8 契約完了…知らぬは失敗の元
「お父様、もしかしてこのヒヨコの姿が見えないの?」
まさかと思いながら、ヒヨコを指差して確認するが父は私の指先をじっと見つめると頷いた。
「さっきから、アメリアが可笑しなことを言うなと思っていたのだけれど、精霊様がここにいるんだね? 残念ながら私は精霊様には認めていただいていないようだよ」
…いや… ただの赤いヒヨコだと思っていたのだけれど。
お母様と私にだけ見えるってことは、そうなのだろうか?
「あの… ヒヨコ… さん、あなたも精霊様のお仲間なの?」
さっきまでの怒りを抑えて丁寧に聞いたつもりだったが、ヒヨコはそっぽを向いて答えない。この茹りすぎヒヨコめ…‼
「初めまして。私はエステル・マリア・グレイソンと申します。貴方様はかなり高位の精霊様とお見受けしますが、昨日娘の命を救ってくださったエインセル様とはお知り合いでしょうか?」
お母様が優しく微笑みながら問いかけると、ヒヨコは頷いた。
「如何にも。私は火の精霊であり不死を司るフェニックスだ。エインセルがこの娘のホワイトコアに与えた世界樹の加護により顕現したのだ」
お母様には返事するのね、この馬鹿ヒヨコ…って火の精霊?
たしか火・水・風・地の4大精霊は通常の下級精霊と違い人間の前に姿を現すことも稀って本に書いてあった。その力は強大で人知の及ばない領域のため詳細は不明とか。
何でそんな凄い精霊が私の部屋にいるのよ?
「娘の中には【ホワイトコア】と呼ばれる物があるのですか? 私達には聞きなれない言葉なのですが…」
「そうか…では教えてやろう。コアとは領域の一部であり、生きとし生けるものの中では全て繋がっているのだ。精霊はコアを通じ、あらゆる生き物と通じ合うことが出来る。
だが、この国の人間は魔力で穢れているために我々が関与することはできなかったのだ」
…魔力が穢れ…? どういうこと?
「エステルと言ったな? 貴殿も大分魔力で穢れているが、私の姿を見ることができるということは、過去に精霊との接触があったのか?」
偉そうなヒヨコの態度にもお母様は礼儀正しく答える。
「はい。私は過去にインヌマエル国の第3皇女であり、精霊王様とも一度だけ面識がございます」
そうして、お母様は自分の過去をヒヨコの精霊に話しはじめた。ヒヨコは黙って聞いていたが、私がイヤリングを失くした件でチラッとこちらを見たのが腹立たしいです。
全ての話を聞いた後、ヒヨコは私の方に向き直り言った。
「お前の側の事情は理解した。…さっき説明したコアについてだが、お前のコアは稀有な【ホワイトコア】だ。つまり魔力なんて欠片も無い真っ白な状態で生まれたのだな。そこにさっきの王子が火の魔力を暴走させてお前のコアも大暴走‼ 死にかけたわけだ。そうだな?」
…無言で頷くとヒヨコは続けた。
「それで世界樹の話につながるんだが、世界樹ってのは厄介な性質を持っていてな、清浄な大地にしか根付くことが出来ないんだよ。そのくせ穢れ…お前らの言う魔力を養分に育つんだから通常なら芽が出ることは無いわけだ」
…そんな特殊な植物では人間界で育つわけありませんね。なるほど、文献すらない理由が分かりました。
「お前のコアは世界樹の生育条件を満たしていた。清浄なコアに種を埋め、王子の暴走魔力を栄養分に世界樹が育ったんだ。
多分王子さんの穢れで穢れていた【ホワイトコア】を浄化するためにエインセルは自分の生体エネルギーを使ったから消えたんだろう」
…エインセル…私のために自分が犠牲になったのね…
「とは言っても、現世の姿を使っただけでエインセルの精神は消えていねぇ」
続くヒヨコ精霊の言葉に驚きを禁じ得ない。…エインセルは死んでしまった訳では無いの…?
「精霊は現世の人の目に触れるためにもかなりの部分で力を使っているんだ。まあ、俺様ぐらいの高位精霊になれば大した力では無いが、エインセルにとってはしばらく眠りにつくくらいは力を行使したんだろう。でも消えた訳ではないから安心しろ」
良かった… 眠っているだけだったらいつかまた会えるわね。そうしたら今度こそお友達になれるかしら。
「エインセルからお前のお守りを託されたからな。イヤリングの加護もエインセルが眠ったことで弱まっているし、仕方ないから世話してやるよ」
偉そうにふんぞり返るヒヨコ精霊を見ているうちにやっと気が付いた。
「そういえば、貴方のお名前は…?エインセルのような呼び名はあるの?」
今まで聞いていなかったことを思い出し、訪ねると『高位精霊自体が少ないから呼び名なんてなくても事足りるんだよ』と返された。
なるほど、確かにあまり人間の前に姿を現さないなら今まではそれで良かったかも。
…でも名前が無いと、呼ぶとき不便よね…。勝手に付けたら怒るかしら…?
「これから貴方のことをフェニックスのフェイちゃんて呼んでもいいかしら?」
フェイってかわいい名前だわ。ちょっと安直かしら…と思いつつも提案してみたのだが、突然、ヒヨコ精霊の体は眩い炎に包まれた。もしかして怒ったのかしら…?
熱っ…くない?…ベッドも精霊の周辺も燃えてはおらず、その炎は幻覚なのかと思うほどに美しい。
色を変えながら精霊の体を包み込むように燃え盛る炎はやがてゆっくりと精霊の中に吸い込まれるように消えた。
そして、何ら姿も変わった様子も無いヒヨコ精霊、もといフェイちゃんはニヤリと笑うと言ったのだ。
「…アリシア、お前高位精霊の名づけは精霊と契約するってことだと知らなかったのか?おかげで、お前と俺様は使役契約完了… 仕方ねぇ、よろしくな?」
「こちらこそよろしくお願い致しますわね。アリシア、フェイちゃんと仲良くするのよ」
フェイとお母様は盛り上がっているが、私と見えていないお父様は置いてきぼりだ。
名づけにそんな意味があったとは… 知っていれば絶対に呼ばなかったのに…!!
そういえば、高熱を出した後に見た夢の中でエインセルが『クセの強い子が来る』とか言っていた気がする。
あれはフェイのことだったのね… 迂闊だった…。
無知と迂闊は自分の身を亡ぼすということを実体験したアリシアだった。




