16 舞踏会②
セオドア王子はまだ戻ってこないようだ。
それにフェイの姿が見えるのはアメリアしかいない以上、探せるのも自分だけということになる。
こうしている間にもフェイが心細い思いをしているかもしれない…そう思うとアメリアはいてもたってもいられない気持ちになった。
「…直ぐに戻れば問題ないわよね…」
辺りを見回し、独り呟くとアメリアは控室を抜け出した。そのまま人目につかないように大広間へ戻る。今日はいくら婚約のお披露目と言ってもあれだけ大勢の中に紛れてしまえば私のような地味な令嬢なら分からないだろうと考えたのだ。
…その考えが甘かったことにアメリアは程なく気づかされることとなる。
「おや! これはこれは! 未来の王妃様がお一人でこんなところでどうされましたかな?」
アルコールの香りを辺りに振りまきながら、ニヤニヤ笑いを顔に張り付けた貴族たちがアメリアに気づくとしつこく傍に寄ってきたのだ。
彼らは既に多量にアルコールを飲んでいるのか、かなり酔っているようで顔は真っ赤だ。3人ともそれなりに身形が良い所を見ると高位貴族のようだが、アメリアを見る目には厭らしさがにじんでいた。
「セオドア王子様はどうされました? …婚約当日にお一人とは、もしや子供相手では満足出来ず、男漁りに来られたわけではありますまいな」
「アハハ… それでしたら、未来の王妃様のお相手に我らが志願しましょうか」
「そうだな! それは良い! さぁ… もっと人目の無い所へ参りましょう」
口々に下品な言葉で騒ぐ貴族に、アメリアは己の不明を恥じた。
いくら地味な令嬢であろうとも、このような場では女性が独り歩きしたら危険なのだということに 気が付かなかったのだから。
「いえ…私は探し物がありまして。…あの失礼します…」
必死に踵を返そうとするが、腕を取られる。大人の男性相手では敵いそうもない。
「私たちも探し物をお手伝いしましょう。さぁ…ゆっくりとお話を…」と3人がかりで引きずるように広間から連れ出されてしまった。廊下には人影もなく、助けを求めることさえ出来ない。
「こんなに美しいご令嬢にお相手願えるとは今夜はツイていますな」
ゲラゲラと笑う貴族たちの瞳にははっきりと欲望の色が浮かんでいる。
アルコールの匂いと腕の痛みにアメリアは絶望した。もうダメだ…と思ったその時、男性の声が廊下の向こう側から聞こえてきた。どうも一室から偶然出てきたところだったようだ。思わず『助かった』と安堵する。
「君たち! 嫌がるご夫人に対して何をしているんだ!」
もしかして、セオドア様⁉…涙を浮かべ振り返るとそこには
「アッ!… これはこれは宰相閣下ではございませんか」
仮面に顔を隠した宰相が立っていたのだった。
宰相は前回謁見した時と同様に仮面を付け、黒いローブを纏っていた。
「もう一度聞く! ここで何をしていたんだ」
強い口調で貴族たちに問いかけるが、仮面の下のその表情は窺い知れない。
「いや、未来の王妃様が何か探し物があるっていうから…」
「そうそう、だからお手伝いしようかと…なぁ?」
貴族たちは慌ててアメリアの腕を離すと、口々に言い訳する。
慣れた言い訳ぶりに、普段からこういった行いをやり慣れていることが感じられ、アメリアは改めてゾッとした。
「そうか、では私が探し物のお手伝いをしよう。皆さんはもう広間に戻っていただいて結構だ。ご苦労だったな」
宰相の言葉に反論しようと貴族たちは口々に何か言うが、宰相にひと睨みされると『はぁ…』と項垂れ広間へ戻っていった。
「あの…助けていただき、ありがとうございました」
アメリアは深々とお辞儀するが、宰相の鋭い視線は揺るがない。
「セオドア王子様はどうした?いくら婚約者とはいえ公爵令嬢が一人で王宮をうろつくなど、スパイと間違われても文句は言えない行動だ。どういうつもりなんだね?」
今度は宰相閣下の詰問が始まってしまったようだ。
「あの… セオドア様には控室で休んでいるように言われたのですけれど、私…えっと… そう! ハンカチを失くしてしまいまして探しておりましたの!」
慌てて言い訳を考えるが、うまく嘘を吐ける自信が無い。
「えっと…母からの借り物でしたので、王子様にご迷惑を掛けられないと思い、つい一人で探しに出てしまいました。先ほどのようなことになるとは夢にも思わず、宰相様には大変なご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした」
迷惑をかけたことは真実なので、もう一度丁寧に詫びる。たしかに非難されても仕方ない行為だったと今なら分かる。
「貴女はまだ幼い。だが、自分の行いのせいで汚い貴族の欲望のはけ口にされるところだったと自覚しなければならない」
確かにそうだ。私は浅はかだった。
「…こちらを見なさい…」
宰相様の言葉に顔を上げると仮面を付けた顔がジッとこちらを見つめてくる。
…なぜだろう…非常に恐ろしい…。人ではないモノに見られているような気持になる。
記憶の中を覗かれているような、虫が脳を這い回るような不快感に吐き気が込み上げる。言いようのない不快感に苛まれていると、
『私の婚約者に何か御用かな?』
セオドア王子の声が背後から響いた。
私を随分と探してくれていたのだろう。セオドア王子の額には汗が光っている。
「それで、アメリアに何か用事かな?宰相殿」
私と宰相の間に割って入り、背に隠してくれるセオドア様に心底ホッとした。
「アメリア様がお一人で広間にいらしたところ、貴族たちに目を付けられた様です。廊下へ連れ出されたようでしたから、お声がけしたところですが」
「そう、助かったよ。…その貴族たちの名前は判るかな?」
「はい。後ほど名簿を政務室にお届けします」
そう言うと宰相は一礼して廊下の奥へと去っていった。
先ほど感じた恐怖はなんだったのだろうか?自分の全てを見透かそうとするあの不快な感覚は…。
そう思いながらセオドアを見ると…あ、怒っていますね…?
笑顔を張り付けたセオドアに無言で手を引かれて先ほどの控室に戻ることとなった。
部屋に戻ると、セオドアから『それで?本当は何があったの?』と圧を感じる笑顔で自白を促された。
「あの…ハンカチを…失くして…」としどろもどろに言い訳するが、「嘘だよね?」と即否定される。
「もしもアメリアがハンカチを失くしたなら、私に黙って勝手な行動をするはずは無いからね。本当は何をしに行ったんだい?」
…笑顔が怖いです。セオドア様…。それに二人きりとはいえ、ジリジリと近づいてこられると、強く責められているような気持になります。
…もう、誤魔化すのは無理だと悟り、私は精霊のフェイのことを打ち明けました。
「私の魔力暴走のせいでそんなことになっていたのか…しかし精霊とは驚いたな」
セオドア様も流石に驚きを隠せない様子で呟かれました。
「信じてくださるのですか…?」
こんな突拍子もない話です。信じてもらえないと思っていました。
でもセオドア様はきちんと私の話を信じてくださった。…本当に素晴らしい方です。
「勿論! アメリアが私を騙すわけがないからね。信じるよ!」
なんと人格者な王子様なのでしょう。この方がお相手で私は幸運でした。たとえお飾りの婚約者であっても…。
「アメリアが浮気をしていたら絶対に許さなかったけどね…」セオドア様が小さな声でつぶやいた言葉は感激している私の耳には届きませんでした。
…その後、セオドア王子様と共に広間に戻った私は軽食コーナーの一角で食べ散らかしているフェイを見つけ激怒するのですが、私の怒りぶりについては…ご想像にお任せしたいと思います。




