。

 気持ちがいい。じめっとした車内の空気が乾いていくと助手席のリュックの上に置いた花束が元気に見える。気がする。

 車の振動で大きな蕾が小さく小刻みに揺れる。フロントガラスから過ぎていく街灯のオレンジだけが影を連れて花束に落ちると助手席の窓から抜けていくを繰り返す。厚い雨雲の層が長くなった日をすっかり夜に変え、それでも時折雲の隙間からその上にある夕暮れを感じることはできるけれどもそれと呼ぶには暗く何となく今日の終わりを感じずにはいられない。

 下手な英語で口ずさむ。サビのHOLDONの歌詞によぎるものがあるが無かった事にする。段々とクライマックスに到達しようとする曲に心が引っ張られ全身に鳥肌がたつ。バイオリンが曲の最終地点を目指し急上昇すると歌が挿む。

 街灯の並木を抜ける。周りから明かりが減っていく。それでも曲は華やかさを失わない。雨足は変わらない。ワイパーのスクラッチがリズムを壊す。花束を見る。最後の歌詞の余韻と共に曲が引いていく。雨の音とワイパーの音だけが取り残され一時の沈黙ののちラジオを消す。

 

 余韻に浸る。タイヤが雨溜まりを踏むたびにザザッとなるその音を聞きながら左車線をまっすぐに進む。

 ダッシュボードを見る。そのアーティストのアルバムを取り出しもう一度聞く事も叶うがあえてそれはしたくないなと視線だけそこに置く。

 ラジオから流れたあの瞬間。車内にいる事。雨が降っている事。雨雲の厚さに対向車のライトの強さ。街灯や町の明かり。何もかもが完ぺきなライブで必然的に作り出した偶然でそれを壊したくはないなとフロントガラスを流れる雨を見ながら花束のフイルムの音を聞いた。


 LEDの綺麗な赤色で止まる。まばらになった信号機もここを最後に暫くはなくなり車も減っていく。右側には南、進行方向へと丘が連なりその上に風力発電の風車が二基ありまわっていればかろうじて見えるところだが生憎の雨で見る事が出来ない。唯一プロペラの中心部にあるライトの点滅だけが暗闇にぼんやりと感じる事が出来るだけでまわっているかどうかはわからない。


 青を確認する。ゆっくりとアクセルを踏み前へと走らせる。緩やかな左カーブをぬけると左にサトウキビ畑が見え昼間ならその向こうの海をのぞけるがこの暗さでは見る事が出来ない。

 少し先を走る車が右へウインカーをいれ一時停止ののちゆっくりと曲がる。この地域は高齢ドライバーが多いと言っていたのを思い出す。一車線しかない田舎道での渋滞は大体が高齢ドライバーなのだと日曜朝のドライブを思い出す。こんな天気じゃなければ草ゼミを聞けたかもしれないと左に目をやる。


 18時20分を確認する。ヘッドライトの明かりが雨に打たれていつもよりも暗く感じる。降りる前にやまないものかと流れる雨に少し溜息をこぼし右手に見えるコンビニにウインカーをいれ中央に寄せる。人と車がいないのを確認するとハンドルをきり駐車場へと入りエンジンをきる。

 運転席側の窓をつたう雨を見る。先まで楽しかったのが嘘のように雨に病んでしまう。しょうがないと眉毛を上げ思いっきり鼻から息を吸い吐くと傘が頭をよぎる。

 仕事帰りに寄った花屋の入り口に売り物のビニール傘を珍しいなと気にかけたが小雨程度ならいらないかと視野の外においやった。

それがこれかと肩を落とし車を降りる。同時に車へと向き直し気持ち雨をよけるつもりで肩をすくませながらドアの鍵穴に鍵を差し込みロックをかけ急いで軒下へと逃げる。

 キーレスキーの役割は電池が切れた時点でなくしておりそれがいつからだったかすら曖昧で、電池と思い出すのは決まってこんな場面に直面した時だが、それもたいして気にかけているわけではなくおそらくまた同じ様に同じ場面なんかで、だからねと自分に溜息をつく。


 鍵をジーンズの右ポケットに強引に滑らせ肩の雨を払う。既に染み込んでしまった感はあるが気持ち落ちてくれればと払いタバコを欲しがりお尻のポケットを無意識に触り鞄の中だと気づく。

財布を忘れている事にも気づく。鈍臭いよねと声が聞こえる気がして少し頬が緩みながらもまた車に戻り精一杯の速さでコンビニの軒下に帰る。もう払うよりも着替えたい気持ちでいっぱいになるがここでは脱げないと諦め軒下いっぱい端までよるとタバコに火をつける。


 風はない。タバコを吸う。

 雨の音にまじってタバコの先からジュジュッと焼ける音がする。吸い込んだ煙を放つと上から落ちてくる一粒一粒の重さに負けてしまい最後には散らされ消えてしまう。

 客はいない。走る車もなくただただ雨の降る音と小さく鳴る焼けた音だけが耳に残る。

それを繰り返していると空に雲の隙間を見つける。薄らと茜色を覗かせよく見るとそのまわりの雲に赤く色がついており明るくなっている。


 晴れるかもしれない。何度か吸ったタバコを濡れた地面にあて火を消しコンビニ入り口にある灰皿に捨て二重扉になったドアを引き中へと入り風除室で髪を気持ち直すも濡れた癖毛が決まるわけはなく手ぐしでかきあげ自動扉の中へと入り右へと曲がる。レジとは反対側からお菓子コーナーへと入り板チョコを一つ取るとすぐ横のセルフでカップをセットし扉を閉めホットコーヒーのボタンを押し持ってる板チョコを見る。


これだったよなとパッケージの字を読む。

マシンが抽出し終わるとピーと音と共にロックが解除され手動で開けカップに入ったコーヒーを取り出し蓋をつけレジへと持っていき精算する。幾つかのありがとうございましたの声を聞きながら自動ドアを抜け風除室を出る。


 雨に一度躊躇しながらも左手に買い物をまとめ右手で鍵を持ち息を止める。急いで車に寄ると鍵を開けサッと乗り込みそこで初めて息を吐く。鍵をシリンダーへ差し込み右手でコーヒーをドアに備え付けのカップホルダーにはめながらリュックの上の花束に板チョコを添える。再度息を吐き濡れたTシャツを残念がる。しょうがなくはないよなと諦めきれない頭を切り替える。

 エンジンをかけハンドル横のシフトレバーを下におろしRに入れる。バック音の高い音を聞きながら視界の悪さに目をこらし、ゆっくりと下がるとDにチェンジし前へと動かす。車道前で一時停止すると右へとウインカーをいれ左右車を確認しながら合流するも頭の中ではまだ何とかならないかと濡れたTシャツを思う。何ともならないとわかっていても体に張り付いたTシャツに不快感一杯になりながらコーヒーを飲みホルダーに戻し花束の無事を確認する。渡す前に頭からもげないかと過剰に心配するもそんなに弱くない事も知っているが車の振動で揺れるのを見るとやはり不安になる。


 空が随分と明るくなってきた。待ち合わせ場所まではもうすぐそこだ。着く頃には晴れるかもしれないとアクセルを緩める。久しぶりに会う事に少し緊張を覚えもっといい格好にすればよかったかなとダサくないかを気にする。仕事帰りの精一杯感が出ているかもしれない。それでもかわいいいと思えるTシャツを選びそれに合わせて靴も仕事を終えてから車の中で履き替えた。車を降りなければと、完璧とまではいかないがそれなりに決まっていたと思う。それでもチョコに喜ぶ顔を見たくて濡れたのは、それ以上の代償を払ってでも笑顔を見たかったからだがそれは傘を買わなかった自分への言い訳でしかない。


 きつめな右カーブを抜けると真っ直ぐに伸びた道がひらけ雨が弱くなる。ワイパーを緩める。空気中のゴミが雨で洗われ空からさし始めた茜色がやたらと眩しく目を細める。濡れたアスファルトが光を集めて波打ち過ぎていくのを綺麗だなとつぶやく。


 割れていく厚い雨雲が散り散りになり始め光が増していく。あんなに暗かったのが嘘のようだとあまりの眩しさにサンバイザーを下ろしコーヒーに口をつけ戻す。サングラスを思い出し左手で眼鏡を探す癖で胸元を触る。もちろんあるはずがなく持ってきていない事を思い出し出番はまた今度かと箱からも出していない事に溜息をつく。


 何度目かの右カーブを抜けると太陽が後ろへとまわる。サンバイザーを戻すと空の明るさがさらに増している事に気づく。長く伸びる街路樹の影が矢印のように進行方向を指しているようでまるで急かされている気分になるもスピードは変わらない。


 小さな港を確認する。船と船の間の波がキラキラと反射し思わず目を奪われるもすぐに上り坂の右カーブに差し掛かりうしろに流れていく。緩やかなそれを登るとスピードを落としながら左へとウインカーを入れハンドルをゆっくりときりながら農道へと曲がりゆるい上り坂を百メートル程行った所で車を止める。


 着いた。口に出しエンジンをきる。一つ息を吐き車を降り、大きく背伸びをすると肩から背中にかけて濡れて張り付いたTシャツがピンと張る。それを左手の人差し指と親指でつまむと肌から引きはがし空気を入れるようにバサバサと扇ぎながら空を見る。


 本当に晴れた。なんとなく濡れ損の様な気持ちになるがあれがこれになるとは誰も予想しないしないだろうといい加減諦める。

 それにしてもここは、

 「綺麗だな。」

 すぐ手前からさとうきび畑が延々と広がり青々とした葉がカサカサと鳴る。そこから視線を上げると正面に黄緑色した山が連なりそのふもと右手に集落が、左手にはすぐそばに海が見え微かに潮の香りがする。

 空が高い。いつか見た外国の空を思い出しながらも左手はバサバサと扇ぎ出来る限りの抵抗をみせもすぐに諦める。


 視線を移す。

 サトウキビ畑とは反対側、助手席側に小高くなった場所が見える。木々が生い茂りちょっとした森の様になっておりその中へと続く様に荒い作りのコンクリートの坂道が上へと伸びている。太陽が反対側に沈もうとしている為こちら側に木々の大きな影が伸び奥までは暗くよく見えないが前に来た時と何も変わらないようだ。


 先に来ているだろう。約束の場所は荒いコンクリートの坂道を登った先にある。会えるのも久しぶりだと左手に花束と板チョコを持ち右のお尻のポケットに車の鍵を入れようとねじ込むと煙草とライターにぶつかったのを確認する。もうとっくにお尻に敷いていた事で折れ曲がっていたのにとどめをさしてしまった。あーぁと肩だけ息を吐くと一度抜き箱の曲がりを気持ち直しまた元のポケットにライターと戻すと鍵を反対のお尻のポケットに入れ坂道を上がっていく。

 勾配がきつく一歩進むたびに千鳥足の様になってしまう。山の傾斜のまま無理やりひかれたコンクリートは一歩進むたびにバランスを取り直さなければならないほど荒く歪んでいる。それを上手くこなしながら登っていくと十段程の階段にさしかかる。一段一段の奥行きが広く登りづらさはあるもののそれ程難しくはない。それを上がっていくと十畳分位のコンクリートの広場に出る。


 よいしょと体を揺らしながら蹴った足を先に着いた足に揃えると一言久しぶりと声をかける。

 「ひさしぶりだね。」

 今きた道を振り返り広場を囲う腰までの塀に花束とチョコを上手に置きながら煙草吸うねと歪んだ箱とライターを取り出しそこから窮屈そうな一本を引き抜くと口に咥える。風が緩く流れ吐いた煙が形を失っていく。空気中に残ったフッーと吐いた言葉の端だけがなんとなしに耳に残りすっと消えていく。沈黙というよりもここの音を楽しむ。

 「元気そうでよかった。」

 煙草の手で頭を掻くと煙草やめれなくてと笑う。

 「折角やめてたのにね。」

 「銘柄は変わんないよ。」

 今登ってきた道を見下ろしながら視線を上げる。もうそんなにないであろう夕方の光が手前のサトウキビ畑とそのずっと奥の山の緑を色鮮やかにしていく。

 雨はどこに行ったんだかと思いながらまた煙を吐く。その煙が右に立つ大きな百日紅の木にからみとられ消えていく。

 「花、咲くね。百日紅の木、下の道からは見えないんだよ。」

 まだ咲きはじめた白い花を見ながら何となく丸めたティッシュを思い出す。満開になったら綺麗なんだろうなと呟き同じ木があるのかとここを囲む高い木々の中から探すも百日紅の木はこれ一本しかない。カサカサっと音を聞く。下のサトウキビの葉が擦れる。左、海側から陸側へと順に風がサトウキビを撫でていく。それに合わせて固い葉が擦れ音を奏でる。いい音と思いながらも声には出さずに口角だけ上がる。何か言いかけ最後の煙を吐くと靴の裏に擦り付け火を消し煙草の箱とそれを覆う薄いビニールの間にねじ込み空を見上げる。

 「いい天気だよな。」

 煙草の箱をポケットに戻しながらそういえばさと続ける。

 「大城結婚したんだよ。」

 「大城って、」

 「大城克哉。覚えてる?二、三回飲んだ事あったけど。

 「うん。覚えてるよ。結婚したんだ。相手は?どんな人?」

 花束のフイルムに軽く手をあてるとそこが少しへこむ。大学の同級生で目が印象的な子だったよと大きな蕾に目がいく。

 「そうなんだ。式出たかったな。」

 口笛の高い音が複雑にリズムをつけて鳴くのを聞いて上を見る。バサバサと羽音がするも姿は見えない。続けて鳴き、というよりも歌い随分高い所の木の枝が揺れるがやはり姿は見えない。

 花もってきたんだ。顔は上げたまま呟き花束に視線を戻す。

 「芍薬って言うんだって。」

 「大きな蕾だね。」

 「こういう花が好きかなって思って。」

 「凄いうれしいよ。ありがとう。」

 手を離すとフイルムに熱が伝わり指の形に曇っている。

 「チョコレートも。これであってたかな?」

 花束の下から取り出すとパッケージの名前をみ、口には出さずに読み上げる。

 「嬉しいよありがとう。当たってるよ。よく覚えていたね。」

 「よく半分こしたよな。」

 チョコを花束の上に置くも手は離さない。じんわりと落ちていく熱に気づかず話し続ける。

 「俺さ・・・。」

 声が小さくなる。言葉を続けようとするも喉の奥にかかったようで出てこない。それでもと言葉よりも先に口だけ開けてみるが続かない。今日が永遠じゃない事をよく知っている。からこそちゃんと伝えなくちゃと思えば思うほど心は言葉を失ってしまう。

 「いいよ、ゆっくりで。暗くなるまではまだあと少しあるから。」

 思わず下を向いてしまう。目頭が熱くなってくる。感情だけが先走ってしまう。ダメだ泣かないってと柔らかくなりはじめたチョコと花束を両手で包むように取ると入り口とは反対側に歩き供物台の手前、一段高くなっている手前で止まりしゃがむと板チョコを供物台の上に置き花束を手前に下ろし目の前の香炉石を見る。

 「やっぱり大きいな。お前とこの墓。」

 「そうだね。沖縄特有だもんね亀甲墓は。」

 片膝を着くと滲んだ涙をふき両手の平を合わせ目を瞑る。ごめんな線香はもってこなかったんだと心で呟き芍薬の花をフイルムから出してあげる。右に二本、左に一本と香炉石の両サイドにある窪みに生ける。足を折るには勿体無いからとそのまま生けてみたが花の頭が入りきらず曲がってしまい不格好になる。一度取り出し十センチ程折るとピタッとそこに収まる。少し後ろに下がり両膝をつき目をつぶりながら再度手を合わせる。

 なんとなく線香の匂いがする気がする。そういう事もあるかもしれないと目を開け手を下しあのさと顔を上げ前を向いたまま話しかける。

 「俺、好きな人,」

 風が後ろから吹き髪を乱し芍薬を揺らし瞬きの時間程で高い所の木々を撫で葉を鳴らす。ザワザワと鳴る木々の葉音は勢いを落とすことなく遠ざかっていく。垂れた前髪を後ろにかきあげながら出来たんだ好きな人と顔を上げ去っていく風を目で追いかける。ゆっくりと立ち上がるともう一度髪をかき上げ乾かない頭を手ぐしで整える。

 「うん。」

 ごめんなと思わず口から出てしまう。一度言うと歯止めがきかずにまたごめんと呟く。

 「なんで謝るの?幸せになってよ。」

 ゴミになってしまったフイルムを拾い綺麗にたたみ手の平に収めギュッと握る。力を入れた右手がじんわりと汗ばむ。いいのか?と放つも声にならない。

 チョコ、半分こしようと供えたチョコを取るとパッケージそのままに半分に割り半分を戻し、もう半分のパッケージを少し剥ぎ取り一口かじる。カリッとなり一欠けら口の中に入ってくると同時にあの日の時間が滑り込んでくる。涙が溢れてくる。大きな涙の粒が止まらない。我慢出来なかった。それでもチョコは美味しいなって半分何を言っているのか分からない声で話す。

 「もう、泣くなよ。」

 熱くなる体に握られたチョコが柔らかくなっていく。もう口に運べないくらい涙が止まらない。ただ握った手の熱で溶けていくチョコと落ちていく涙を見る。

 「ありがとう。」

 泣いても何も変わらない。ただ寂しさが増していくだけだと涙を濡れたTシャツの肩で拭い残ったチョコを口に入れる。甘いチョコと涙の味がする。止めたはずの涙が頬を何度も伝っていく。

 「甘いな。」

 泣きながら笑顔をつくる。いっちゃいけない事と知りながらやっぱりと、

 「会いたいな。お前に。」

 口に出してしまう。涙は嗚咽に変わり膝をつき止まらない涙をそのままに声をあげ泣いた。口に残るチョコの甘さがより一層思い出を運んでくる。


 どこかで鳥が鳴く。もうすぐ夜がやってくる。傾いた太陽は明日を連れてくるために地球の反対側へと回ってしまう。ここはすでに暮れている。

そしてまた鳥が鳴く。カサカサと風が優しくサトウキビの葉をならし百日紅の木の葉を揺らし高い木々まで上がってくるとリズムをつけて鳴きながら羽音とともに遠ざかっていく。

その音にハッと気づかされ上を見上げると夕暮れの茜色に深い青みがかかっている。顔はグチャグチャのまま口だけ動かしチョコを飲み込む。一気に現実に戻される。泣くのはもう終わりと手で、少しぐずりながら目を拭う。甘いししょっぱいと涙のテイストそのままに立ち上がり何度も拭いながら二、三歩進み塀に持たれた。時折鼻を啜りながら黙って夕暮れを見つめる。


 思い出はそのままに。チラつくもそのままに。今はただ二人でまた夕陽をと、右の目じりから流れる最後の一粒の涙は隠すように手の甲で拭う。時間の経過を目で感じる。過ぎていく今日がいい日だったなんて正直わからない。もしかしたら何十年後かにやっぱりいい日だったなって思えるのかもしれない。それでもただ、寂しい。

いつかまた会えたら今日の事を笑ってほしい。一緒に見れて幸せだったって言いたい。いつまでも愛してていいよね?口には出せない。きっと怒られるだろうと頬が緩む。

 薄く空気中に漂う夕暮れをかき分けゴミになったフイルムとパッケージをポケットに入れる。帰らなきゃとグズる鼻を啜りありがとなと呟き階段を一段降りる。

 「泣いてばかりでごめんな。」

 後ろを振り向き笑顔を作るも芍薬だけが風で揺れそれに応える。

 「またくるよ。」

 足は軽かった。

 「もう来なくていいよ。来なくていいから、ちゃんと幸せになってよ。」

 歩きながら振り返らずに手を上げ振って見せる。あっと何か言いかけて一度止まるも振り返らない。上げた手をゆっくりと下ろしそのまま車に乗り込んだ。


               終

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