32 風の精霊誕生
リアム王子が部屋に来る前にと、アメリアは夜着の上からレースの豪奢なショールを羽織らされ、髪も整えられた。
セオドア王子曰く「アメリアの無防備な寝起き姿を他の奴に見せてはいけないから」ということだが、そんなに見苦しいのだろうか。まあ、確かに王族の方に失礼があってはいけないからとアメリアは大人しく受け入れる。
しばらくすると、「リアム第2王子様がお見えです」と執事がリアムを連れて現れた。
リアムは青ざめ、少し憔悴したように見えるが、目立った外傷も無い様子に、アメリアは心から安堵した。
ベッド脇に据えられた椅子に腰を下ろすと、リアム王子は一同を見回し、深く頭を下げた。
「このたびは、僕が未熟なせいで魔力を暴走させてしまい、本当に迷惑を掛けました。申し訳なかったと…思います」
絞り出すように一言一言を話すリアム王子の目には涙が光っていた。
「…リアム、今回の件は王宮にも被害をもたらし、市街地にもけが人が出た。決して軽い問題では無いのだよ」
セオドアが、かみしめるようにゆっくりとリアム王子に告げると、リアム王子は頷き
「ごめんなさい…お兄様」とポツリと呟いた。
「アメリア…さんも、僕のせいでケガをしたんですよね?僕の暴走を止めてくれたのもあなただって聞いて、僕は…」
目に大粒の涙を溜めて謝るリアムにアメリアは手を差し伸べた。
「貴方が悪いのではありませんよ、リアム王子」
その言葉にリアムの目が開かれる。
「貴方はご自分に価値が無いと苦しみ、それでも懸命に努力をされていたではありませんか。ご自分の価値を認めて許してあげることが今の貴方には必要ですわ」
アメリアはリアムを見つめてほほ笑んだ。
「魔力が暴走していても、私が竜巻の中に飛び込んだ時、ケガをしないように受け止めてくださったでしょう?本当にお優しい…。あの時はありがとうございました」
「…気が…付いて…いたのですか?」リアムが呟くとアメリアは頷いた。
「私、以前リアム様にはセオドア様には無い魅力があると申しましたが、覚えておられますか?」
リアムが頷く。
「リアム様は純粋な思いで人を手助けできる優しい方だと思います。こんなに魅力的な人を誰が嫌うでしょうか。決して自分に価値が無いなどと仰らないでください」
「アメリアも…僕のことを…好きでいてくれる?」
「当り前じゃないですか!私はリアム様のことも大好きですよ」
アメリアの答えにリアムは大粒の涙を零した。溢れても溢れても止まることの無い涙は、今までの愛されない自分をも洗い流してくれているようで、リアムは幸せな涙がこの世にあることを知った。
「貴方はお父様、お母様やお兄様と大喧嘩したって良いんです。行き過ぎた我慢をするのは心にも体にもよくありません‼ 言い争って仲直りをして、解りあえばもっと仲良くなれますから」
「フフフ…あの竜巻の中と同じこと言ってるね、アメリア」
「勿論ですわ。私はいつでもそう思っておりますから」
二人は同時にほほ笑んだ。
アメリアの笑顔を見ていると、これまで悩んでいたことが馬鹿馬鹿しく感じられる。
リアムはアメリアに抱きついた。
「アメリア、大―っ好き‼」
「フフフ… 私もリアム様が大好きですよ」
「ちょっ‼ リアム⁈」セオドアは狼狽えるが、リアムはアメリアに益々強く抱きつく。
アメリアが、セオドアの婚約者だとしても、今は可愛い弟の顔をして思いっきり甘えてやろう。もしもセオドアお兄様がアメリアを泣かせたら、僕がアメリアをお嫁さんにしちゃうからね?
リアムはセオドアへのコンプレックスが溶けていくのを感じていた。
…自分は自分。それで良いではないか。
アメリアが、クスクス笑っているのを見ると、それだけで満たされた気持ちになれる。
そう思いながら、ふとアメリアの手元を見ると今まで気が付かなかったモノが見えた。
あれ? …さっきまでこんなモノあったかな…?
リアムはエメラルド色に光る卵に手を伸ばした。軽く指先が触れた瞬間『ピキピキ』と何かにヒビが入ったような音が聞こえる。
そして、エメラルド色の卵がゆっくりと割れ、中から卵の殻と同じくエメラルドに光る羽が見えた。その羽は何度か上下に動くと段々と広がっていく。
そして、中からはグリーンの髪にグリーンの瞳を持つ少女が生まれたのだ。
彼女はリアムを見つめるとニッコリとほほ笑んだ。
「初めまして、私は風の精霊シルフィードよ。貴方が私をこの国に誕生させてくれた人 …なのかしら?」
精霊など見たことも無いリアムは呆然とした。僕は …もしかして夢でも見ているのだろうか…?
「ねぇ…アメリア…精霊って言っているけれど、この子誰…?」
その瞬間のみんなの驚いた顔を思い出すだけで…胸が弾むような、愉快な気持ちが忘れられない。
「「「リアム‼ お前(貴方) …精霊の姿が見えているのか⁇ 」」」全員が一斉に叫んだ。
その精霊は風の精霊シルフィードというそうで、僕の魔力から生まれたらしいことは分かった。そして、この国のほとんどの人が精霊を見ることが出来ないことも。
「私にだけ見えないのは …どうにも納得がいかないのだが…」
グレイソン公爵がブツブツ言っているので、彼にはシルフィードが見えていないのだろう。
「これで二人目の精霊がこの国に誕生したことになるな」
アメリアの頭上から聞いたことの無い声がする。見上げると、変な顔をした赤い小鳥がしゃべっているのが見えた。
「アメリア、その変な顔の赤い小鳥は何?」
聞くと、みんなは益々驚いた。
「変な顔って失礼な‼ 俺様は火の精霊フェイ様だ。お前の兄貴が生みの親だよ」
「火の精霊なの…? お兄様が生んだって、どういうこと? 」
「ああ。…隠していたけれど、私も魔力を暴走させてしまったことがあってね。その時にアメリアに救われて、生まれたのがこの火の精霊なのだよ」
お兄様の言葉に合点がいった。あの急に王宮の医師をグレイソン家に派遣した時…確かにあの時の兄様は異常に慌てていた。それは自分の失敗のせいで婚約者を死なせそうになったからなんだ。
頭を抱えるお兄様には悪いけれど、お兄様だって、魔力暴走を起こしているし失敗もするんだ…失敗しない人間なんていないんだな。ぼんやりと今まで遠くに感じていた兄様が身近に感じられて何だか嬉しい。
さらに、僕はいささか得意な気持ちになっていた。
不細工な火の精霊を生んだセオドアお兄様と、綺麗な風の精霊を生んだ僕。
僕の精霊の方がずーっと素敵だ‼
その後ろでは、グレイソン公爵が「どうして、リアム様には見えて、私だけ見ることが出来ないんだよー‼」と、嘆いていたのだった。




