17話 慟哭
ミイは屋上へと駆け込んだ。
息を切らせているその背中に、語りかける。
「ミイ誤解してるよ。私リコ君の事好きになんてなってないって。あと、ミイの気持ち考えずに反対したのは・・・悪かったよ」
だから、と言葉を継ぐ。
「お願い。話そう。冷静に」
「ユーコはなんでも手に入っていいよね!」
背中を向けたまま、叫ぶようにミイが言う。
「昔からいつもそうだ。私が欲しいものはみんな手に入れてきたじゃない。あなたの事がうらやましくてしょうがなかった。それでこんどはリコ君まで奪っていく」
ミイが振り向いた。目から大粒の涙がこぼれ落ちている。
「ねえ、ユーコはなんで、私なんかとまだ友達やってるの?」
ミイが言う。その口調は、私に言葉をぶつけんばかりのものだ。
「友達もいて、クラスで人気があって、たくさんの異性から想われてる。それにひきかえ私はユーコがいなかったら人間関係いっさいないんだよ」
涙を手でぬぐいながら、私に問う。
「私たち違いすぎるんだよ。住む世界が違うんだよ。なんでまだ友達なの? もういいじゃない。私たち二人だったあの頃とはもう違う!」
そしてつぶやくように言う。怖かった、ずっと怖かったのと。
「学校で誰ともしゃべらないで帰って。今日は誰ともしゃべらないのかなって思うのに、いつもユーコが電話をくれた。メッセージをくれた。私がどれだけそれに救われていたかわかる?
それと同時に・・・
ユーコに見捨てられたら私はどうなるんだろうって恐怖がわかる?」
「リコ君はね、そんな私の心を癒すオアシスみたいな存在だったの。ユーコは勘違いしてるかもしれないけど、私は手紙に付き合ってくれなんて書いてないんだ。
想いは伝えたかったけど、きっと無理って思ってたから」
ミイは私に一歩一歩と歩み寄りながら言葉を続ける。
「だからみんなにバレたのがわかって、もう終わりだって思った。そのうえ、ユーコがリコ君の事好きかもしれない、取られるのかもしれないってなって、もうわけがわからなくなってる」
ミイが私の目の前に立ち止まる。
「ねえ、教えて。私たち友達でいてよかったのかな? もうやめた方がいいのかな?」
「私は・・・」
考える。なぜ私はミイと友達・・・親友なのかを。
そしてそんなことは、考えるまでもない事だった。
はぁ、とため息をつく。
あきれたように。
「あのね、ミイ。あなた私と何年付き合ってるの? ここまで親友から理解されてなかったなんて、逆にびっくりしたわ」
いい、ちゃんと聞いて? とミイへと語りかける。
「たしかに私には友達もいるし、クラスでちやほやされていないこともない。でもね、そんなの薄っぺらい表面上の事でしかないの。
いつ誰もいなくなるか、そんなの私だってわからないよ。きっとそれはみんな同じなの」
ミイの目を覗き込む。
潤んだ瞳は本人の謙遜とは裏腹に、美しいものだ。まだ私以外だれも気付いていない美しさだ。
「でも私にはあなたがいる。毎日電話くれる? それって私の方こそ毎日相手してもらってるって事じゃん。私こそあなたがいなくなったらって考えたら、ゾッとするよ」
ミイの手を取る。
「だからいつもありがとうって思ってる。わたしといっしょにいてくれて。わたしと出会ってくれて」
自分でも言っていてすこし照れくさくなるが、最後まで言う。
「だからこれからも親友でいてよ!」
ミイがつながれた手に視線を落とす。呆然とした表情。
「それとね、ミイ。リコ君のことは本当になんとも思ってないの。私あなたがそんなに思いつめてたなんて、それこそ私もわかってなかった。親友失格だ。」
ぎゅっと手に力をこめる。
「だめな二人どうし、またやり直そう? 私にはあなたが必要なの」
ミイは何も言わなかった。
だめかなのかなと思ったその時、ミイが体をどかっと私にぶつけてくる。
私の背に手をまわす。
「わあああああ」
ミイの慟哭が校舎の屋上にこだました。
私もミイの体を強く抱きしめた。
慟哭はいつまでも続くように思われた。