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わたしであって私ではないわたし

お母さまはおっしゃるの。

ラジエル家は闘竜の一族で現在の当主はグラキエスドラゴンなのよって。

わたくしの婚約者であるル・ジーイ様はご兄弟の中でもグラキエスドラゴン(氷結堅竜)の血がより濃く出られているんでって。

家庭教師との勉強で血の濃い一族の者ほど強く特別な能力が発露するんだって教えてもらった。

ル・ジーイ様はとても強いドラゴンなのね。

どんな方なのだろう。

会える日がとても楽しみだわ。

家庭教師は他にもドラゴンの一族は真実の名と呪詛守りである堅牢の名を持っていて真実の名は両親と伴侶しか知らないと言っていた。

ル・ジーイ様の真実の名をいつか教えて頂けるだろうか。




召使がいるという事はとても便利だ。

身の回りのことをすべてやってもらえる。

そんな環境にいることはとても恵まれている。

朝、部屋へとやってきた召使たちを観察しながら心を読める能力とはどう使えばいいのか実験をした。

何分わたしはジェーン・ブライドという良家のお嬢様ではない。

日本という国の一般庶民でジェーン・ブライドの記憶はないわたしはさながら手探り状態で綱渡りをしているようなものだ。

ジェーン・ブライドではないもしくはその記憶がないという事を悟らせないよう、うまく立ち回るのにこの能力は大いに役に立った。

日記から察するにジェーンはこの能力をあまり好きではなかったようで、誰かの感情や思考が自分の中に入ってこないよう己を律する為、祖母の指導を受けていたようだ。

ジェーンは祖母を敬愛していて両親より親しくしていたことがうかがえた。

そこまで親しくしていた相手ならばわたしがジェーンでないことを見抜かれてしまう可能性がある。

情報が少ない現状、祖母と会うのは危険だ。

馬鹿正直に誰かを信じれば痛い目に合うことをわたしは知っていた。

慎重に行動しなければならないと固く心を決める。


気分も体調もすぐれないと周囲に伝えるとすぐに医者がやってきた。

症状を伝えて伺うと、この医者はこの一族のお抱えなのか、ジェーンが置かれている状況をよくわかっているという事が心の声から分かった。

おそらくまだ幼い少女が初恋に破れ、心に傷を負ったのだろうと同情的だった。

この医者は利用できる。


ジェーン・ブライドには交流を求める多くの者たちからの招待状が届いていた。

だが医者が絶対安静、しばらく療養に時間をかけたほうが良いと診断すればそれを理由に穏便に断ることができる。

ジェーン・ブライドの両親は娘の心配はしていた。

でも家の評判がやはり一番気になっていて、できるだけスキャンダルは避けたいから、しばらく落ち着くまではジェーン・ブライドを外に出すのは控えようという結論に至っていた。

わたしはわたしの、両親は両親の、其々の思惑があって、それでも利害が一致したことにより、いくばくかの猶予が生まれた。

これを存分に活用しなければならない。

行動を最小限に、ジェーン・ブライドと親しかった者と会わないよう屋敷に篭りながらこの能力はどのくらいの応用が利くのか、さらに調べる必要がある。

目の前にいる相手だけではなく、同時に複数の思考を読めるのか、読めるのであれば何人が限界なのか、見えない場所にいる誰かの思考を読むことはできるのか、魔族以外の動物の思考は読めるのか等々、検証すべきとこはいくらでもある。

能力の限界を知り、そこからどのくらい能力を伸ばせるのか、応用は聞くのか、この能力は成長するのか。

そんな試行錯誤をしている時にこの屋敷に図書室があることが分かった。

確認したら中々の蔵書量だったので、そこからも情報を集めることにした。

なぜあきらかに日本語ではない文字が読めるのか気にはなったが、読めるならばそれに越したことはないと深く考えることをやめた。


どうやらここは地球ではないようだ。

ドラゴンだのサキュバスだのファンタジーにもほどがあるとは思ってはいたが、世界が違うのであれば無理もない。

私が今いるこの場所は所謂「魔界」というべき場所で、星に降り立った古の一族から幾年月をかけて枝分かれした人間ではない種族たちが住んでいる場所であるという事が分かった。

彼らは総じて魔族と呼ばれ、魔王を頂きに置く序列がある。

魔王の下には四公と呼ばれる四人の公爵がいて、この魔界の領地を其々統治している。

ジェーン・ブライドは伯爵家の娘で、このブライド伯爵家はインキュバス、サキュバスの一族である。

四公の一人であるドラゴンの一族、ラジエル公爵が治める北の領地に属していて、公爵の家臣でもあるブライド伯爵家の娘とラジエル公爵の三男との婚約が結ばれたのは今から十年前。

ジェーン・ブライドが生まれたときである。

十年前に結ばれたこの条約の下、ジェーン・ブライドはラジエル公爵の三男ル・ジーイ・ラジエルと必ず結婚しなければならない。

ジェーンは生まれた時からそう言われてそのように教育を受けてきた。

結婚する相手はどんな人だろう、優しい人だといいなと考え、いずれ結婚する相手の為に必要な勉学に励み、対面した相手を好きになり、純粋に恋慕い、幸せな未来を夢描き期待して裏切られた。

日記を読んで伝わってくるほど素直で心優しい純粋な少女はそのあまりの悲しみに耐えきれなかった。


ぎりっし食いしばった歯から音がする。

優しく素直な性質の者ばかり傷つけられて、傷つけた側は素知らぬ顔でこれからも生活していく。

どれだけ相手の心を傷つけたのか想像もせずに。

こんな理不尽なことがどこででも起きている。

気にする方が馬鹿を見るだけだと、多くの者が慰めるだろ。

期待する方が悪いと叱咤するものもいるだろう。

それでもわたしは傷つけた側を許したりはしない。許すことができない。


日本人であった私もたくさん傷つけられた。

そのたびに惨めな気持ちになったし辛くて無力な自分に絶望した。

何もできないことが悔しかった。

いまのわたしは私であってわたしではないジェーン・ブライドは周囲の誰よりも優位に立てる能力がある。

心を読むという武器がある。

だからわたしは考える。

いまのわたしにできる最大限の復讐は何なのか。

考えて考えて考えるのだ。

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