2 精霊エインセル
魔法大国オールヴァンズ王国では高位貴族であるほど高い魔力を持つといわれている。
この国の王家に次ぐ立場であり、常に高い魔力で国を支えてきたグレイソン公爵家の令嬢として生まれた私、アメリア・エゼル・グレイソン。
お父様の強大な地の魔力と隣国から嫁がれたお母様の水の魔力。どちらを受け継ぐのか?もしくは両魔力を兼ね備えた令嬢の誕生かと随分期待されたようだ。
しかし生まれてきた私の魔力を判定した司祭様は無情にも言った。
「ご令嬢は魔力をお持ちではございません」と…。
まさか!と神の洗礼を受けるその場で2度目の魔力判定をしたっていうのだから間違いない。さらに見た目の問題まであった。
お父様は金色交じりのブラウンの髪に濃いブラウンの瞳。水の精霊と称えられる美貌のお母様はやはり淡いブルーの髪に澄んだブルーの瞳を持っている。
自身の持つ魔力と同じ色味が外見的に表れているのだ。
ところが、私は淡いねぼけた銀色の髪に地味で華やかさのかけらもないグレーな瞳と外見までが二人に似ても似つかない地味ぶり。
美しい公爵様と精霊のようなご夫人とのお子様はさぞ美しいに違いないとの周りの期待を木端みじんに打ち砕いたようだ。
そのせいでお母様は平民との不義密通を疑われ、噂話の好きな貴族の恰好の噂のまとにされた。もちろん事実無根であるが、貴族にとっては面白おかしい話題であれば構わないのだろう。
…まあ、お父様とお母様のラブラブぶりにあてられてあっという間に噂は沈静化したけれど。
生まれてすぐには魔力が発現しないこともあるからと司祭様に乞われ、5歳で3度目の魔力判定を受けたけれどやはり魔力は0だった。つまり、貴族令嬢としての価値が無い、何も持っていないダメな公爵令嬢として烙印を押されてしまったのだ。
この国では高位貴族ほど魔力維持のために政略結婚アタリマエなので、魔力を持たない私ではいかに公爵として王国に貢献しているお父様でも私の婚約者を見つけるのは容易ではない。財産目当ての貴族では私を大切にしてくれないとお父様はいつもおっしゃっていた。
いっそこの国で暮らさず、近隣諸国へ留学しようか?とか薬草学を学んで学術者として市居に降りるかとか考えたこともあるけれど、お母様ラブ&娘命のお父様が許してくれるはずもなく、私の人生計画は頓挫していた。
ああ、呼吸が苦しい… もう体力の限界が近づいているのね…。
思えば短い人生だった。まだ14年しか生きていないのにこんなところで死ぬのね…。
お父様、お母様… そしてイオナ。今までありがとう… 私が今まで大切にしてもらった分も、みんなが幸せに笑顔で人生をおくれるように天国から祈っているわ…。
と、今まさにアメリアの命の灯りが消えそうになった瞬間、目の前に光の玉が出現した。
「人生最後の願いを叶えにきたわ! さあ、祈りなさい! あなたの穢れし魂は浄化…って、あなたまだ寿命が残っているじゃないの… どういうことよ」
ブツブツと少女の声が聞こえる。でもこの部屋には誰もいないはずなのに…
「すごいわ! あなたの魂はホワイトコアなのね! 初めて見たわ! …でも随分と穢れている。これが命が尽きかけている原因だとしたら… 浄化しかないか… 」
誰なの…? もしかして天国へのお迎えかしら…?
光の球に見えたソレに目が慣れてくると人差し指ほどの少女の姿が見えた。小さな羽を持つ髪も服も真っ白な少女…。昔絵本で見た妖精のような美しい姿だが、オールヴァンズ王国では精霊も妖精も物語の存在とされていた。
これは夢…? それとも私、すでに死んで天国にいるのかしら…?
「夢じゃないし、あなたはまだ死んでいない。だからあなたの願いの力と私の魂でホワイトコアの穢れを祓えば今なら助かるかもしれないわ」
精霊の少女はにっこりとほほ笑むと枕元に降り立った。
声に出していないのに考えが読めるの…? それにホワイトコアって何のこと…?アメリアの驚きに精霊の少女はクスクス笑いながら答えた。
「フフ… 驚いた? 私たち精霊は心で思うだけで意思が通じ合えるのよ」
「私の名前はエインセル。生まれた時からあなたの魂の中にずっと眠っていた精霊よ… と、こんな話をしているとあなた手遅れになって死んでしまうわね」
エインセルは胸元から小さく光るビーズのような物を取り出した。
「あなたを助ける方法が一つだけあるわ!あなたの魂の中にあるホワイトコア <白の核> が今、魔力の穢れで大暴走しているの。このままだとあなたの体がもたない! 魔力を吸い取るこの種を飲んでもらえたら、私がなんとかあなたを助けるわ」
種…? このビーズのような虹色の石ころが…?
「説明している時間は無いわ! 私を信じて! 」
必死に訴える小さな精霊の姿には嘘を感じない。それにどうせ死ぬのならエインセルを信じてみるのもいいのではないか。
「わかったわ… あなたを信じる」
弱弱しく笑うとエインセルが口元まで種を差し出してくれた。それをどうにか飲み下す。
エインセルはパッと瞳を輝かせると嬉しそうに微笑んだ。
そしてアメリアの知らない言葉を詠唱しながら部屋の中を小さな羽をはばたかせ、ベッド上を旋回し始めた。
「さあ、世界樹の種よ! 私の魂を糧に芽吹け… 白き大地を浄化し、彼の者を救い給え! 」
そう言うと彼女はいっそう激しい光を放ち始めた。
それは精霊の命を賭した輝きだった。
目もくらむ光の中、エインセルの姿は消えていく。
自分の命と引き換えにアメリアを助けるために。
そう悟ったとき、アメリアは眩しさと自身の胸の内側から放たれる熱い光の渦に翻弄され、そのまま気を失った。
夢の中でアメリアは泣いていた。アメリアの胸からは見る見るうちに樹木が成長し、枝を、葉を伸ばしていく。そこは痛みもなく、安らぎだけの世界…。
雲一つない大空に向かい、伸びていく枝の先でエインセルが幸せそうに笑った。
「私があなたの中に生まれた日、みんながあなたの幸せを願っていた。私はそれを守りたくてずっと眠っていた精霊エインセル…。アメリア、これからも生きて幸せになって」
ありがとう… エインセル… つぶやいたアメリアの瞳から一筋の涙がこぼれると枕を濡らした。
「あなたが目覚めたら、すごく驚くことが待っている。…ちょっとクセの強い子だけれど仲良くしてね」
…ん? それってどういうこと? 説明してよエインセルー!!
それには答えず、手を振りながら精霊エインセルは青空の彼方に消えていった。
その後、医師と両親は悲しみにくれながらアメリアの部屋を訪問したが、病状が落ち着き、すっかり熱の下がった娘の「エインセルー説明してー」と寝言で叫ぶ姿に仰天し、屋敷は朝まで大騒ぎになるのだった。
続きは明日投稿します