54 ジュードの恋心
※ジュード視点です。
事態が落ち着きをみせた、ある秋の日。
ジュードはアメリアを誘ってオールヴァンズの町へと出掛けることにした。
「もともと住んでいた家は既に無いんだけれど、やっぱり自分の住んでいた町並みとか見たくなって…。でもさ、一人で行くのもちょっと寂しいし、良ければ案内するから屋台とか見て回らないか?」
彼からそう言って誘われたアメリアは大喜びで快諾した。
元より公爵令嬢等というものは窮屈なだけだ。自由な空気もたまには味わってみたい…そう彼女は言っていた。
嬉しそうにはしゃぐアメリアを見て、ジュードが「いいか?これはお忍びの視察でもあるんだ。今の王政でどれだけの市民が豊かな生活をしているかを知るためにも、大人数で行くのは避けたい。絶対に他の奴らにはしゃべらないように!」と強く言ってきたときもアメリアは『ジュードは凄いわね!公爵家のために視察するなんて』と感心しきりだった。…素直で本当に可愛い…。
当日の服などはメイドのイオナに相談したところ「お任せください!私が商家のお嬢様のように準備してみせます!」と張り切ってくれたので任せる。
とにかく、あのアメリアの婚約者…執念深い王子にだけはバレないよう内密に事を進めていった。
「アメリア、準備は出来たか?」
当日の朝、ジュードはアメリアの部屋をノックした。
「もう少し待ってくれる?直ぐに準備が終わるから」
そこには髪を三つ編みに纏め、それをグルリと後ろでお団子にしたアメリアが立っていた。服もストライプのパフスリーブのワンピーススタイルで、最近よく町で見かける町娘のお嬢さんに仕上がっていた。…うわ…メチャクチャ可愛い…。
最後に「町で目立たないように」と目深に帽子をかぶせる。
「これで完成ですよ‼少し、仕草が上品すぎますが、何とか町娘風に仕上がったと思います」とイオナも満足げに頷いている。
ジュードは思わずイオナに拍手を送りたくなった。素晴らしい出来栄えだよ、イオナ。…これでアメリアを誰にも邪魔されることなく独り占めできる…。
二人っきりの町並み散策デート…‼
一緒に散策をして、アメリアが疲れたらお茶でも飲もう。…今日のデート記念に彼女へアクセサリーを贈っても良いかも…。
彼女の笑顔を想像しただけでにやける顔を必死に隠して、アメリアの手を取った。
「途中までは馬車で行って、町の少し手前からは歩こう。そうすれば視察だとはバレないしな」
平静を装っているものの、ジュードは内心の喜びを隠すことは出来なかった。
二人っきりのデート!…前みたいに迷子になるなよ?とか言ってアメリアと手を繋いで一緒に歩こう。きっと彼女は頬を染めてはにかみながら頷くことだろう…。
あー!最高の一日になりそうだ!
ジュードは嬉しさのあまり、つい自分の考えに没頭しすぎて正面玄関に立つ人物に一瞬遅れた。
美しく高貴な雰囲気を身に纏うその人物は、冷ややかな視線で手を繋ぐ二人を見ると
「アメリア…何処に行くのかな?私と言う婚約者のある身で別の男と手を繋ぐのは不義密通といってね。…感心しないなぁ」と更に冷たい声で話しかけてきたのだ。
笑顔ではある。…しかし、その笑顔が何というか人を追い詰めているようなジリジリとした居心地の悪さを感じさせる。それに目が笑っていない…。
ジュードは背中に冷たい汗が流れていくのを感じた。
彼、セオドア王子はジュードと手を繋ぐアメリアの左手を優しい手つきで離すと、アメリアと自分の手を恋人のように繋ぎ直させる。
「うん、これでいいね。…それで、二人はどこへ出かけるつもりだったのかな?」
…明らかに彼は知っている。行先も、ジュードの目的も。
それでもアメリアに話させようとする辺り性格が悪い。
「オールヴァンズの町の視察かぁ…なるほどね…」それ以外の目的は無いとアメリアに強調されるとちょっとだけ心が折れそうになるジュードだったが、セオドアの「うん、私も行こうかな」と言う一言だけは驚いた。
てっきり、アメリアを町へは行かせないつもりだと思ったのだが。
「アメリアと町の視察をすれば、将来二人が国を治めていくときにも参考になりそうだし、彼女と町でお忍びデートなんて幸せな時間を逃す訳が無いでしょう?…まあ、ジュードは町の観光案内のガイドだと思えば居ても構わないしね」
なんでこいつを出し抜こうとするとこうなるのだろう…セオドア王子の腹黒さにジュードはガックリと膝をついた。
「さーてと、じゃあ私も着替えさせてもらおうかな?町へ行くのにこの恰好じゃ拙いでしょう?ジュードの替えの服借りるね」と勝手に俺の部屋へと入っていくセオドアの後を慌てて追う。
「あのさ…なんで俺たちが、町へ出かける知っているんだよ?」
アメリアに聞こえないようにコッソリと聞くとセオドアは含み笑いをしながら「フフフ。彼女の行動は全て知っているからね」と怖いことをサラッと言った。
「まあ、本当はイオナが町娘の洋服を一揃え購入したってグレイソン公爵夫人に聞いたから、どうせジュード辺りがアメリアを変装させて町へ遊びに行くつもりだと思っただけだよ」
この洞察力…やっぱり怖い…こいつだけは敵に回したくないよな…。
話しながらもさっさと着替えると、セオドアは部屋の主を置き去りにアメリアの元へと素早く戻った。
慌てて追いかけるジュードにセオドアは「そんなに慌てなくてもいいのに」とニッコリ笑うが、”お前は遅れたら置いていくつもりだった”とその顔は言っていた。
結局予定外ではあるが、三人で町へお出かけとなった。
…町の散策はアメリアが嬉しそうにはしゃぐ姿を見れたので楽しかった。
彼女の隣を歩くセオドアが非常に邪魔だったけれど。
セオドアが来たからか、町のあちらこちらに王宮警備隊の人間が点在していて、身軽に出掛けることの出来ない身分の壁を思い知ったりもした。
…王位継承権を放棄して本当に良かった…心からそう思う。
自分がこれからブラインズ公爵として公爵家を継いだ時、きっとどこかのご令嬢と婚姻を結ぶのだろう。でも、今の自分にはアメリア以外の相手が思い浮かばない。
…どうしたらアメリアは俺を見てくれるのかな…。今も露天商の販売する髪留めを嬉しそうに見つめる彼女から目が離せないのに。
そして、アメリアがジッと見ていた蝶の髪留めをセオドアに贈られ、彼女は頬を染めているのも、その笑顔が自分に向けられてはいないことも判っている。
いつか、彼女が俺のことを愛してくれる日が来ることを願って。
…今だけはこの胸の痛みに気づかないフリをした…。
帰りの馬車の中では、少しだけはしゃぎ疲れた様子でコッソリとアメリアに囁かれた。
「すごく楽しかったわね。これもジュードが誘ってくれたおかげだわ。本当にありがとう」
優しく微笑むアメリアの髪には先ほど貰ったばかりの蝶の髪飾りが輝いている。
…本当に呆れるほどに残酷で、でも愛おしい存在だ。彼女を諦められる日が来るまで、この胸の痛みと付き合っていくしかないよな…。
絶対に今度は二人だけで出かけよう…。今度こそ俺だけを見つめて、寄り添う彼女と一緒に居たい…そう心に固く誓ったのでした。




