63 ジュードの来訪
「もうすぐ、セオドア様が公務に行かれてから一週間ね…」
私は生気の無い声で呟きました。…この地獄のような【閨教育】がやっと終わりを迎えるのです。 本当に身も心も疲れました…。
「そうですね、アメリア様は本当に頑張っていらしたと思いますよ」
ディーナもお茶のお代わりを準備しながら労ってくれました。
…私は夫婦の営みを甘く見ていました。
今までもセオドア様に公衆の面前で抱きしめられたり口づけされたりと辱めを受けてきているし、夫婦の営みと言ってもそんなに恐ろしい行為ではないだろうと高をくくっていたのです。
…とんでもない愚か者でした。
あんな全身を余すところなく愛し愛されたり、互いの欲求を受け止めたりと世の中の夫婦と言うのは平気な顔でこんな激しい行為をするものだったなんて…。
「確かに最初は恐ろしいかもしれませんが、愛する人を受け入れるのは大切な行為ですし、お世継ぎを設けるのも王妃の役目ですからね。それに痛いだけではなく互いの想いを知る幸せな時間でもありますから」
ロッテ先生はこともなげに仰いますが、男性のナニを図解で見せられたエンネルはその場で気絶しました。
…ああ…。私も気絶して現実逃避したかった…。
ちなみにロッテ先生があまりにお若いので年齢を尋ねたところ70歳を超えた辺りだと仰っていて驚きました。
何でも血縁者にドワーフがいるために小柄で長命なのだそうです。だから知識が豊富なのですね!お見逸れしました。
「これで一通りの授業は終わりにします。後は不安なことや閨について知りたいことがあったら王宮の医務室に私はいますからね!」
最後までマイペースなロッテ先生はそう言うとセカセカと王宮へ帰っていきました。きっと王妃様に事後報告するのでしょう。
「今まで無体なことばかりする王子様だと思っていたけれど、色々と我慢して下さっていたのかしら…」
ため息を吐く私に『…十分、今までもやりたい放題だったとは思いますけれどね』とイオナがコッソリ呟いていたのは私の耳に届きませんでした。
「どちらにしても、本日で【閨教育】は終わりです。後は身支度を整えられてから公爵家へとお送りいたしますので」
そう言うとディーナはエンネル王女の様子を見に部屋を出て行きました。
エンネルは、【閨教育】に激しく動揺してしまい、図解を見て倒れてから高熱で寝込んでしまったのです。
エンネルは元々、魔力耐性も無いので、魔術治療も出来ず、私と同じように医師の薬学治療を受けることしかできないため今は安静に寝ています。
「後で、私もエンネルの様子を見てこようかしら…」
そう思った時、いきなり扉がノックされました。
「アメリア様、グレイソン公爵様のお使いでジュード様がお見えになられていますが、どういたしますか?」
ジュードが何の用事でしょうか…?本日帰宅するというのにこちらへ来たということは緊急の用件かもしれません。
「客間へ通してちょうだい」
私はイオナと共に客間へと急ぎ向かいました。
「アメリア、久しぶりだな。元気だったか?」
一週間ぶりに会うジュードは…なんだか少し様子がおかしく感じられました。気のせいでしょうか…?
「ええ、お父様からのお使いだと聞いたのだけれど、どんなご用件かしら?」
私の言葉に少し、躊躇うような素振りを見せると、ジュードはイオナをチラリと見つめます。
「イオナは口が固いから大丈夫よ。どんな用件…」
私が言いかけた時、エンネル王女の侍女が慌てて駆け込んできました。
「あっ!お客様でしたか…申し訳ございません…」
狼狽える様子に、エンネルに何か問題があったことが窺えます。容体が悪化したなどがあっては、国家間の問題になりかねません。
「エンネル王女に何かあったのかしら? …急ぐのなら、先に用件を教えて頂戴?」
「…実は、エンネル様のお熱が下がらず、ディーナメイド長にお医者様を呼んで頂いているところです。でも、私ではエンネル様のお熱を下げる薬の配合が判らず、イオナさんにお聞きしたいと…」
慌てる侍女の様子にイオナも行くべきなのか、戸惑っています。
「イオナ、行ってあげて頂戴。こちらは私だけで大丈夫だから」
「でも…独身の男性であるジュード様と二人きりという訳には…」
「大丈夫よ。彼は王家に連なる人物なのよ?そんな無体な真似などするはずがないわ」
私の言葉に一瞬ためらった後、イオナは侍女と共に客間を出ていき私はジュードと差し向かいで話すことになりました。
「それで、ジュード…用事と言うのは…」
「あのさ、急いで来たから喉がカラカラなんだ。悪いけれどお茶を貰えないかな」
先ほどまでは何も言っていなかったのに突然どうしたというのでしょうか。
仕方なく、私はお茶の支度をするために立ち上がりました。
ジュードに背中を向けて、お茶を準備していると、なぜでしょうか彼から体中を見られているような視線を感じます。
…扉の方で小さな金属音がしたことにも気が付きませんでした。
「お茶が準備出来たわ。どうぞ…それでお話しと言うのは何?いい加減教えて下さいますか?」
少し焦れながら、続きを促すと、ジュードはお茶を口に運びながらやっと話し始めました。
「アメリアはグレイソン公爵家を出て、王家に嫁ぐつもりなんだよな?」
いきなり何の話でしょうか?頷くと彼がまた私をジッと見つめているのが判りました。
「ええ…。セオドア様と婚姻を結ぶ予定だけれど、それが…?」
すると、ジュードは私の右手を強い力でいきなり握りしめます。
「だけど、アメリアが王家に嫁いだら誰がグレイソン家を継ぐんだ?たしか公爵は懇意にしている親戚もいないし、夫人も隣国から嫁いできた以上は身内の縁が薄いだろう?」
何の話かと思えば…。
「ええ、確かにその通りです。でも、私が子を生せば、そのうちの末子をグレイソン家の養子として迎えてもらうという話になっています。ですから心配はいりませんわ」
そう言う私にジュードは何故か食い下がります。
「でも、そんなに大勢の子供を成すことができる保証はないだろう?」
「それは…そうですけれど。でも、私がグレイソン家に残って夫に養子に入ってもらっても結局は同じことですから…」
そのまま席を立とうとすると、ジュードに腕を強く引っ張られて彼の胸に抱き込まれることになって狼狽えました。
「アメリア…俺じゃダメなのか?俺がグレイソン家に養子に入るから…」
ジュードが耳元で囁きますが、私は彼から離れようともがきました。
「何を馬鹿なことを仰っているの?私は婚約者のある身ですし、貴方はブラインズ公爵家を継ぐ身でしょう?そんなこと出来るはずは…」
そう言って身をよじっても彼にガッチリと抱き込まれている状況では全く身動きできません。
…しかも、私は今日まで行っていた【閨教育】で動きやすいようにと普段は身に着けているコルセットもドロワーズもドレスの下に付けていないことを思いだしました。
…ジュードがこの状態だと、もしかしたら拙いことになるかもしれません…。
先ほどまで学んでいた【閨教育】の内容が頭を駆け巡り、私は恐怖に慄きました。




