67 ジュードの求婚
婚約破棄となってから2週間が経ちました。
私も、しばらくはベッドから起き上がることも出来ないほどに衰弱していましたが、今では庭ぐらいなら出られるほどには回復しました。
…そうは言っても少し動いただけで息切れするのですから、専ら部屋で刺繡をしたり、本を読んだりとゆったりとした時間を過ごしているのですが。
世界樹が消えてから、私を取り巻く世界は寂しくなりました。
四大精霊達にも精霊王様にも…そしてセオドア様にも会えなくなったからです。
王宮にも出られないため、エンネル王女にもお会いすることが出来ず、あの後大丈夫だったのか確認すら出来ていません。
…今思うと、エンネル王女があんなに私を慕ってくれていたのも魅了の力のせいだったのではないかと疑心暗鬼になってしまうのです。
「今までが忙しすぎたのだから、少しはこんな時間があっても良いのではなくて?」
お茶の時間にお母様が優しく言いました。
「今はまだ社交も辛いかもしれないけれど、いずれはそれも再会できるといいわね」
「そう…ですわね…」
今はまだ頷くことは出来ないけれど、きっとこれも時間が解決してくれるのでしょう。
「貴女が封印された後、王宮魔術団がエンネル王女様を救出して、今は王宮にいらっしゃるわ。ケガも無くて『アメリアお姉さまに会いたい』と大暴れしているとリアム王子様も困っていらしたわ」
…エンネル王女様はお元気だったのですね。本当に良かった…。
「それでセオドア様の事だけれど。今回あなたとの婚約を解消したことで廃嫡は免れたわ。でも、ご本人が酷く取り乱していて、公務復帰はまだ先になりそうだと伺ったわ」
…廃嫡を免れたのでしたら、今は取り乱していても、彼ならば立ち直ってくれるはずです。そして、いつか彼に相応しいご令嬢と婚姻を結び王位を継承されるのです。
それはオールヴァンズ王国にとって喜ばしい事でしょう。
彼の幸せな未来を考えただけで、私は胸が抉られるような痛みにそっと胸元を押えました。今はまだ辛くても、きっといつかはこの胸の痛みを忘れられることでしょう…。
溢れそうになる想いと涙を、私は俯いて隠しました。お母様の視線から逸らすように。
私がセオドア様に離宮で首を絞められた時、彼に体当たりして私を救ってくれたのはジュードだったそうです。
あの時のジュードは私の魅了に掛かって『アメリアは俺のモノだ』と半狂乱で暴れていたそうですから、余程激しく魅了の力に幻惑されてしまったのでしょう。
そのおかげで、私は一命を取り留めましたが、その攻撃に逆上したセオドア様が、今度は私を自分の魔力で封じ込め、誰にも手の届かない場所へ封印したそうです。
そして、無茶な魔術を多発した為に魔力暴走を起こしてしまった…。
結局、ご自分では暴走を止めることが出来ず、王宮内で魔力封印の施された王宮図書館内に幽閉され、魔力暴走のせいで生命力まで削られてしまったとのこと。
【ホワイトコア】の世界樹がセオドア様の魔力暴走を全て受け止め切ったとき、彼はその場で昏倒し、封印されていたはずの私も助かったそうです。
二人ともかなり衰弱が激しかったので、私はグレイソン家、セオドア様は王宮内で手当てを受けた…。これが、事件の全容でした。
様々な思惑やそれぞれの行動で移り変わっていく未来。
既に私とセオドア様の道は離れてしまいました。それでも…セオドア様が生きていてくれて良かった…。それだけが私のたったひとつの喜びでした。
「アメリア…この前は…俺のせいであんなことになって本当にすまなかった」
数日後、ジュードが謝罪の為にグレイソン家を訪れました。
さすがに、部屋で二人きりは私もまだ勇気が持てず、客間でお父様もお母様も一緒に話を聞くことにしました。
「あの時の俺は、一刻も早くアメリアの元に行かないといけない…って衝動に駆られて…お前を俺のモノにしたい気持ちで頭がいっぱいだったんだ」
ジュードは項垂れながら、抗弁します。
「いくらアメリアが好きでもあんな強引なことをするつもりは無かったのに、あの時の俺はどうかしていたんだ…」
必死に縋るような瞳には、あの時のようなほの暗い欲望を孕んだ熱情はどこにも感じられませんでした。
やはり…魅了の力のせいで彼らが狂気に侵されていたのだとすれば、謝るのはむしろ私の方なのです。
「ジュード…あなたのせいでは無いの。あの時、私の魅了の力が発動してしまったらしくて…」
私は封印された暗闇の中でフェイに聞いたことを皆に伝えました。
「精霊の魅了の力…それは普通の人間には抗えなそうな力だな…」
「ええ、アメリアを想う力が強いほど魅了の効力も強そうですわね…」
お父様もお母様も納得したように頷きました。
「でも、その力はセオドア様の魔力暴走を止めた時に全て使ってしまったから。精霊界との接点が絶たれた今、私は何の力も持たない無能なのよ…。だから外見も元通り、地味でなんの取り柄も無い女の子に戻ってしまったわ」
自虐的に笑う私を、いきなりジュードの目が射貫きました。
「何を言っているんだ!君は俺にとって魅力的な女性のままだよ!」
彼はひたむきに私を見つめ、言葉を続けます。
「あんなことをしてしまって、正直アメリアには嫌われたかもしれないけれど、俺はずっと君のことが好きだったんだ。セオドアと婚約を解消したと聞いて俺がどれ程嬉しかったか…。最低だけれど、君があいつのモノにならなくて俺は泣くほど嬉しかったんだ」
そう言うと、お父様たちに頭を下げました。
「彼女を絶対に幸せにします。もう二度と彼女を泣かせたりしませんし、グレイソン公爵家に養子として入っても構いません!…アメリアと…彼女と婚姻を結ばせて下さい」
いきなりの求婚に私もお父様、お母様も唖然としました。
…まさか…謝罪だけだと思っていたのに、いきなり求婚なんて。…彼もやはり王家の血を引くだけあって強引だし、執着が激しいのでしょう。血は争えませんね…。
「…ジュード、君のアメリアに対する真剣な気持ちは判った。しかし、王家や議会でブラインズ公爵家を継ぐと決議されている以上は、勝手にそれを覆すことは出来ない」
お父様が厳しい声でジュードに言いました。
「それに、私たちに許しを請うのではなく、先ずはアメリアが君を許し、君に愛されたいと願う方が先だろう?…まあ、今度アメリアに無体な真似をしたら今度は私が全力で君を潰すから覚悟したまえよ」
流石は敏腕外交官です。いつもは私やお母様にデレデレで甘い顔しか見たことが無かったので内心驚きました。
ジュードも顔面蒼白で止まっています。余程ショックだったのでしょうか…。
「とりあえず、二人でお庭でも散策して少し話したら良いわ。…このことはゆっくり考えましょう」
お母様の提案で、私たちは公爵邸の庭を散歩することになりました。
「さっきは…その…いきなりで悪かった…」
ジュードが顔を赤くして私を見つめます。
「もう、離宮でのことは気にしていないし、私の魅了のせいだからあなたも忘れてね」
そう伝えると、あからさまにホッとします。
「じゃあ、さっきの求婚のことも真剣に考えてもらえるか?」
「…離宮で無理やり口づけをしたからといって、責任を感じる必要なんかないわ。貴方にはいくらでも貴族のご令嬢で相応しい方がいるから…」
そこまで言うと、ジュードに腕を掴まれ、無理やり彼の方を向かされました。
「俺が責任を取ってお前と婚姻したいと言っていると思っているとしたら、それは間違いだ!」
驚きで声も出ない私を見つめると少し顔を赤らめ続けます。
「さっきも言った通り、俺はアメリアをずっと好きだった。多分、街で会ったあの日からずっと…。でもお前はセオドアの婚約者で…俺は諦めようと必死だったんだ。
どんなにきれいなご令嬢だろうが、俺の片思い期間の長さには呆れて逃げ出すくらい、お前をずっとずっと好きだった。愛しているんだ…俺と一緒になって欲しい…」
ジュードの真剣な眼差しが私を捉えます。
「でも…私はまだセオドア様のことが忘れられないわ…」
私が震える声で言うとジュードは私の両手を握りしめました。
「もし、あまりに苦しければ俺が【人心掌握の秘術】を使ってセオドアの記憶を忘れさせてやるよ」
…こんなに苦しい胸の痛みを…セオドア様のことを忘れる…?
私は突然のジュードの申し出に困惑しました。
後少し…あと少しでクライマックスです。もう少しだけ、お付き合いください。




