48 100年前の精霊…歴史に埋もれたもう一つの悲恋
王宮の裏手にある墓地は、以前来た時のような邪悪な気配は少しですが薄れていました。
やはり、【穢れ】を薄めるための事前の浄化作業が効いているのでしょうか。
一番前にフェイたち精霊を。次に私とセオドア様が並び、最後尾には国王様が、魔法陣の前に並びました。
精霊の力で描かれた魔法陣は聖水を使用しているとはいえ、穢れた大地の上では目視することは出来ません。
私たちはフェイたちの指示に従い、静かにその時を待ちました。
新月が夜空をほのかに照らし、英雄の墓地を薄灯りの元に浮かび上がらせたとき、彼らは詠唱を始めました。それはまるで賛美歌のような美しい歌声に聞こえます。
四大精霊は様々な自然界の音を歌うように精霊の言葉で構成した、ハーモニーを紡いでいました。
「我ら精霊の名のもとに 邪悪なりし穢れを打ち払う 真実の炎は穢れを焼き尽くし 隠されし欺瞞を風が薙ぎ払う 大地は物言わぬ悪霊を埋め葬り 水は全てを洗い流すだろう 我らの光は天を駆け 夜空の灯りに浄化される 此処にある全ての闇よ ここに消え去れ」
四大精霊が詠唱を始めると大地からは次第に地鳴りのような音が聞こえてきます。
それは今まで聞いたことの無い、まるでここに眠っている何か大いなる力が胴震いして目覚めるかのような激しい揺れでした。
詠唱が力強くなるほど、四大精霊が描いた魔法陣が強い光を放ちます。
そして、魔法陣からあふれ出た光が辺りを照らし、清浄な力が満ちていくのが判りました。
…やがて、【英雄】の墓の片隅に淡い光の球がぼんやりと現れ始めました。
まるで星屑のように煌めく小さな光の球は、次第に一つの塊へと変わっていきます。全てが集まったとき、その塊はゆっくりと光を失いながら女性の姿へ変貌しました。
「私は今より100年前にこの地を大地の怒りから守るために封印されし精霊の魂。あなた方に警告します。国のため、そしてここに住む人々の為にも、この封印を解いてはいけません…」
彼女は涙を浮かべて言いました。
どういうことでしょう?彼女はその当時の国王によって無理やり封印されていたのではないということ…でしょうか?
「あなたは当時の国王である男に、戦争で穢れた大地を浄化するためだけに封印された不幸な精霊であったと聞いています。あなたは解放されることを望んでいたのではないのですか?」
セオドア様が聞くと、精霊の魂は悲し気に首を振りました。
「彼…その時国王であったルードヴィヒは私の愛する人でした…」
精霊は私たちに歴史書には書いてなかった真実を語り始めました。
「私がルードヴィヒと出会い恋に落ちたことで、私たちより遥か昔に精霊を愛し魂を捕らえたままだった【英雄】を刺激してしまったのです」
【英雄】は己の愛した精霊と他者が愛し合うことが許せなかった。
時が経ち、自分の愛した精霊はその魂を己が縛り付けたままだというのに、別の精霊が他人を愛する心さえも許せないほどに恋に病んでいたのか…。
それとも既に精霊の見分けがつかないほどに心が穢れて、狂っていたのだろうか…。
ルードヴィヒ国王と精霊との恋に刺激された英雄が復活するのも時間の問題となってしまった。
「諸外国から攻め込まれて戦火に焼かれたこの地は既に壊滅状態にありました。なんとか戦争自体は終結することが出来ましたが、もしも英雄が復活すれば、人が住めないほどの【穢れ】に覆われてしまう…とルードヴィヒ国王は苦しみました」
自分が精霊と愛し合ったせいで、オールヴァンズ国に住む民まで苦しめてはいけないとルードヴィヒ国王は涙を流しながら精霊に別れを告げたそうです。
しかし、既に目覚めつつあった英雄はあのままでは復活を止めることは出来なかった。
「だから、私が言ったのです『私の魂をここへ封印すれば、精霊の魂を手に入れた英雄は怒りを収めるだろう』と」
ルードヴィヒ国王は愛する精霊との別離に苦しみ、己の運命を呪った。
しかし、既にそれしか方法はなかったのだ…。
彼は泣きながら自らの手で愛する精霊をこの地に封印した。そして英雄の復活を阻止することに成功したのだ。…所詮は時間稼ぎでしかないが、今は民の生活と国の復興の為にと国王も判断したのだろう。
…でも、己が愛した精霊を自身の願いで封印した…ルードヴィヒ国王は後世に残る歴史書にそう書くことが出来なかったのだろう。彼女を愛していたから…。
「だから、自分が勝手に精霊の魂でこの地を肥沃の大地に変える術を行ったことにして歴史書を書き換えたのか…そうすれば精霊の尊厳が守られると信じて…」
セオドア様の呟きは私の胸を締め付けました。
どれ程苦しく、悲しかったことでしょう…ここにもまた、精霊と人間との悲しい恋物語が存在していたのですから…。
「私の全ての力を使い、英雄を封じてきました。それがルードヴィヒの…愛する彼の願いだったからです‼早く…私をもう一度この地に封印して!…そうでないとあの邪悪な魂が…【英雄】が蘇ってしまう…」
精霊の魂が全てを言い終える前に激しい地鳴りが辺りを包み、さらに激しい揺れが起こりました。
大地が激しく揺れ動き、何者かが其処から這い出てこようとしているような邪悪な気配が辺りを覆います。
「ああ…もう間に合わない…ルードヴィヒの愛したこの国を、私ではもう守ることが出来ない…ごめんなさい…あなた…」
そう言い残すと、精霊の魂は霧散してしまいました。
余りにもこの地に長く縛り付けられていたせいでしょうか。光はひとつ残らず消え失せてしまいました。彼女は愛する人の元へと還ることが出来たのでしょうか?
しかし、それを気にしている余裕は私達にはありませんでした。
地鳴りは激しさを増し、精霊たちの描いた魔法陣が中心から裂けるように割れました。魔法陣は徐々に光を失っていきます…。どうやら地割れが起こったようです。
そして、その下からは巨大な【穢れ】の塊が現れました。
「あれが…【英雄】の魂なのか…?」
セオドア様の声は地鳴りと王宮の方から聞こえる激しい悲鳴にかき消されてしまいました。
新月の淡い月の元に照らされた、この世の者とは思えない【穢れ】そのものの巨人は咆哮を上げ、この地に舞い戻ってきたことを喜んでいるように見えました。
「ここは引くしかない‼アメリアは国王様達と王宮の中へ逃げ込め‼」
セオドア様にいきなり腕を掴まれ、私は我に返りました。
「セオドア様はどうされるおつもりですか⁈」
私の叫びに少し痛そうに顔をしかめてから、セオドア様は真剣な顔で告げられました。
「…精霊たちと足止めをしたら、直ぐに私も行くから…。少しでもこの巨人に魔術で攻撃を与えてみるよ。その隙に君たちは少しでも安全な場所へ逃げること!いいね?」
「こんな巨大な穢れでは危険です!一緒に逃げましょう」
そう言ってもセオドア様は巨人に目を向けたまま「だからこそ、君たちは逃げてくれ。大丈夫!アメリアと婚姻するまでは死なない予定だから」と笑いました。
そんな冗談を言っている場合では‼でもどうしたら良いのか…涙が溢れて止まりません。このままではセオドア様が死んでしまう…途方に暮れる私の耳に「やっと見つけたぞ‼英雄め!俺のへヴェルを…彼女を返せっ‼」という叫び声が聞こえてきました。
そこには何処に消えたのか行方の分からなかったライオス・アーロ・テイラー宰相の姿があったのです…。




