paradigm
「こんにちは。卑小の命」
そう告げた女性の容姿は。
緩く波打ち、輝く金色の長髪。整った形でありながら豊満な胸。細く引き締まったくびれに、艶かしく組まれた綺麗な脚。
そして、惹き付けられる微笑を浮かべた美貌から覗く、炎の如き色の──眼。
きっと、誰もが見蕩れるであろう美しい容姿に、四人は。
「武装──顕現ッ!!」
滾る殺意と共に、それぞれAIREALを取り出し、叫ぶ。
「大地精妹万歳!」
「焼滅炎鎧卿!」
「贋無限筍生ッ!」
「風禍銃刀!」
それぞれが手にしたAIREALから光が溢れ、四人を呑み込む。
女性は目を細める事無く、微笑を浮かべたまま四人を見据える。
光が収まり、飛び出して来たのは──
『おぉおおおおおッ!!!!』
真紅の鎧を身に纏った卿が、柄にも無く咆哮しながら鎧の──焼滅炎鎧卿の背中に付いている噴射口から炎を噴き上がらせて飛んでいく。
『一番!!』
[“燃焼剣”、起動]
卿は怒鳴るようにAIREAL・エーアイに武装の番号を告げると抜刀し、手ごと刀を燃やし、振りかざす。
「私の名はアールマティ──」
『死ッ、ねえええええッ!!!』
女性の──アールマティの名乗りを遮るように火傷の痛みに絶叫する卿が攻撃する。
が──
「──我が慈愛で貴方達を救済してあげましょう」
アールマティが告げると、卿の上下左右の方向にある壁面から鋭利な岩石が卿目掛けて射出されていく。
「先走ってんじゃねえ、よッ! 馬鹿!!」
ズリキチも怒号を飛ばしながら、風禍銃刀の触手を伸ばし、鎧を纏った卿を絡め取り、釣りの要領で引き上げる。
『うおっ──!』
卿が後ろに引かれると同時に岩石同士で衝突し、粉々に砕け散る。
その間にそえーんはアールマティの右側に、辺獄は左側へと走り、挟撃を仕掛ける。
「死ねオラァッ!!」
そえーんはタケノコを豪速球で投げ。
「長魔剣!!」
〔ナメコボルグ!〕
辺獄が叫ぶと、それに呼応したAIREAL・アールケーがナメコまみれの木刀を辺獄の手に出現させ、辺獄は木刀を突き出して先端からボコボコとナメコを伸ばしてアールマティへと迫る。
「浅ましいですね」
アールマティは──微笑みを湛えたまま、玉座から立ち上がる事無く。
飛んできたタケノコに対して自身の側の地面から岩を隆起させ、軌道を僅かに逸して伸びてきたナメコにぶつけてへし折り、タケノコは辺獄の頬を掠めて壁に突き刺さる。
その状況に、辺獄はアールマティ──ではなく。そえーんを睨んで怒鳴り散らす。
「どこ狙ってんですか! キレ芸コメディアン!」
「うるせえ!! そっちこそタケノコにへし折られてんじゃねえよ、妹グルイ!!」
言いながら、そえーんはタケノコを次々と投げつけ、辺獄はナメコが数珠繋ぎのように長く伸びた木刀……もといナメコボルグを振り回してアールマティを攻撃していく。
当のアールマティは短くため息を吐き、二人の猛攻を隆起させた岩石で涼しげに防ぎ切っていた。
本来であれば。どれほど殺意に意識が染められようとも、目的を達成する為の理性は残っているはずであり、四人は連携を取りながら攻めて行けるスペックは備えている。
だが──しかし。理性の大半と引き換えに繰り出している猛烈な攻撃が、届かない。
『邪魔すんなや、ズリキチィッ!!!』
「おめーが射線上にいるからだろうがァッ!!」
間一髪の所を引き上げられた卿はズリキチに怒号を飛ばし、ズリキチも怒号で返し。
「おおおおおおおッ!!!」
「ちゃんと、狙って、投げてくださいよッ!! 流れ弾全部こっちに来てんですから!!!」
そえーんは我武者羅にタケノコを投げ続け、辺獄はナメコボルグを振り回し、アールマティを狙うも、飛んでくるタケノコの対応に追われ、攻撃の手がどうしても二手遅れていた。
アールマティの脳裏に、過去の記憶がふと蘇る。
「そういえば、し……某という者も、今の貴方達の様な状態でしたね。敗北者の残滓は得てして知性が飛ぶのでしょうか」
アールマティの侮蔑とも取れる発言に、四人の殺意に油が注がれ、さらに燃え上がる。
「僕はお前と話し合いする気なんか一ミリも無いんで」
「どうでもいいから死んでくれませんかね」
「つーか殺す」
『塵一つ残さずとっととくたばれや』
「まあ、野蛮」
四人の辛辣な返答にもアールマティはクスクスと鈴の様に笑いながら、四人を見据える。
美女の微笑ではあるが──その炎のごとき瞳は、冷たく。四人を見下ろしていた。
『二番ッ!!』
[“燈骨爆炎弩”発射]
「俺の近くで物騒なモン撃つんじゃねえ!」
鎧から響くAIREAL・エーアイの冷徹な音声と共に卿が左腕をアールマティに向けると、絶叫しながら腕の骨を射出し。
卿に文句を言いつつ少し距離を取ったズリキチは、足下に転がっていたタケノコを拾い上げ、アールマティの頭上に放り投げると風禍銃刀で連続して撃ち貫く。
迫る燃える骨矢に、巨大化したタケノコ。
通常であれば致命傷を負うであろう攻撃に、アールマティは。
「ふっ」
蝋燭の火を吹き消すように息を吐くと、地面が津波の如く続々と隆起し、矢と巨大タケノコを砕きながら卿とズリキチを突き上げようとする。
『三番ッッ!!』
[“落火隕脚”、起動]
「く、おおおっ」
卿は足の踵から突出させた鋭い骨で蹴り裂き、ズリキチは風禍銃刀を振り回し、刃の部分で岩石を紙の様に切り裂く。
その様をチラリと視認したそえーんは、何かしらの癪に障ったのか、卿とズリキチに怒号を飛ばす。
「避ける前に攻めろよ! アホ共ォッ!!」
「そーゆーのは一撃いれてから言え飲尿スキー!!!」
『そんだけタケノコ投げて一発も当たらんとか猥ら以下の能無しやろがい!!!』
そえーんの怒号に対して痛烈な罵倒で返した二人の声を煩わしく思った辺獄が叫ぶ。
「くだらない言い争いするぐらいなら攻撃してくださいよ!!」
「「『妹狂いは黙ってろッ!!!』」」
「こんな時にハモんないでくれませんかね!?」
ぎゃあぎゃあと罵声と怒号を飛ばし合いながらも、四人は攻撃の手を緩めることは無い。
無いが──
(埒が明かねえ……!)
そえーんは、否。四人はアールマティが操る岩石の壁を越えられずにいることを焦り始めていた。
最初は衝動の赴くまま、手数が多く出の早い攻撃で攻めていたが、アールマティの防御を越えられず、デタラメな出力差でジリ貧になりつつあった。
膠着した状況を打開すべく、最初に動いたのは──卿。
『……四番!』
[“肋骨炎槍”、射出用意]
『──ぐ、がっ! あ゛ぁあ゛あ゛っ……!』
断末魔のごとき叫びを卿が上げ、鎧の内部からバキゴキと生々しく痛々しい音が響いて数秒。
[射出]
AIREAL・エーアイの無機質な声と共に、卿の──焼滅炎鎧卿の胴体から八本。“骨”が燃えながら凄まじい勢いでアールマティ目掛けて伸びて行く。
アールマティは岩石を次々と隆起させ、迫りくる骨の勢いを殺していき、やがて骨のスピードは完全に死に、岩石に阻まれて止まる。
「……もう終わり──」
『ッ……が、ごホッ──五番ッッ!!』
[爆胃投擲弾、起動]
アールマティの声を掻き消すように卿は次なる武装の番号を告げ、胴体からずるりと、内部から貫いて出てきたのは──
「……胃、ですか」
『く………た、ばれ……ッ!』
卿は“己の胃”を掴み──投げた。
隆起してくる岩石の対応に追われていた三人は、その光景を見て、背筋に寒気が走る。
「マジか……!」
「嘘でしょ!?」
「あんの馬鹿野郎ォォッ!!!」
各々が事態の深刻さに叫びを上げ、アールマティは投げられた胃を上方へ飛ばすべく地面から岩石を隆起させ、岩と胃が接触した瞬間──大爆発が起きた。
荘厳な城も、もはや跡形も無く。城の天井が崩れ落ち、敷き詰められた瓦礫の海から三つの腕が飛び出し。やがてその腕の下から瓦礫を押し退けて、そえーん、辺獄、ズリキチがモグラのように這い出て来た。
「──げほっ、ごほっごほっ」
「なんだって卿さんはこんなタイミングでキチガイっぷりを発揮するんですかね……」
「辺獄くんはちゃっかり僕ん所で避難してんじゃねえよ。離れろ」
瓦礫に埋まる直前に、風禍銃刀の触手で身体をとぐろを巻く様に包んでいたズリキチは瓦礫から生じる粉塵に咳込み、贋無限筍生の“筍なるバリア─タケノコフォース─”をドーム状に展開していたそえーんと、そこに飛び込んだ辺獄は服についた埃を払っていた。
そして屋内でダイナマイト級の爆発物を使用した犯人である卿は前方を見つめ、四つん這いになり肩を上下させていた。
「おい、卿! お前あんな爆弾使うんなら一言──」
『……まだ終わってへんぞ、面白トラブル芸人』
「誰が芸人だ! このクソサイコパ……何?」
言い返そうとしたそえーんだが、卿の言葉に、そえーんを含めた三人が勢い良く卿の視線の先を見ると、其処には──
「咄嗟の出来事に、つい『神圧』を使ってしまいましたが……やはり貴方達には無意味でしたね。まったく……それと──憐れみを通り越して呆れました。命が惜しくないのですか?」
瓦礫だらけの周囲にはそぐわない──まるで数分前の風景からそのまま切り取って貼り付けたかの如く、何一つ変わらないアールマティが玉座に腰掛けたまま、仮面の様な微笑を浮かべて四人に語りかけていた。
アールマティの問い掛けに四人は無言で睨み返し、殺意を再び滾らせる──が、辺獄の視界にあるモノが映る。
最初は瓦礫の一部かと思ったが、違う。
瓦礫にしては鮮やかに。そして生々しさのある質感。瓦礫の下敷きになっている、ソレは。
「あ、ああ……あああああ………」
ただの見間違いだと思いたいが為にソレに近寄っていく辺獄。三人から辛辣な罵倒や痛烈な怒号が飛んで来るが、聞こえない。聴きたくない。アールマティに対しては依然として意味不明な殺意が滾っているが、それよりも。
「そんな……そんな………………」
口に出る言葉すら覚束無い辺獄が、ソレの目の前にひざまずいて、しっかりと網膜に焼きつける──焼きつけて、しまった。
たとえ意識が殺意に染まっていようとも。
忘れる事は無い、握ってくれた、その手のカタチ。
そして、瓦礫に埋っていて解らないが、頭部があるはずの位置から、湧水の様に延びている、赤い髪の毛。
その赤い髪の毛を、震える手で掬い──握る。握ったと同時にカシュン、と何かを切る音が小さく響き、ゆっくりと──辺獄が立ち上がる。
異様な雰囲気の辺獄に対して、それまで騒いでいたそえーん、卿、ズリキチも今や黙って辺獄を見つめていた。
辺獄は肩を小さく震わせながら、天を仰ぎ、アールマティの方へ向く。
「あ──あ゛ぁぁぁぁあああッ!!!!」
〔大地精妹万歳、妹毛髪鎧装・装纏!!!!! 〕
アールマティの方へ駆けていく辺獄の慟哭に呼応したAIREAL・アールケーが、辺獄が握りしめていた髪の毛──オルフェゴールの頭髪を媒介に辺獄の身体を包み、纏わせる。
「あんの野郎……」
『……ま、囮にはちょうどええか』
「辺獄だしな」
辺獄の突撃に合わせ、三人もそれぞれアールマティの下へ突撃して行く。
アールマティは岩石を隆起させ、四人の行く手を阻もうとするが──
「あぁああああッ!!」
迫り来る岩石に対し、咆哮と共に辺獄が手を前に突き出すと、以前そえーんに対して使用したように、髪の毛で覆われている腕から髪の毛が凄まじい勢いで伸びていき、岩石をバラバラに分割し尽くした。
三人もそれぞれ攻撃を繰り出すが、アールマティは一瞥もせずに凄まじい量と速度の岩石を地面から隆起させ、攻撃を徹底的に防ぐ。
が、しかし。向かって来る辺獄に対してだけは攻撃を仕掛ける訳でもなく、興味深そうに見据えており、穏やかに語りかける。
「その怒気の具合……貴方に何が起きたのか、聞かせてもらえますか?」
「アンタがっ! あの子を──オルフェゴールちゃんをッッ!!!」
辺獄は返答すると同時に、腕を振り回して髪の毛を無数に伸ばし、アールマティを縛り殺そうとするが、アールマティの緻密な計算によるものなのか、ギリギリ、辺獄の攻撃が当たらぬ様に調整した岩壁を次々と隆起させては凌ぎ、捌いていく。
辺獄の言葉にアールマティは何かを思い出すべく、ほんの少し目を伏せる。
「オルフェゴール………………………ああ、成る程。社に住まわせていた、あの童子ですか」
「その子をッ! アンタがっ!!!」
「確かに、我が『神圧』の巻き添えにしたかもしれませんが──そもそもの話。貴方達がその衝動を抑えられれば起きなかった事なのですよ?」
「何を……ッ、言って──」
アールマティは言い淀む辺獄から視線を真紅の鎧を纏っている卿に合わせて言葉を続ける。
「そこの……真紅の鎧の方が爆発を起こした結果なのですけれど。それについてはどうなのですか」
「アンタが死ねば済んだ話だろうがァッ!!」
「………はぁ。もういいです」
変わり映えのしない微笑とは裏腹に、声色に微かな失望を滲ませたアールマティは人差し指をピンと立て、上、前へと指揮棒の如く振る。
「ぐ、おおおっ、がぁっ!!」
辺獄の足元から岩石が隆起し、その隆起させた岩石から樹木の枝の様に──しかし速度は凄まじく。
瞬く間に辺獄をぶっ飛ばした。
普段ならば、辺獄の身を案ずる声がそえーん辺りから聞こえるだろうが、当のそえーんは心配よりも殺意が勝っており。
如何にしてアールマティを殺害するということしか考えていなかった。
そして──アールマティが玉座から腰を上げる。
「では──第二ラウンドと行きましょうか。そろそろ私の……神の本気というのを見せてあげましょう」
舐め腐った煽り文句を謳うアールマティに対して、四人の殺意も沸き立ち、冷ややかに返す。
「最終ラウンドの間違いだろ」
「何まだ続けようみたいなノリでいるんですか」
『“これから”、やのうて──』
「──“これで”、終わりだッ、クソ女神ィイッ!!」
「………ならば、かかって来なさい。獣ども」
アールマティの顔から微笑が消えると同時に、今までの比にもならぬ岩石の群れ、群れ、群れ──!
四方八方から襲い来る岩石に四人が押し込まれる。
当のアールマティはまるで──まるで、優雅な舞踏を演じているかの如く、ただ、舞っていた。
無論、舞っているだけなら四人が劣勢に追い込まれることは無い。
馬鹿げた質量の差、一点のみで劣勢へと追い込まれる四人。
各々怒号と罵倒の叫び声を上げながら──そえーんは考える。
(このままじゃ、さっきと同じ──いや、こんな物量なら早々に詰む。手数じゃ足りねえ、大技仕込むには隙がねえ。なら…………)
「おい! AIREAL……ディーオーっ!」
〈相棒……土壇場で俺の名を忘れるたァ、いーぃ度胸じゃねェか〉
「僕に──“速さ”を、寄越せッ!」
その叫びに、AIREAL・ディーオーは。
〈はっ、いいぜ。くれてやろうじゃねェか。使いこなせよ、相棒ッ!〉
昂ったAIREAL・ディーオーの声と共に、そえーんの指にはめられていた指輪の一つが輝き、脳内に“タケノコ”の──使用方法が流れてくる。
迫り来る岩石をギリギリで避けながら、そえーんはタケノコを握り、アールマティに向けて、叫ぶ。
「──噴流推進飛翔筍弾ッッ!!!!」
そえーんの声と同時にタケノコの根元から勢い良く空気が吹き出し、タケノコをしっかり握ったそえーんが──飛んだ。
瞬時にしてアールマティの背後に回り込んだそえーんは、空いてる方の手にタケノコを持ち、アールマティに投げ込もうとする。
「速度があっても、見えているなら──」
「なら、追いきれなくするまでだッ!!」
投げ込もうとしたタケノコを即座に掲げるようにして前に突きだすと、再びタケノコの根元から空気を噴射させ、アールマティの周りを縦横無尽に飛び回りつつ、飛んでいる最中にもタケノコを投げつけていく。
「なんというか……」
「アレって……」
『蝿そのものやな』
そえーんの新たなタケノコ戦法に辛辣なコメントを残す三人に対して、そえーんは突っ込まない。
第一、そんな余裕は無いし、最優先は目の前の女神なのだから気にしてられない。
せいぜい、三人の口にタケノコをぶちこんでやると決意する程度で──攻撃の手は、緩めない。
『おぉ──おおおおッ!!!』
傷口を抉る嗅覚に長けた卿が、好機と見るや否や、アールマティの下へ突撃していく。
ブンブンと蝿──もとい燕の様に飛び回るそえーんに気を取られていたアールマティは、視界に捉えた卿に対し、眉間に皺を寄せ、瞬時に岩壁を地面から隆起させて卿の進行を遮ろうとする。
しかし──卿は、止まらない。
それどころか更に加速する。
数秒後に激突する──間際。
『──六番、起動!』
[炎穿杭撃。用意]
拳を放つかのように、後ろに引いた卿の左腕の肘から生えていた鎧の突起部分が、瞬時に腕の倍近く伸び、そして──手のひらを岩壁に向けて突き出す。
[撃破]
『──いっ、ギャああああああッ!!!!!』
AIREAL・エーアイの無慈悲な音声が響くと同時に、伸びていた突起がまるで押し出し式の水鉄砲の如く、卿の腕の内部へと収納され、手のひらから爆発と衝撃波が引き起こされた。
卿の絶叫と同時に岩壁は爆散し、アールマティへの道が開く。
「まだそのような攻撃を……」
卿の左腕の肘から下を引き換えにした攻撃に戦慄したアールマティは、卿に狙いを定めようとするが、卿の胴体に髪の毛が絡み付き、後方へ飛ぶ。
アールマティが髪の毛の伸びている先を見ると、辺獄が腕を引いていた。
「魔王剣ッ!!!」
〔ナメコカリバー! イ・モートスキー!!〕
「はぁあああッ!!!」
叫んだ辺獄の手に、御立派な形状の……もとい地上波放送ではモザイク必須の剣が握られていた。材質がナメコなのは確かなのだろうが……如何せん形がアレである。
ソレを見たズリキチとそえーんは目を見開いて真顔で見ていたが、辺獄は一向に気にすること無く魔王剣と呼ばれたモノを振り下ろす。
剣の先端から透明な粘り気のある液体が糸のように出ている辺り、これもう先に辺獄をKOした方が良いのでは無かろうかと、そえーんの風紀維持器官が警鐘を鳴らしまくっているが、シリアスな雰囲気がギリギリのラインでセーフ判定を下していた。
アールマティは先程とは違い、冷静さを取り戻したのか無言で岩壁を隆起させて防ごうとする。
「これは……」
異変は、透明の液体が岩壁に触れた瞬間に現れた。
始めは岩壁が溶けているのかと思ったが、違う。溶けるにしても、その際に生じる反応や損壊の過程が通常のものとは異なっている。
まるで、あの透明な液体と同じ柔らかさになったかのような──
「………」
〔兄ちゃん! 下だッ!〕
「ぐッ──ぇえっ……!」
アールマティが払うように下から腕を振り上げると、辺獄の足下から岩石が隆起し、辺獄の腹部へと当たり、吹っ飛ぶ。
その辺獄と入れ替わるようにして、ズリキチが風禍銃刀の触手を用いて反りたった岩石に触手を引っかけ、某兵団のごときワイヤー移動でアールマティに接近していく。
標的を辺獄からズリキチに切り替えたアールマティは、視線をズリキチの足元に向けると、地面の至るところから岩石を隆起させてズリキチを迎え撃とうとする──が。
「ふんっ」
ズリキチは気合と共に風禍銃刀を振り、刃にて岩石を切り裂いていく。そして宙を舞う岩石に風禍銃刀の触手を引っかけ、アールマティへと落とし込む。
対するアールマティは即座に『神圧』で岩を砂へと変え、砂塵が巻き起こる──その中から。
「っ、らあぁッ!!」
風禍銃刀の刃の切っ先をアールマティの顔面へと突き出すズリキチが、現れた。
冷めきった表情でズリキチを見据えるアールマティは僅かに顔を傾け、反撃にズリキチの足下から胴体へと、岩石を隆起させる──瞬間。
「……! これは──」
ズリキチの動きが、止まる。
否、ズリキチだけでは無く、辺獄も、卿も──アールマティでさえも。
凍ったかのように静止していた。
首から下の自由は利かないアールマティが周りを見渡し、ただ一つ。
動いているもの──そえーんを見つける。
〈凍結世界。俺たちだけの時間という訳だ〉
「……それでも首から上は動いてるとか、伊達に神やってねえってか」
〈ちなみに後十秒でタイムアップだ〉
「あんだけタケノコ食ってそんだけかよ! ふざけんな畜生!」
そう、そえーんは今までずっと、“食べていた”。宿で食事する際も、城に行く道中も、ずっと。
根元からガリガリとネズミの様にかじってはまた次を食べていた。
何故そんな奇行をしたのかと問われれば、AIREAL・ディーオーから提示された“お前、タケノコ食わねェと老化するぜ?”とかいう事実上の寿命削り宣告の一言に尽きる。
何でも、卿との戦いで使用した凍結世界に対しての代償……とのこと。
そんなそえーんの愉快な裏事情をアールマティが知る由も無く。
アールマティが真に注目していたのは、そえーんの手のひらの上。
外見上のデザインは確かにタケノコ……タケノコではあるのだが──“伸びていた”。
遠心力によるものなのか、または冒涜的な力によるものか定かでは無いが、画像を引き伸ばして加工したかのように、タケノコが超高速で回転しながら槍の如く、長く、鋭くなっていた。
ただの、槍だったならば。アールマティとて然程警戒はしない。
だが、違う。アレはただのタケノコ投擲槍では無い。タケノコが放つ異様な雰囲気を察知し、アールマティは悟る。
──アレは、神を殺せる。
命の危機にありとあらゆる手段を模索する。試行と失敗を神速の域で実行しつづけるが──打開策が見つからない。
アールマティの焦りを他所に、そえーんは。
「──神羅撃滅筍鋭穿槍ッ!!!!!」
禍々しいオーラを放つ槍を、投げた。
投げられた槍は一直線に、凄まじい速度でアールマティの胸へと飛んでいく。
そして、アールマティは再び微笑を浮かべ、一言。
「哀れ」
言い切ると同時に、槍が胸を貫いた。