65 二つの選択
…ここは…どこなのかしら…?
気が付いた時、私は真っ暗な暗闇の中に浮かんでいました。
確か、不貞を疑うセオドア様に首を絞められて…その後の記憶がありません。
「もしかしたら、あの時に私は死んだのかしら…?」
今も暗闇に浮かんだままぼんやりと思います。私はすでに肉体が滅んで精神だけの状態なのかもしれません。
…それにしても、あの時のジュードは普通の精神状態ではありませんでした。今までも私に好意を向けてくれていたのは知っていましたが、それはあくまでも友情のようなものだと思い込んでいたのですが。
…たとえ彼が私を一人の女性として愛してくれていたとしても、普段のジュードであれば無理やり迫るような行為はあり得ないとしか思えないのです。
それにセオドア様もおかしかった…私がコルセットを付けておらず薄いドレスを纏うのみでジュードから悪意ある進言があったとしても、あれ程簡単に激高し、私を疑うなど通常の彼からは考えられません。
愛していると囁いて、繰り返し抱きしめていたことも私の気持ちを疑いながらの行為だったのかと悲しくなりました。
それに最後に見た彼らを取り巻くように集まっていた【穢れ】…すっかり消え去ったものと思い込んでいましたが【穢れ】は王族の心のうちに潜んで再び蘇る時を待っていたのでしょうか…?
どれだけ繰り返し考えていても暗闇は変わらずに私を包み込んでいます。
外の状況も判らないまま、不安だけが膨らみます。…これから私はどうしたら良いのでしょう…。
「アメリア…聞こえるか?アメリア…」
どのくらい時間が経ったのかも判らないまま、微睡むように闇に包まれていた私を誰かが呼ぶ声がします。…徐々に精神が覚醒してくると、やっとその声の正体が判りました。
「…フェイ?貴方はフェイね⁈今、困ったことになっているのよ…あら?そう言えばどこから声が聞こえるのかしら?」
周りには相変わらず闇しか存在せず、私は辺りを見回しました。
「久しぶりだな、アメリア。実はお前の【ホワイトコア】を通じて直接心に話しかけているんだ。今のお前の状況は精霊界にも届いているから、状況は把握できているが、かなり拙い状況になっているようだな」
「ええ…。セオドア様に首を絞められて、気が付いたらこの闇の中にいたのよ。もしかして、私は既に死んでいるのかしら?」
「アメリアがいる場所は、【英雄】に閉じ込められていた精霊と同様に封じられた闇の世界だ」
闇の世界…。こんなに寂しい場所に500年も閉じ込められていた精霊様も不幸ですが、私も同じ状況に陥ってしまったようです。
「今は封印された…仮死状態だが、その世界は時間が止まっている訳じゃないからな、いずれ肉体が滅びてしまう。早く封印を解除しないと実際にお前の器は死ぬことになる」
「セオドア様に封印を解いてもらうことは出来ないのかしら?」
外に出ることが出来れば、誤解を解くことも出来るのです。
でも、フェイは『それが出来ればなぁ…』と言葉を濁します。
まさかセオドア様の身に何かあったのでしょうか?
「セオドアが酷く取り乱して、また魔力暴走を起こしているんだ。今はアメリアも封印されていて誰にも暴走を止める手立ても無い。その上あいつ【穢れ】に精神を取り込まれていて話も出来ない状態なんだよな。…現在は王宮図書館の一角にあいつを閉じ込めて暴走を抑えている…このままだと最悪、セオドアも死ぬかもしれない」
セオドア様が苦しんでいると言うのに、私にはどうしようもありません。
「何か彼を救う方法は無いの?…私に出来ることなら何でもするから…」
「…今、お前が選べる道は大きく二つある。一つ目はジュードの【人心掌握】の秘術をセオドアに使ってアイツの中にあるアメリアの記憶を消すこと」
セオドア様の記憶から私だけを消してしまう…?
「そもそも、セオドアがアメリアに執着しすぎることが原因で今回の封印も、魔力暴走も起きている。アメリアを忘れればアイツは普通の状態に戻るからセオドアも封印を解いて元の生活に戻れるだろう
」
…セオドア様の中から私が消えたら、また心を閉ざしてしまわないでしょうか…?
「二つ目は…今なら精霊王様もアメリアに干渉できる状態だからアメリアが精霊王様と婚姻してオールヴァンズを去る」
…はい?私は今どこにいるのかも判らない場所に封印されているのですが。どうやって婚姻を結べと…?
「アメリアと精霊王様が会って、互いに面識が出来ただろう?だから精霊王様がお前の未来に干渉する未来の道筋が出来たんだよ。自分の嫁を守るためなら力を行使することも出来るから、セオドアの魔力暴走も止められるし、記憶も改ざんできるって言っていた」
…二つの道のどちらを選んでも、セオドア様の記憶から私は消える未来しかないのですね。
彼が私を忘れる未来…。彼の傍に居たいのに、それすら許されないのでしょうか。
「そう言えば、封印される直前、ジュードとセオドア様に【穢れ】が見えた気がしたのだけれど、フェイは原因に心当たりがない?」
最初に離宮へと現れた時からジュードの行動はおかしかった…。それにセオドア様も異常なほどに疑心暗鬼で、私の言葉など届いていないようでした。何か尋常ではないモノに操られているような…そんな気がしたのです。
もしその原因が判れば、また違った道が拓けるかもしれません。フェイは理由を知らないのでしょうか?
フェイはためらった後、そっとため息を吐きました。
「アメリア…あの二人がおかしくなった原因は…お前だ」
何を言われているのか一瞬、理解できませんでした。私が二人をおかしくさせた…?
「私は一週間の間離宮にいて、ジュードともセオドア様ともまったく顔を合わせていなかったのよ。それなのにどうやって二人に影響を及ぼせると言うの?」
ジュードはともかく、セオドア様は表敬訪問の為に隣のリーチェス王国へ行っていたのです。私が原因になれるはずがありません。
「…言い難いんだが…アメリアは【ホワイトコア】に世界樹があるだろう?世界樹は精霊界とも繋がりがある故、今のお前は精霊に近くなっている。…精霊は人間を魅了する存在だ…だから、お前も精霊と同様に魅了の力を発動させている状態でいる訳だ」
確かに精霊は美しいし、よく人間が精霊に恋をするおとぎ話もあります。
でもそれは、精霊の外見が美しく、清らかだからこそ魅了されるのではないでしょうか?ただの人間が操れる力では無いはずです。
「やっぱりフェイの勘違いよ。私の外見は精霊のように美しくないし、二人に直接会っていないんだから…」
そう断言するも、フェイはまたため息をつきました。
「精霊が魅了の力を最大限に引き出すのは大体人間に恋をしたからだ。判るか?」
おとぎ話の精霊は人間に愛されたくて魅了の魔法を使います。それは恋した相手に自分を愛して貰うため美しく、魅力的に見せる力…。
「アメリア…お前は直前まで【閨教育】を受けていたよな?」
…フェイ…いなかったはずなのに良く知っていますね。恥ずかしいから黙っていたのに。
「お前が、夫婦の営みや行為を知り、セオドアに愛されたいと願ったことで精霊の力…つまり魅了が発動したんだ。一度発動した魅了は相手を操り、自分の虜にするまで消えることは無いからな」
「…そんな…じゃあ、二人と会ってもいないのに彼らが魅了されたのは…」
「元々、あの二人はお前を愛していたから魅了の力に強く惹かれたんだろうな。このままだと王家の兄弟同士でアメリアを欲した争いが起きかねない。【穢れ】の力も再び集まっている今、お前を手に入れるためなら犯罪すら起こしかねない状態に幻惑されているからな」
フェイの言葉に青ざめます。…オールヴァンズ王国に自分のせいでまたも危機が訪れました。私はどうしたら良いのでしょう…。




