42 水の精霊誕生
「アメリア、体の方は大丈夫?」
お母様が私を心配して声を掛けてくださいました。
お父様から丁寧に魔力を送り込んで貰えたおかげか、想像より体への負担も少ないようです。それを伝えると
「次は私の番ね…上手にできるかしら」言いながら、ソワソワと私の横に腰かけられました。
「私は元々魔力を持っていないから、魔力操作が下手なのよね…きちんとあなたに注入できるか不安だけれど…」と言いながらも、私の両手を握ると僅かずつ魔力の注入を始めました。
確かにお父様に比べると微量な魔力しか感じません。
…それに、これは【穢れ】の魔力だからでしょうか…?私の体にはかなり不快感の強い魔力です。
しばらくすると、先ほどとは比べ物にならないほどの不快な波が押し寄せてきました。集中力を切らしたら気を失って倒れてしまいそうです。
今までの苦労を無駄にしたくない… 必死にお母様の魔力を受け止めていると、胸に暖かい塊のようなものがやっと微細に感じ取れました。…あと僅かの我慢です。
私は汗と滲む視界に必死で耐えました。…掌にアクアマリンに輝く卵の質量と輝きを感じた瞬間、 体が横倒しに倒れるのを感じました。無事に生まれてくれてよかった…。
勿論暗転する世界の中で考えたことは『絶対に大丈夫だって言ったくせに…フェイの嘘つき‼』でしたが。
「アメリア‼しっかりして、お願い死なないで…‼」
母の泣き声が耳元で聞こえ、私は目を覚ましました。
どうやら、しばらく気を失っていたようです。私はフェイをジロリと睨むと文句を言いました。
「フェイ⁈ 大丈夫だって言ったじゃない‼気を失う程大変だとは思わなかったのに」
フェイは悪びれずに「悪い」とだけ言いました。
「でも、前は死にかけるほどだったのに、今回は少し気を失っただけだろ?これなら軽い軽い‼
やっぱり【世界樹】が相当力をつけてるってことだな」
…確かに前のように死にかけたり、半日以上眠るような状態までいってはいません。
苦しいことには変わりありませんが。…今はそれよりも気になることがあります。
「世界樹が力を付けてきているってどういう事?成長しているの?」
私の中にある【世界樹】が成長したらどうなるのでしょう?私の中から出てくるのでしょうか?
私の疑問にフェイは笑って答えました。
「そんな訳ないだろう!お前の【ホワイトコア】があるのは別の次元というか、概念の世界なんだ。
そこでは全ての生き物が通じている。世界樹が成長してもアメリアに害は無いはずだ」
…そうなのですね?概念というのがよくわかりませんが、つまりは実際に私の体を突き抜けて世界樹が生えてくることはなさそうです。安心しました。
「世界樹が力を付ければ、より強い【穢れ】も吸い取ることが出来る。この国に蔓延る【穢れ】を一掃できるのももうすぐかもな~!」
フェイは嬉しそうに言いますが、それをやるのは私ですよね?しかもお母様の微量な【穢れ】ですら倒れたのに?
そんなに大量に吸い込んだら今度こそ身に危険が及ぶのではないでしょうか?
聞くと、フェイは軽く目を泳がせました。
「まぁ…お前も免疫ついてきてるし、多分大丈夫じゃねぇ?ガハハハハ…」
笑ってごまかさないで下さい…。
「そうそう、忘れるところだったけど」フェイが今思い出した様子で続けました。
「さっき、水の精霊が生まれてな。お前の母ちゃんと涙のご対面しているぞ」
ハア⁈…水の精霊は既に生まれていたの?しかも何でお母様が初対面の精霊相手に泣くのでしょうか?全く意味が解りません。
「今回呼び出した水の精霊は、昔、お前の母ちゃんを守って消えた精霊だったらしいぞ」
フェイの言葉に私は驚きを隠せませんでした。
かつて、お母様が母国であるインマヌエル公国にいた際に、仲良くしていた精霊。
それは、彼女の半身であり、大切な存在だった。
でも姉姫の心無い仕打ちで精霊は消えてしまった…そう聞いていましたが…?
「あのな、前にも言ったけれど、俺たち精霊は器は朽ちても魂は眠っているだけなんだよ。多分、お前の母ちゃんを守った精霊も眠っていたんだろうし、力が戻ったから復活したってことだと思うぞ」
なるほど…でも、以前は姉姫の火の精霊にも敵わなかった程弱かったのに、今回精霊として呼び出して大丈夫なのかしら?
そんな失礼な疑問は口に出す前に隣室で話し込んでいたであろうお母様と、水の精霊の姿を見て氷解しました。
アクアマリン色に輝く瞳と虹色に輝く波打つ髪。明らかに人外の美しさを纏って母に寄り添っています。
「貴女がエステルの娘であり、私をここに呼んでくれたアメリアね?初めまして」
声は囁くように優しく、それでいて心地良い響きです。
思わずウットリと聞き惚れてしまいそうになります。
「アメリア、彼女は水の精霊ウンディーネだよ?船乗りが彼女の歌声に聞き惚れて座礁したり、難破したりするんだ。気持ちをしっかり持たないと危ないよ?」
セオドア様に言われ、私はハッと我に返りました。
「フフフ…私は水の精霊ウンディーネ。エステルと半身関係にあり、彼女を守護する精霊よ。かつては水のニンフだったけれど、命を賭して彼女を守った功績にと精霊王様が私を精霊に引き上げ、今回こちらへと送って下さったの」
そうだったのですね。本当に精霊王様は全てをご存じなんだわ…。
母の嬉しそうな様子に、ウンディーネが母にとってどれ程大切な存在だったのかが分かります。本当に良かった…。
「今回、オールヴァンズ王国へ来たのはアメリアに力を貸し、この地に蔓延る【穢れ】を祓う事と聞いているけれど、多分私たち四大精霊の力だけでは難しいわ」
どういうことですか?聞く前にウンディーネは続けた。
「私達四大精霊の力で祓えるのは100年前に封印された同胞の御霊を救うことが限界だと思うわ。既に穢れと同化してしまった500年前の精霊を救うにはもっと強い力が必要になる…」
「これ以上どうすれば良いのでしょうか?」問う私にウンディーネは微笑みました。
「その話は、私に貴女が名づけをした後でね? 精霊の秘密は使役された相手にしか話すことが出来ないから」
そう言われ、母がインマヌエルで彼女を呼んでいた名前を聞き、同じように「ティア」と名付けました。
母曰く「涙のしずく」から取ったそうです。…素敵…私よりも名づけのセンスがありますね。
眩い光を放った水の精霊は、光よりも眩い笑顔で私を見つめました。
「水の精霊ティアですわ。契約者様、本日よりよろしくお願いいたします」




