55メイド・イオナの独り言
「ねぇイオナ、町へお忍びで出かける時ってどんな服装をするものかしら?」
アメリアお嬢様はある日突然こんなことを言い出した。
「セオドア様とお出かけですか?」
てっきりあのアメリア大好きな王子様が町へお忍びデートをしようとでも誘ったのかと思ったイオナは当たり前の様に訪ねる。
しかしアメリアは首を振ると
「セオドア様じゃなくって…内緒なんだけれど…ジュードがね、自分の住んでいた家を見たいし、お忍びで視察したいから誰にも内緒で二人だけで行こうって言うの…でもどんな服装で出かけたらいいか分からなくって」と困ったように首を傾げた。
…ああ、もう一人のお嬢様を狙うハイエナね…。イオナはなるほど…と頷くと「お任せください!当日はイオナがお嬢様を町娘に変身させてみせますわ」と請け負った。
イオナは幼い頃に父を亡くし母と二人、町で暮らしていた。
しかし、母が病に倒れるとたちまち食べることすら満足に出来ない状況に追い込まれてしまったのだ。
幼い頃から勉強が好きで、教会で司祭様に読み書きを習っていたため、手紙の代筆屋で日銭を稼いではいたが、母の病にかかる薬代が重くのしかかり、今のままでは共倒れになるのもそう遠くない状況になってしまった。
しかも悪いことは重なるもので、いつもの様に仕事を終え、給金を仕舞おうとしたとき、突然スリに金を奪われてしまったのだ。…このままでは母の薬すらも買えない…。
必死にスリを追ったものの、男の足にはかなうはずもなく結局撒かれてしまった。
…司祭様が『頑張っていれば神様は見ていて幸せを運んでくださる』と仰っていたけれど、どれだけ頑張っても幸せなんか来ない…涙をこらえながら彼女はトボトボと歩いた。
ふと気が付くと街はずれの大きなお屋敷の前にいた。…たしかここは公爵様のお屋敷だ。
スリを追いかけたせいで道を外れてしまい家とは違う方向へ進んでしまったようだ。
…お屋敷をふと見ると可愛らしい少女が庭で一人で遊んでいた。
…こんな大きなお屋敷で食べることにも困らず幸せでいいわね…イオナは思わずひがんでしまう自分を止められなかった。
イオナに気づいた少女が訝し気にこちらを見ると思わず「私はお腹が空いて倒れそうなのに、あなたは幸せそうでいいわね」と言ってしまった。
少女はイオナの剣幕に驚いたのか慌てて屋敷へと逃げてしまう。
…自分はあんなに小さな少女を怖がらせて何をやっているんだろうか…帰ろうと踵を返した時、屋敷から先ほどの少女と初老の執事が駆けてきた。
「コーレシュ‼あのお姉さんよ」という少女の声に先ほどの無礼を咎められる‼と咄嗟に逃げ出そうとしたが、疲れ果て空腹も限界だったイオナはその場に倒れそうになった。
「大変よ!やっぱりあの人お腹が空いているって言ってたもの。早く食事を食べさせてあげて!」
その声を最後にイオナは気を失った。
…目が覚めると彼女は屋敷の中でソファに横たわっていた。
慌てて飛び起き非礼を詫びると、先ほどの少女が「お姉さん、こっちへ来て」と手を引っ張る。
大人しくついて行くとそこには食事が用意されていた。
「お腹空いているんでしょう?」とほほ笑む少女に、先ほどの自分が恥ずかしくなりイオナはその場で泣き崩れた。
事情を聞いたコーレシュとアメリアは「お姉さん、明日またこの屋敷に来てくれる?」と沢山の食料をお土産にと持たせてくれた。
帰宅してそれを見せると母は喜び、久しぶりにお腹いっぱい食事をさせてあげることも出来た。
翌日、屋敷に向かったイオナは待ち構えていたグレイソン公爵家当主から「君さえ良ければアメリアの専属メイドとして働かないか?」と夢のような話を持ち掛けられた。
公爵家のメイドなど、望んでもなれるものではない。しかも給金も今までの5倍以上もらえると聞き、イオナは飛びつくように了承した。
グレイソン公爵は昨夜、愛する娘におねだりされてからイオナの現況を調べ、彼女が勤勉で今は病気の母親がいること等まで知っていた。彼女は人間性を見込まれたのだ。
住み込みで働くことを条件に母親を病院に入れ、完全看護までしてもらえる…。
あの日スリに遭ったことがこんな幸運を運んでくるとは…イオナは人生の不思議をかみしめた。
さらにイオナが驚いたのはアメリアがイオナから今の医療費が高すぎて病に苦しむ町民は医者にもかかれないことを聞いたとき、「国王様に町民のための病院を作っていただこう」と言い出したことだ。
彼女はセオドアの心を動かし、最初は野戦病院のようなテント状の病院にベッドだけを置くやり方で、次には病院の建設など着実に目標を達成していった。
ついには安価に病院にかかれるようにと税収から一定の料金を医療費に充てる独自の方法で、誰もが気軽に医者にかかれるようにしてしまったのだ。
おかげで、彼女の母親だけではなく、多くの人の命が助かった。
もちろん町民からは、セオドアを次期国王にと望む声も高まったのだが、恐らく彼らは知らないだろう。
母も今は亡く、イオナの大切な人はアメリア一人だけになった。
アメリアが笑顔でいてくれるのなら、自分は何でもできる…。
そして、セオドアにも彼女は感謝している。アメリアに動かされたとはいえ、実際に病院を作り上げたのは彼なのだから。
だからイオナはこのことをセオドアに告げるだろう。
「アメリア様がジュード様と町へ二人だけで出かけるおつもりのようですよ」と。
…という訳で、前回セオドアが知っていた理由はイオナが教えていたからでした。




