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68 私の作った歴史

  ジュードの提案は酷く残酷で…魅力的でした。

  セオドア様への想いを忘れてしまえば、この胸を抉るほどの痛みも消える…。

  …彼が愛する、彼に相応しいご令嬢と婚姻を結ぶことも祝福できるようになるの…?

  無言で立ち尽くす私を抱きしめると、ジュードはそっと私の顔を上に向かせました。


「…あいつを忘れたら、俺を受け入れてくれるのか?…いつだって、セオドアの事でお前は泣くんだな…」


 言われて私はやっと気が付きました。頬を濡らす涙に…。


「きっと、セオドア様のことを忘れた方が幸せなんでしょうね…」


「だったら…‼」


「でも、彼との想い出を忘れたら、きっと私は今の私ではないわ。セオドア様を愛した私だから、ジュードも好きになってくれたんでしょう?」


「…俺はセオドアのモノだから奪いたくてお前を好きになったわけじゃない!」


「ええ、判っているわ。でもね、人には歴史が必要なの」


「歴史…?人生ってことか?」


「そう。生まれ落ちてから今迄は私が作り上げてきた私の歴史なの。その一つでも欠けてしまったら今の私はいないわ。辛くても、セオドア様を愛してきた私がいたからこそ、貴方に愛して貰えたアメリアがいるのよ」


「…俺にお前を守らせてもくれないんだな。…本当に強くて…残酷だ…」


 ジュードは私を腕から解放すると、少しだけ痛そうな笑みを浮かべました。


「そこまで言われたら引き下がるしかないな。…でもセオドアは王位の為に政略結婚をするんだぞ?その時…辛いのはお前だ。…それでも良いのか?」


 私は涙を拭きながら頷きました。


「フフフ…心配してくれるの?優しいのね、ジュード。でも、彼が幸せでいてくれれば、きっと私は痛みに耐えられるわ。だから貴方も【人心掌握の秘術】はみだりに使ってはダメよ?人の歴史を壊す行為なんだから」


「まったく…お前ってやつは。…あのさ、今は諦めるけれど、俺も一応王家の端くれだから諦めが悪いんだ。だから、お前がセオドアのことでこれ以上泣くなら今度こそ無理やり奪うからな!覚悟しとけよ?」


 ジュードは私がセオドア様のことで泣かないようにとお道化てくれました。彼は本当に優しく素晴らしい人です。彼を選ばなかったことをいつか後悔しないように、私は笑顔で頷きました。


「ええ、貴方がお父様に潰されないように、私も頑張るわね」


 今は辛くても、きっと立ち直れる日が来ると信じて…。



「アメリア様…後少し…もう少し締めますから頑張って下さい」


「イオナ…もう…無理!苦しくて内臓が飛び出してしまうわよー!」


 ジュードの求婚を断ってから更に一か月が過ぎた頃、王宮から舞踏会が開催されると招待状が来ました。

 私はセオドア様と婚約も破棄していますし、今はまだ社交界に出ていく元気も無いので当然辞退したのですが、今回はジュードが正式にブラインズ公爵家の跡継ぎとして就任することをお披露目する場でもあり、パートナーを連れずに参加することは失礼だとジュードから泣き落としをされたのです。

 婚約者でもないのにパートナーなんて嫌だとごねてみたものの、お父様もお母様も既に了承済みのようで…。


「たまには、素敵なドレスを着て華やかな場に出ることも必要だから行きなさい」


「気分転換も必要よ?それに、素敵な殿方と出会うチャンスかもしれないし…」


 二人に圧を掛けられて、結局参加することになってしまいました。

 …私の意思は無視ですね…。仕方がありません、ジュードのお披露目の間は壁の花に徹することに決めました。


「…締め付けるのはこんなところですかね?後はこのドレスを着用していただいて、お化粧をするだけです」


「まだまだかかりそうね…」


 ため息を吐きながら、ドレスを眺めます。

 セオドア様と婚約を破棄した以上、彼の色を纏うことは許されません。

 そのため、今回はお母様の選んでくれた淡いターコイズブルーのドレスを着用することになりました。

 レースが肩口までぐるりと囲んだノースリーブのデザインで、白い蔦模様が刺繍されています。

 腕がむき出しになるため、今回は同型のレースロンググローブも着用するように準備されていました。…淡い色使いが繊細で素敵…でも、光の加減で白っぽいドレスに見えそうだけれど…。

 まるでウエディングドレスのようね…自分の未練がましい想いは首を振って忘れることにしました。もう…時は戻らないのです。


「アメリア…いつもと違って…そのき、綺麗だな」


 迎えに来てくれたジュードが顔を真っ赤にして褒めてくれます。


「いつもは貧相で見苦しくてごめんなさいね?」


 わざと意地悪を言うと『いや、いつも可愛いけど、今日はすごく綺麗で…あの…』と狼狽えるジュードの姿に思わず笑みがこぼれます。


「フフフ、意地悪を言ってごめんなさい。褒めてくれて嬉しいわ、今日はエスコートをよろしくお願いしますね」


 彼の腕に手を絡め、一緒に馬車に乗り込みました。


「我々も、支度を終えたら王宮へ向かうから。あちらで合流しよう」


「素敵よ、アメリア。ジュードと沢山ダンスを踊って気晴らししていらっしゃいね」


 お父様、お母様に見送られ、王宮へと出発しました。


「アメリア、今日は俺のパートナーになってくれてありがとう。…嬉しかった」


 はにかみながらも真っすぐなジュードは今も私を大切に思ってくれているようです。


「ええ、私もいつまでも閉じこもってばかりはいられないし、いい機会ですもの。貴方のお披露目が上手くいくように祈っているわ」


 にっこり微笑むと、ジュードが自分の胸ポケットから何かを取り出しました。


「これ…ずっと預かっていたけれど、お前に返した方がいいと思って…」


「なあに?」


 私の手のひらにコロンと置かれた物…。それはかつて彼に渡した精霊のイヤリングでした。


「そのイヤリングのおかげで、俺はライオスに操られずに済んだ。本当に感謝している。…でも、もう俺には必要ないから」


「…必要ない…?」


「ああ、俺はそのイヤリングのおかげでアメリアに出会えた。だから、もう必要ないんだ。…今度はお前が、大切な人と出会えるように付けてくれ。…まあ、片方壊れちまったから効力が切れているかもしれないけどな」


 私の付けていたイヤリングは封印が解かれた時粉々に砕けていました。

 そんなジュードの気持ちが嬉しくて、私はその場でイヤリングを耳に付けます。


「よく似合っている。…お前はやっぱりそのイヤリングが一番似合っているよ」


 ジュードの優しい眼差しを受け、付けたばかりのイヤリングにそっと触れました。

 …エインセルに出会ってから、今までの私の歴史…。

 その精霊のイヤリングは、何故か不思議な力で傷ついた私の心を温めてくれているようでした。


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