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晩餐

本をできるだけたくさん読みあさり情報を蓄積していく。

幸いなことに私は読書が好きだった。

そしてジェーン・ブライドの海馬は大変良質であると言わざるを得ないほど記憶力が良い。

速読が可能でさらに一度覚えたことを忘れずにすぐに思い出すことができる。

なんと素晴らしい才能だろうか。

ジェーン・ブライドの身体の有能さに打ち震え日本人であった私とのスペックの落差に愕然とした。

世界は理不尽な事ばかりで嘆きたくなるのだが、わたしはジェーン・ブライドの世界のことを知らなさすぎるので嘆く暇がない。

なぜならば今、わたしは無防備で自分を守ることもできないからだ。

だからわたしはこの屋敷のあらゆる生き物の思考を読むことにした。


これはジェーン・ブライドとして生活する上で非常に重要で有益な能力である。

ただ、この能力を使用しすぎると頭痛がひどくなったり熱が出たりするので、体調を崩しがちになった。

しかし、体調不良になることで、まだ休息の必要ありとして医者から診断されるので、猶予時間が増えて助かった。

この大きなアドバンテージとなる能力を使いこなせるように特訓しているうちに次第にコツのようなものをつかんできた。

さらに初めのころよりも自分の能力が成長していることに最近気が付いた。

この能力は使用すれば使用するほど成長するのだと実感した日、父親であるブライド伯爵からジェーン・ブライドの兄が家に戻ってくることを知らされた。


ジェーン・ブライドに兄がいることは分かっていた。

ジェーンの日記に、ごくまれにその兄の記述があったのと周囲の思考を読んだからだ。

とはいえその兄の名前がアルドアであるという事が分かったのは最近ではあるが。

アルドア・ブライドはル・ジーイの側近の一人ですでにル・ジーイの下で働いている。

ブライド伯爵家に帰ってくるのはほとんどなく、ル・ジーイが治めている領地にて屋敷を与えられており、ル・ジーイの仕事の補佐を行っている。

ジェーン・ブライドとアルドア・ブライドの兄妹仲は正直よくわからない。

まずアルドアのことが日記に書かれていることは少なく、大体がル・ジーイに関連してついでに触れられている感が半端なかった。

なので使用人たち、とくにこの家に古くから仕えている者たちに質問し、その思考を読むことにした。

何か知りたいことがある時は会話でうまく誘導し、そのことについて相手に考えさせる必要がある。

面倒だがそうしないと知りたい情報が得られないのでやるしかない。


わたしがアルドア・ブライドと対面したのは家族そろった夕食でのことだった。

ブライド家は基本的に家族そろった食事はしない。

父親はラジエル公爵に仕えているから当然仕事で忙しく、公爵家の城に出仕しているからほほぼ家で見かけない。

母親は魔界の社交界で他の一族や様々な魔族と交流し情報収集に出かけているのでこれまたやはり家で見かけない。

兄はル・ジーイの領地で仕事をしているので、家にいない。

祖母は別邸からでないのでそもそも本邸にいない。

よって家族が揃うことはほとんどない。

仕事中毒か何かだろうかと思うぐらい仕事熱心な魔族たちである。

わたしとしては交流が少なくて動きやすいのでありがたいが。


良心と兄が揃うという本当にごく稀なイベントは食事の音が聞こえるだけの粛々とした時間だった。

カトラリーを品よく使いこなし食事をしている家族を盗み見て、魔族の食事も人間と変わらないんだなと複雑な気分になった。

わたしに出てくる食事は病人が食べやすいようにと考えられた健康的な食事が主であったし、今まで何も考えることなく口にしていたが、自分以外の食事風景を見て、ふと感慨深く物思いにふける。

そんな表面上は静かな時間だったが、常時展開している能力により、家族が考えていることはずっと聞こえているので、わたしにとってはなかなかに刺激的で賑やかではある。

兄がワインを飲みながらこちらに意識を向けたことが心の声でわかり意識を集中した。


「ジェーン、家で療養中と聞いているがその後の調子はどうだ?」

「………家で静かに過ごしています」


リゾットを掬ったスプーンを見ながらささやくように言った。

おびえているように見えるように。

空気は見えないけれどもし目に見えていたらピリッとしたものが電気のように走ったかもしれない。


「…ストラード家の夜会での醜態は社交界で噂になっている。お前はル・ジーイ様の婚約者なのだから毅然とした態度で堂々としていればよかったんだ。それをあのような…。ル・ジーイ様も噂に煩わされている。これ以上ご迷惑をお掛けする前に隠れていないでそろそろ外に出て婚約者としての責務を果たしたらどうだ」


こちらを見つめる切れ長の長身の男、アルドア・ブライドの兄を殺せたらどんなに晴れ晴れしいだろうか。

一気に頂点へと達した怒りを抑える。

スプーンが磨かれた皿に当たり嫌な音がたつ。

怒りの為に震える身体を両腕で抱きしめて顔を伏せる。


父親と母親は問題の夜会での出来事を思い出し怯えて震えている思ったようだ。

兄はこの程度のことでと軟弱なものへの侮蔑を抱いている。


「アルドア、そのあたりにしておけ」

「父上、しかし…」

「ブライド伯爵家当主の私が許しているのだ。ジェーンの療養はラジエル公にも報告しご許可いただいている」

「父上や母上は昔からジェーンに甘い、そのせいでこのような軟弱なものに成り下がってしまったのではないのですか?」

「まあアルドア、だってしょうがないじゃないジェーンは特別なんだもの」

「ジェーンは女として生まれた瞬間から公爵家の者と結婚することが決定したも同然、そのために必要な教育を厳しく執り行ってきたのだ。少しのわがままや休養くらい与えてやってもいいではないか」

「だからといってこのままでいいわけありますまい」

「そうだ、だが今は体調もすぐれぬのだ。言動も、このように取り乱す時がある。ならば外に出てさらに失態を重ねるよりは落ち着くまで少し休む必要があると私が判断したのだ。ジェーンについて裁量を任されている私だ。おまえではない」

「わかりました。父上がそこまでおっしゃるのであれば従います」


父から冷ややかな眼光で睨また兄はしぶしぶというようにため息をついた。


「もうしわけございません。めまいがひどく部屋に戻りとうございます…」

「そうか、では医者を呼ぼう。部屋に戻りなさい」

「メリーアン、ジェーンを部屋へ」


憎悪に震える声がでた。

おかげで疑問にも思われず部屋に戻ることができた。

医者の診療を受けて薬を処方され、一人になるまでも周囲の心の声を拾い続ける。

私がいなくなった後のジェーン・ブライドの家族の心の声を拾い続ける。


欺瞞と秘密だらけのこの世界から逃げきって見せる必ず。

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