72 執着は甘い牢獄だった
セオドア様からの重い愛を注がれた翌朝、私はグレイソン家へ帰してほしいと彼に懇願する羽目になりました。両親もきっと心配しているはずです。
「じゃあ、アメリアから私に口づけをしてくれたら帰っても良いよ」
彼はにこやかに告げると、目を閉じて私に行為を促します。
ぅうう…恥ずかしいけれど、これをしないと帰して貰えない…。
私はセオドア様の頬に手を添えると、唇にそっと口づけしました。
「フフフ…アメリアの方から口づけしてくれるなんて、もう婚姻を結んだみたいだね。一緒に朝を迎えて、ずっと一緒に居られるなんて幸せだな…」
昨夜、婚姻を了承するまで離してくれなかったくせに…どの口が言うのでしょうか…。
「じゃあ、この部屋の封印を解くからね。勿論防音もしっかりしてあったから、昨日の夜のことは二人だけの…秘密だよ?」
…そんな魔術まで掛けられていたと言うことは、あの時、セオドア様を倒すことに成功していたとしても逃げ出せなかったという事でしょうか?
「じゃあメイドも呼ぶから、支度してから食事にしよう。後でね」
そんなに幸せそうな笑顔で言われたら、怒ることも出来そうにありません。本当に困った王子様ですこと。
支度を終えてダイニングルームに行くと、既に朝食の準備は整えられ、私を待つのみとなっていました。執事やメイド等も十分な人数がいるようで、昨夜は無人の建物だと思っていた私は驚きました。
「食事を終えたらグレイソン家に婚姻の挨拶に行こう。どのような形で婚姻を結ぶかもその時話し合えば良いし」
ウキウキと話を進めていますが、王宮で聞いた体調不良というのは嘘なんですね…。昨夜もこちらが音を上げるほどお元気でしたものね…命が危ないのではないかと心配したのに…。
私はそっとため息を吐くと食事を始めました。
「お父様、お母様。今戻りました…」
グレイソン公爵家に着くと、客間にはお父様、お母様、そしてジュードが揃って待っていました。
全員、目の下にクマを作って…一晩中起きて待っていたのですね…。心配をかけてごめんなさい。
「アメリア!無事に帰ってきて良かった…。お前がセオドア様に連れ去られたと聞いたときは王宮の警備隊を総動員して捜索しようとしたんだが、国王陛下に止められてな…」
お父様…いくら娘が心配でも王宮の警備隊を一存で動かすのはお止めください!
「国王陛下に『セオドアが今夜一晩でアメリア嬢を説得できなかったら婚姻を諦めさせるから、一晩だけチャンスをくれと言われた。だから今夜だけは待ってやってくれ』と泣きつかれた…国王が息子に甘いからうちの可愛いアメリアが割を食うと言うのに…」
ギリギリと歯噛みしながらお父様が怒ります。
「おかげ様で、アメリアに婚姻を了承してもらいました。フフ…これからは公爵をお義父様とお呼びしますね」
「お義父様呼びはまだ早い!アメリア…本当に良いのか?こんなに意地悪な王子でも。きっとお前は苦労することになるぞ?…絶対に苦労する!もう一度考え直しなさい」
お父様、本人が目の前にいるのに意地悪王子って…本当に不敬罪で掴まりますわよ?
「アメリアには金銭面でも、精神面でも苦労をさせるつもりはありません。私の私財も芳醇にありますし、先日リーチェス王国でも、有望な魔宝石の鉱脈を国王陛下から譲り受け、私財で購入してきましたから。彼女は一生私の傍で微笑んでいてくれればそれだけで良いのです」
私を含め、その場にいた全員が唖然としました。…訪問していた一週間の間にそんなことまでしていたなんて…。
しかもリーチェス王国の魔宝石と言えば、国で管理されている大変貴重なもの。その鉱脈など、通常であればお金を積んでも買えるものではありません。どれだけ用意周到に準備を進めていたのでしょうか。
「もし、アメリアが望むならグレイソン家に養子に入っても構いませんし、リーチェス王国に渡って商売をしても良い。廃嫡されても私は痛くもかゆくもありませんから」
「君は…どれぐらい前から準備を進めていたのだ?それ程に…アメリアを愛しているのか…?」
お父様の言葉に頷くと
「ええ、彼女無しの人生は考えられない位には。王位なんかよりも深く欲していますね」
そう答え、笑顔を見せました。
「…とりあえず、王宮に戻って国王両陛下に報告をしてきなさい。私達との話し合いはその後にしよう…本当に王家の一族の執念深さには負けた…」
ガックリと項垂れるお父様…昨日からの徹夜に加え反論の隙を与えないセオドア様からの攻撃では疲れ果てるのも無理はありません。
そのまま、私たちは王宮へと馬車で向かいました。
王宮では直ぐに国王両陛下との謁見が許され、私たちは王の間へと進みました。
「おお!セオドア、アメリアよ。戻ったか」
「国王陛下‼はい、無事にアメリアから婚姻の了承を取り付けました。直ぐに教会で式を挙げ今日から一緒に暮らすつもりです」
ハキハキと笑顔で答えるセオドア様に国王両陛下どころか私も慌てます。今日から一緒に暮らすなんて聞いていませんわよ⁈
「いくら愛し合っていても王家の者がお披露目もしないで式を行う訳にはいかん!勝手な行いは慎め!」
厳しい国王様の叱責にもセオドア様はどこ吹く風です。
「私は王家を廃嫡された身ですから。グレイソン家に養子に入るのか、隣国へ行くのかも私が決めて問題は無いかと」
「お前が良くてもアメリア嬢は、お前に王位を継承してもらいたいのではないか?もし彼女が後で王妃になりたかったと言いだしたらどうするつもりだ⁈」
言いませんわよ…そんなこと…。でも必死なご様子の国王様にそんなことは言えません。
「もし、アメリアが王妃になりたいと言いだしたらですか?…この国の警備の弱点を突いて王家を転覆させれば次期国王になれますよね。やりようなどいくらでも…」
セオドア様の言葉に『やっぱり…』という顔をした王妃様が、私にしきりに目配せをします。…ここは空気を読んでセオドア様を止めろと言う事ですね?分かります。
「セオドア様…私は貴方がこの国の国王として、正当な方法で王位に就くことを望みますわ。…私を正妃にしてくださるんでしょう?」
にっこりと微笑むと、セオドア様が真っ赤な顔でこちらを見つめます。
「もちろんだよ!君が望むなら、王位継承をしても構わない。アメリアが正妃として一生傍に居てくれるんだものね?」
そう言うと国王両陛下の前だと言うのに何度も口づけられました。
「ゴホン…、それではセオドアを王位継承権第1位の座に戻し、アメリア・エゼル・グレイソン公爵令嬢も婚約者に復帰するものとする」
国王様が威厳を持って宣言されました。
「だから、しっかりお披露目の式はやりなさい!国民にも知らしめることが国を平定する上でも重要なのだから」
「アメリアがそれを望むのなら…」
ちらりとこちらを見るセオドア様の言葉に慌てて頷きます。ここで頷かなくては今度こそ拉致、監禁の未来が見えますから…。
「私も、国民すべてに祝福されたいですわ…セオドア様、お願いします」
私の言葉をかみしめるように彼は『もちろん!愛する君の言葉なら何だって叶えてあげるよ』と宣言されました。
「これでアメリアは私のモノだね?国中に私たちの愛し合う姿を見せつけてやれば、アイツらにも変な気を起こさないように牽制できるし」
ニコニコと無邪気な笑顔の裏に甘い毒をたっぷりと含ませて彼は私の全てを捕まえました。
「一緒に幸せになろうね?アメリア…もう離さないから」
セオドア様の言葉が愛を囁いているのではなく、私を脅しているような気がするのですが…?
これでお前はもう逃げられないぞ…と。
無能公爵令嬢は結局、愛する王子様の甘い毒の牢獄からは逃げだすことは出来ませんでした。
これにて本編は完結となります。メンテナンスと被って投稿が遅れるなんて、プロ野球が延長になって深夜アニメの録画がずれたぐらいのインパクトがありました。←(作者的に)
お読みいただき、本当にありがとうございました。




