11 セオドア初恋物語 ②
拗らせました…
父王から王宮図書館の使用許可を貰うと、翌日からアメリアは王宮を訪ねて来るようになった。
私が同席する時にしか使用できない条件なので、彼女が来た旨の連絡は欠かさず私に入り、いつしかそれを心待ちにする自分がいた。
いつしか地味だと思っていた彼女の銀の髪も銀の瞳も、自然で美しいと感じるようになった。
アメリアはいつでも飾り気のないドレスを着用し、図書館では読書に没頭していた。
余りに集中しすぎて、昼食を食べ損ねてはグレイソン家のメイドに注意を受けている姿も可愛らしい。
彼女は絶えず自分以外の人のことを思い、それを躊躇することなく口にした。
両親が自分のせいで貴族社会で辛い思いをしていないか、メイドに注意されてばかりいる不甲斐ない自分を直したい等…。
アメリアは強い… そう思える。セオドアは生きるために強くなろうと努力してきた。だが彼女は弱点を克服することで周りの人を幸せにしたいと努力をしているのだ。
「初めてお会いした時、セオドア様の顔色がどんどん青ざめていかれて、ご病気かと心配しました」
アメリアに見つめられるとなぜだろうか胸が苦しい。
「あの時は… 本当に失礼したね。でも大丈夫だから…」
言いかけて言葉に詰まる。彼女なら分かってくれるかもしれない…。
私は、今まで自分だけで秘めていた過去の話をアメリアに告白した。
もう、自分一人の胸に仕舞っておくにはあまりに苦しい記憶。
母を亡くし、自分の身も危うい中、必死で頑張ってきたことを話すと、アメリアは黙って頷き、そうして私を抱きしめてくれた。
「セオドア様、今まで本当に頑張りましたね。辛いことも苦しいことも、これからは私が半分引き受けます!悩みがあったら話してくださいね」
優しく抱きしめてくれるアメリアに大勢の令嬢のような不快感は感じない。
彼女は心から自分のことを思ってくれているんだ。
…そう感じた時、いつしかセオドアは涙を流していた。そのことに自分自身驚く。
とっくにそんな感情は失くしてしまったと思い込んでいたのに…。
アメリアの幼いながらも真摯な言葉はセオドアの奥深くに眠っていた強い想いを呼び起こしたのだ。
自分はいつの日か、母の命を奪った犯人を見つける。そして、このオールヴァンズ王国を収め、腐敗した貴族を一掃してみせる。
そのためにも、彼女が…アメリアが欲しい。
彼女の言葉が苦しみや絶望を洗い流す清浄の光となり、お互いの悩みや苦しみは話すことで分け合える。彼女に魔力が無いことも、もしかしたら、二人で調べていけば解決できるかもしれない。
「これからも、ここで会って話を聞いてくれるかな?」
頷くアメリアの笑顔は変わらない。
今のアメリアにとって、自分は恋愛の対象ではないのだろう。だから自然と私を抱きしめてくれたのだ。可哀そうな子供を慰める気持ちで…。
今はそれでもかまわない。これから意識してもらえるように努力していけばいいのだから。
今までのような作り笑顔ではなく、自然と零れる笑みに胸が高鳴る。
先ずは父王にグレイソン公爵家との婚約を打診しよう。アメリアに魔力が無いことに難色を示すかもしれないが、説得してみせる。その後はグレイソン公爵家に話を通そう。
綿密に計画を立てていかなくては…そう思っていた矢先にあの事件が起きた。
あの日はアメリアが午後、王宮に来ることになっていて少し浮足立っていた。
だから、魔術の教師がいつもと違っていたが、体調不良で臨時講師として来たと言われ信じてしまったのだ。
その教師は黒いローブを全身に纏った女だった。そしてニヤニヤと笑いながら近づき、催淫の魔術を掛けてきた。とっさに防御の呪文を唱えたが、事前に飲まされた飲み物にも薬が混ぜられていたらしく、著しく抵抗力が落ちていた。
迂闊だったと後悔したが、そもそも王宮に胡乱な輩が入り込むことは難しい。
ましてや王族に近づけるためには、王宮内の誰かの手引きがないと到底無理だろう。
女の放った催淫の呪文はかなり効果が高いらしく、徐々に気力が奪われていく。
「抵抗しても無駄だよ。気持ち良くなりたいだろう?そうして絶頂の中で死にな」
ニヤニヤと舌なめずりをするその嫌らしい顔に反吐が出そうになるが、限界が近づいていることも事実だった。
「さあ!お楽しみの時間だよ!」
女の手が肩にかかった瞬間、セオドアの魔力が暴走を始め、女の全身が火で包まれた。
「えっ…私の体…」ローブの女は全身を火に包まれ、そのまま燃え上がると一気に炭になった。
セオドア自身も炎に包まれ、自分の暴走した魔力に全身焼かれそうになっていた。
このままでは辺り一面を炎で焼き尽くしてしまうかもしれない…そう思ったとき、脳裏に王宮図書館のことが閃いた。
あそこは禁書や貴重な図書が燃えないために、特殊な魔術を施し、全ての魔力を無効化する場所だ。図書館に行きさえすれば王宮を火の海にしないで済むかもしれない…。
セオドアは痛みを堪えながら全速力で図書館に向かった。途中ですれ違う使用人に害が及ばないよう意識を保つだけで精いっぱいになりながら。
転がるように図書館に入ると床に蹲る。図書館に掛けられた魔力無効化が発動し、自分の魔力を包み込むのは感じるが、セオドアの暴走した甚大な魔力の前では僅かに抑え込むだけのようだ。このままでは王宮も…父王も殺してしまうかも知れない。
絶望しかけた時、『セオドア様! しっかりしてください!』愛しい人の声が聞こえたのだ。
「アメリア…逃げてくれ‼ このままでは君まで犠牲になってしまう!」
彼女を跳ねのけようとするが、意外にも強い力でアメリアは抵抗してきた。
「大丈夫です!気をしっかり持ってください!私がついています」
彼女の声に我にかえると、少しずつ落ち着いてくる。そうだ、私が彼女を守らなくてどうする。今は暴走した自身の魔力を抑えることが先だ!
痛みに堪えながらも縋り付くように彼女を強く抱きしめると、なぜか暴走していたはずの魔力が薄らいでいくのを感じる。
どういうことだろう… さっきまであんなに苦しかったのに…
ふと気が付くと痛みも苦しさも消えていた。
代わりに抱きしめていたアメリアはグッタリし、大変な高熱を発していた。
「アメリア‼ しっかりしてくれ… 私のせいで死なないでくれ…」
王宮で看病しようとしたが、まだ婚約も整っていない状況では留めおくことは出来ないと言われ、慌ててグレイソン家に通達を出し王家の主治医を派遣する。
原因は分からないが、彼女は自分の身代わりに苦しんでいる… 絶対に死なせない…。
苦悶の一夜を過ごし、セオドアは事態の解明を急いだ。しかし、肝心のローブの女が死んで炭になっていることもあり、王宮に入り込んだ手口は分からなかった。
そんな中、アメリアが一命を取り留めたとの知らせが来て、セオドアは涙を流しながら神に祈った。…犯人は見つからなくても彼女の命が助かっただけで幸せです…と。
その後、父王に自分の命が狙われたこと、そのせいでアメリアが命を落としかけたこと、償いのためにも彼女と婚約したいことを告げ、了承を得た。
さらにグレイソン家でも公爵と夫人に事の顛末を詫び、彼女との婚約を申し出た。
公爵は「娘の気持ちが一番ですから… 本人が納得すれば…」と渋々承諾してくれた。
夫人は「娘はこの度の高熱で、見た目もすっかり変わってしまいましたわ。今までと違う外見でも娘を愛してくださると、そうお思いですか?」と聞いてきた。
勿論私の気持ちは変わらない。そう答え、アメリアの部屋に入室する許可を得る。
…扉が開いたとき実は驚いた。ベッドの上でこちらを見るアメリアは、真っ白な髪に黄金の瞳へと変貌していたのだから…益々愛らしくなったと感じる自分にも驚く。
だが、いつもの受け答えをする彼女の内面に変化はない。彼女に婚約を申し込むと驚いたように「はい…!」と返事をしてくれたところも可愛らしい。
早速、王宮に帰って正式な婚約の書類を作ってしまおう。
愛しのアメリア…もう、絶対に離さないよ。




