燃えよ、卿
〔おう、兄ちゃん! やる気だな! やるんだな! そんじゃあいっちょやったろうじゃねェか!〕
辺獄の発言と突如聞こえた某特務機関のグラサンをかけた総司令のような声に三人は固唾を飲み込んで身構え。
「武装、顕現──大地精妹万歳ッ!!」
辺獄が叫ぶと、手にしたAIREALから眩い光が辺りを照らした。
「うおっ」
「眩しっ」
「展開が急過ぎるだろぉっ!」
卿、ズリキチはそれぞれ腕で顔を覆うように光を遮り、そえーんは目を閉じて顔を光から背けて叫ぶ。
一瞬の後、三人が閃光に目を眩ませながらも辺獄を視認する。
そこには──
「……案外ずっしりするねコレ」
〔そいつァ、兄ちゃんの身体が貧弱なだけだな! ガハハ!〕
両腕に黒い機械的なガントレットを身に着けた辺獄が、居た。
一見すると腕以外に変わった部分は無いが……その腕の部分だけが異様な雰囲気を纏っている。
じっと見つめていると正気を失いそうな……そんな妖しい黒い籠手だった。
異様な事態に、大通りに居たであろう人々は、男四人と少女一人残して蜘蛛の子を散らすようにして居なくなっていた。
「あんだけ激しく光っといて出てきたのが籠手だけか……?」
「いやぁー。辺獄くんの事やから何かこう、変態的な異能とかあるんやろどーせ」
「“見ただけで妹にする”! とかな」
ワハハと笑う馬鹿二人をそえーんは無視し、辺獄を注視する。
コクコクと、辺獄が頷くとおもむろに妹……もといアカリの髪を掬うようにして撫でる。
「──お兄ちゃん、頑張るからね」
「ふふ、もう、くすぐったいよぅ、お兄ちゃん」
(がわ゛い゛ッ!)
内心悶える辺獄は、アカリの髪を右手の人差し指と中指で挟み込み、その数秒後カシュン、と何かが掠れる音が響く。
辺獄はアカリの髪の切れ端を握り締める。
「三人とも……ここで終わりにしますよ」
「何かクライマックスみてーな事言ってるけど、まだ三話目だからな」
そえーんのメタいツッコミを辺獄はスルーし、握り締めた妹の髪の毛を天に掲げる。
「妹への愛は無限大ッッッ!!!」
〔大地精妹万歳、妹毛髪鎧装・装纏!!〕
辺獄のガントレットから某まるでダメなオッサン、略してマダオのような声が猛々しく響き渡ると、手にした髪の毛がブワッ、と瞬く間に増毛して辺獄の全身を包んでいき、そして──
「さぁ、お前の罪を──」
「おめーが数えろ馬鹿野郎ォ!」
「……セリフぐらいキメたっていいじゃないですか……」
「いやさせねーよ。君にカッコつけさせるとか摂理に反するわ」
「ふん。そんな事言ってられるのも今の内ですからね!」
「……ッ!」
アカリの髪の毛を鎧のように纏った辺獄はそえーんとのやり取りを切り上げ、手を前につき出す。
警戒したそえーんは息を飲んで身構え。
「なんか盛り上がっとるのー。じゃあ、そえーんくん。俺ら後ろで見てるからさ。がんば」
「観戦するってなると、何か飲みもんとか欲しいよなー」
「そうそう、サルミアッキつまみながらな」
「いや、それは無いかな……」
「お前らはもう少し危機感を持てよ! 馬鹿どもがあっ!」
卿とズリキチは変態した辺獄の後始末をそえーん一人に押し付ける気しかなかった。
「エアさんっ、武器を!」
〔おうよ、兄ちゃん! 今出してやるぜ!〕
「っ、しま──」
二人にツッコミを入れている内に、辺獄に先手を許してしまったと、そえーんは内心舌打ちする。
そして、辺獄の手のひらには──
「………………………………あの、エアさん」
〔どうした兄ちゃん。武器はちゃんと出したぜ?〕
「いや、これ武器っていうか……」
一見すると歪な棒に見えるが、その実態は。
「──“なめこ”じゃんッ……!!」
棒のように生えたなめこが、握られていた。
空気がそこまで湿気って無いにも関わらず、なめこの表面はぬめりでテラテラと妙に輝いていた。
愕然としている辺獄と違い、エアさん……AIREALは楽しそうな調子で辺獄に話しかける。
〔良いじゃねェか、なめこ。食えば美味いし、生やせば楽しい! さらには兄ちゃんの武器にもなるんだ。良いこと尽くめじゃねェか!〕
「そう……かなぁ……」
〔何だ、まだ不満かァ? それなら纏った妹の髪の毛伸ばしたりして攻撃すりゃあ良いだろ?〕
「それ出来るならそっち言ってくださいよ!」
辺獄が右腕をつき出すと、腕を包んでいた髪の毛が触手のように伸びてそえーんの方へ向かっていく。
「うっ、お! あぶねっ!」
正直、身の危険よりも髪の毛がうねうねと動く光景に気持ち悪さを感じて必死に避けていく。
「っていうか、何で俺狙ってくんだ! あの馬鹿二人先でもいいだろ!」
「よくわかんないですけど、そえーんさんはとにかく先に潰したい! あわよくば可愛い妹に改造したい!!」
「こっ、の、妹キチガイがあああっ!」
髪の毛をうねうねと自在に動かし、そえーんに襲い掛かるも、やはり今までとは違う感覚だからか、辺獄はそえーんを捕らえられないでいた。
と、辺獄は腕をくいっと、引っ張られる感覚を覚える。
見ると、アカリが不安そうな顔で辺獄の顔辺りを見ていた。
「お兄ちゃん……妹が増えたら、あたしはいらない……?」
「ぞん゛な゛ごどな゛い゛ッ!」
辺獄の気色悪い断言にアカリはびくっとするが、直ぐに声色を優しい物に変えて、アカリの頭を撫でる。
「妹はいくらいても良い。寧ろたくさんいる方が私はハッピー。……アカリちゃんも、お友達欲しくない?」
「それは……うん、欲しい……かも」
「だからね、お兄ちゃんはアカリちゃんの為にも──妹を増やすんだよ」
「お兄ちゃん……!」
(あ゛あ゛ッ! しゅきッ!!!)
アカリは感極まった様子で、辺獄の腕に抱きつき、気持ち悪いぐらい興奮した辺獄は髪の毛の触手の本数を増やしていく。
「カッコいいこと言ってるつもり、だろうけどなぁ、めちゃくちゃ気持ち悪いんじゃっ、妹グルイぃぃぃっ!!!」
流石に数でごり押しされると、そえーんも厳しくなってきたのか数回足元に際どく触れそうになる。
「ってか髪の毛が触れた場所からなめこ生えるとか何なんだよ……! 新手のバイオハザードか畜生!」
刻一刻と悪くなっていく現状に、そえーんが悪態をつくが、ついたところで状況が良くなる訳でも無い。
このままジリ貧になるくらいなら、せめて辺獄の顔に一発拳骨をくれてやらねば気が済まないと覚悟を決めるそえーん……だったが。
「……? 何かポケットから……」
違和感を覚えたそえーんは、ズボンのポケットに仕舞っておいた物──AIREALを取り出す。すると、取り出したAIREALが激しく明滅する。
〈ぷはっ! ったくよォ、俺をよくもあんな狭い所に押し込みやがったなァ? おめェさんよォ〉
「うわっ、喋った!」
〈おう、いきなり失礼だなお前。喋るに決まってんだろうが〉
(めっちゃガラ悪い……ってか声がおっかねえ……)
そえーんの持ったAIREALから、日曜夜に放送されてるであろう某国民的アニメに居る、たらこ唇の会社員の声が響く。めちゃめちゃドスが効いてて、そえーんはビビっていた。
〈どうもピンチの様だから手短に話すが、今襲ってきてる奴と同じ動作をしろ〉
「同じ動作って……」
髪の毛から逃げ回るそえーんの脳裏に浮かぶのは、辺獄がAIREALを前に突き出している光景──
「……アレをやれってか」
〈ゴタゴタ抜かしてんじゃねえ! 俺の言うことが信じられねェのかお前は!〉
「何か俺のエアくん当たり強くない!?」
妙に手厳しいAIREALに悲鳴を上げながら、AIREALから脳内に流れてきたであろう呪文をヤケクソになりながら、叫ぶ。
「武装! 顕現! ──贋無限筍生ッ!!!」
完全に包囲していた髪の毛がそえーんのAIREALが放つ閃光で砕け散っていく。
「眩しっ」
「そえーんくんもかい!」
「くっ──」
ズリキチ、卿、辺獄が閃光を遮る様に腕で顔を防ぐ。
数秒後、光が収まると、そこには──
「………………あれ?」
腕を突き出したそえーんが、変わらずそこにいた。
強いて違いを挙げるならば、持っていたAIREALが無くなっており、それ以外は普段のそえーん、そのままであった。
「……え? なに? もしかして不発?」
無変化に拍子抜けしたそえーんはAIREALにクレームを入れようと大きく息を吸って全力でツッコミの用意を──
〈早合点すんなよ、“相棒”。前に手ェ出しな〉
「──ッ、こう、か?」
出鼻を挫かれながらも、そえーんは手を前に出す。そして。
〈それが相棒の武器だ。存分に使ってくれや〉
そえーんの手に、タケノコが一つ落ちてきた。
「………………タケノコかよ!!」
〈おうさ、まごうことなきタケノコだ。食うもぶつけるも相棒次第だ。ああ、残弾なら心配するな。“無限に出してやらァ”〉
「いや、でもタケノコって……」
「……何が何だかよくわからないけど、隙有りッ!」
「ちょ、おい!!」
状況の変わり様に、呆然としていた辺獄が髪の毛を再びそえーんに襲わせる──が。
「──おらァアアアアッ!」
そえーんの目の色が変わり、タケノコを持ったまま──タケノコで髪の毛を蹴散らす。
「な、なんで……!」
たじろぐ辺獄に、荒々しい雰囲気を纏ったそえーんが車の排気ガスの如く息を吐き出す。
そのそえーんの目に映るのは──辺獄が持っている、なめこ。
「なめこ……キノコ……そして、タケノコ……」
単語をうわごとの様に呟くそえーん。その、直後。
「──戦争じゃあああッ! おらァアアアアッ!!!!」
そえーんは手にしたタケノコを躊躇なく辺獄へ投げつける。
「く、この……!」
「なーにが、なめこじゃ! なめとんのか、てめえッ! キノコの分際で、五十代だからってリメイク出すのが遅れて良いわけあるかよッ、ボケがあっ! 金持ってんならとっととシナリオ書けやァッ!!!」
罵倒と共に絶え間なくタケノコを投げつけられる辺獄とそえーんの構図は、先程までと完全に逆転していた。
辺獄は髪の毛をタケノコへの防御へと回さざるを得なくなっており、そえーんの投げたタケノコは髪の毛に阻まれて、なめこまみれに成りかける瞬間、タケノコから別のタケノコが即座に生えて、ミサイルの様に辺獄へと向かっていく。
「ぐ、く……まさかそえーんさんがこんなに厄介になるなんて……こうなったら──」
襲い掛かるタケノコに防御を固め、辺獄は狙いをそえーんから──
「お?」
「やべえ、こっち来た!」
後ろで観戦していた卿とズリキチに切り替える。ズリキチは即座に逃げ出し、卿は動揺することなくズボンのポケットからAIREALを取り出す。
「辺獄くんとそえーんくんのやり方見て覚えたから、何となくわかるわ。こうやな」
おもむろにAIREALを前に突き出し、告げる。
「……鬼に逢うては[入力コードが違います。確認の上もう一度やり直してください]……ちっ、いけると思ったんやけどな」
ふざけた卿を無慈悲に機械音声が否定し、やり直しを要求する。
気を取り直した卿は、頭の中に浮かんだ文言を口に出していく。
「武装、顕現──焼滅炎鎧卿」
[ああ……哀しい。どうしてこんな人に……]
卿の掛け声と共に、スーパーロボットのパイロットで腕組みしつつ仁王立ちしてそうな女性キャラの音声と共に卿の身体が炎に包まれ、髪の毛が燃え尽きていく。
「あ? 卿もできたんかそれ」
「卿さんまでもが……!」
不機嫌そうに卿を見るそえーんと、驚愕する辺獄。先の二人と違って変身自体はそこまで派手では無いものの、“あの”卿が成す事だけあって、警戒心が最高レベルに引き上げられる。
炎が収まり、現れたのは──
『おお、なんや凄いことになってるんやんけ』
所々角のような突起が生えた、腕と脚周りが剛健な真紅の鎧が佇んでいた。卿の声は鎧を着けているからなのか、機能の一つなのか、拡声器を使用した感じになっていた。
そんな卿を見て、そえーんは。
「──ジャンルが違うッ!!!!」
『うお、なんやねん。そえーんくん。難癖つけんの止めてくれへん?』
「なんで、お前だけガチの戦闘用なんだよ! なめこ、タケノコときたら、お前サンマか何かだろうが!!!」
そえーんの渾身のツッコミに、鎧を身に纏った卿は、やれやれといった風に肩を竦める。
『そこはほら、猥の格の差っていうの? 溢れでるオーラがこう、良い感じにエアくんが受信したんやろ』
「んな、アホな理屈があって堪るかァッ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐそえーんと、平然と受け流す卿を眺める辺獄は──卿に髪の毛を差し向ける。
「卿さん、覚悟!」
「あ、この! 妹グルイ……!!」
『改めて見ると気持ち悪いなー』
失態と感じるそえーんを余所に、襲い掛かる髪の毛に卿は全く動じていなかった。
『えーと、まずはこうやな』
[狂火魂縛、起動]
卿が開いた両手を勢い良く打ち合わせ、拍手を打つ。
その瞬間、辺獄によって生やされていたなめこが一斉に燃えていく。
「な、これは……!」
「焼きなめこて」
『んー、香りは芳ばしいけどなー。なめこやし』
「燃やした……だけ?」
『いんや? かるーい呪いは掛けたで』
「……はあッ!?」
卿の物騒なカミングアウトに、そえーんはすっとんきょうな声を上げるが、卿は気にせず説明を続ける。
『辺獄くんとかは猥らを敵として見てるようやから言っとくけど。この火を見たらな、“敵を倒したら自分の大事なモノも失う”っちゅー小学生でもわかる理屈を魂レベルで刻んだんや』
「そ、そんな、それじゃ……」
『──どうにかして猥を倒そうが、そのアカリちゃんは居なくなるっていう理屈や。猥もアカリちゃんも同じ命やからなぁ? 当たり前やろ?』
「──それでもッ! 私はエアさんの可能性を信じ、妹の愛は負けない!!」
『そうかい……なら、とことんやり合おうかァッ!!!』
何だか最終決戦のノリで始まった辺獄対卿の戦いは、髪の毛となめこを駆使して物量で攻めようとする辺獄と、絶叫を上げながら燃える剣を振り回して片っ端から焼き斬っていく卿という構図になっていた。
というか、卿が燃やしまくって完全に優勢だった。
「………なんか、蚊帳の外になっちまったな」
〈出遅れた感は、否めねえなァ……〉
頭の冷えたそえーんは、卿と辺獄の戦い……というか蹂躙一歩手前の戦闘を眺めながら考える。
「つーかさぁ、辺獄くんから妹外せば戦う必要もねえよな……どうにかできねえかな」
〈おう、それなら良いもんあるぜ相棒〉
「あるんだ……」
〈手ェ出して、荀槌って言ってみな〉
「えーと、荀槌」
言ったそばから、そえーんの手には頭がタケノコと化したハンマーが握られていた。
端から見ればタケノコの中央部から棒を突き刺した粗末な出来のピコピコハンマーにしか見えないが……指摘するとまたドスの効いた声でAIREALに怒られそうと感じたそえーんは、辺獄の妹もといアカリに目を向ける。
そえーんの頭に手にしたハンマーの使い方が流れ込んでくる。
「じゃあ、これで……」
そえーんはアカリに気づかれぬよう、忍び足でゆっくり近づき。
「そい」
「あたっ」
ポコン、と軽くアカリの頭を荀槌、通称タケノコハンマーで叩いた。
「え、あれ? あれ? ここ……それにあの人たち誰……」
「あんなヤバい馬鹿どもほっといていいから。君も早く家に帰りな」
「あ、うん。ばいばい」
「おう、じゃあね」
手を振るアカリに、そえーんも手を振り返す。
そして。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
その光景を見た辺獄の絶叫が響き渡った。